プロローグからチュートリアル
私『エリーゼ』と『彼女』のチュートリアル
剣と魔法のファンタジー風乙女ゲー『七色のレガリア』。ヒロインは剣士、呪者、術師のどれかを選び、七人の攻略対象とイチャついたり結婚したり革命起こしたりできる。メインキャラ七人に加えて隠しキャラは三人。隠しキャラの一人は親友の少女というまさかの展開も在る。
しかも最初に選んだ職業によって、キャラクターの攻略方法が変わってくるため、プレイヤーは別ルートで提供される攻略キャラの陰の面や小ネタに大いに胸をときめかせるのだった。
…ただし、プレイするにあたって、ひとつだけプレイヤーを悩ませるものがある。
それが、世にいう悪役令嬢と呼ばれる存在。
これだけ練り込まれた世界設定の悪役令嬢が一筋縄では行かないのは当然だった。
俗に言う『闇落ち』して悪役に回ってしまう上に、全ルートで死亡する悪役令嬢は、闇落ちしてもなお深窓の令嬢の名に相応しく凛として美しく、攻略対象に負けず劣らず掘り下げられたキャラクターだった。
その人気は主人公さえ抜き、プレイヤーの中では主人公と悪役令嬢こそ王道とされ、二次創作界隈ではそのカップリング小説が溢れ、終には何故彼女の救済ルートがないのかと制作会社に訴えるべく署名活動さえ起こったほどだ。(が、パッチは配布されなかった)
日本中のプレイヤーの心を掴んだ彼女の名は『ハルア』。
規律を守り、婚約者を支え、身分の低い主人公の心身を文字通り身を挺して守り続けたが、権力闘争に負けた親共々すべてを失ってしまう彼女を救済するルートは未だ存在しない。
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――なにせあのゲームをプレイしてたのは高校生の頃だったんで、すごく好きだったという思い出以外、記憶がところどころ曖昧なのだ。もう十ウン年前の話じゃないか。
あの頃使っていた手鏡より、うんと精度の低い端々が歪んで映るくせバカでかい鏡のドレッサーの前に腰掛けて、私…主人公『エリーゼ』は髪を梳かされていた。
かつての顔と今の顔が不自然に重なって溶け合う。髪だって、この間白髪を見つけてひどくへこんだくせ毛でごわついた黒髪ではなく、艶のある栗色のストレートヘアだ。
肩まで伸びる栗色の髪が馬の毛のブラシで梳かされる。
ブラシを持つ乙女の手は細く、爪も桜色の光沢があった。
「術師は見た目も清潔にしなくては駄目なのよ。
襟と袖は毎日取り替えて洗濯に出すの。だから皆、襟釦と袖釦をお揃いにして、セットで幾つも持っているわ。そうすると他の方のものと見分けがつくでしょう?洗濯婦さんも覚えてくれるから、間違いなく自分のところに戻ってくるのですって。
…興味のない方は、誰のでもいいらしくて、そういう方たちは他人のでも気にせず使うようだけど」
歪んだ鏡の向こうで、品のいい乙女がエリーゼに向かって微笑んだ。
ああやっぱこれ、術師ルートのチュートリアルだわ。
一番最初に聞かされる台詞で最初のフラグ。
この夜、襟袖に目印となる釦を付けるか否か選択肢が現れる。『栗色の石の釦を付ける』を選ぶと二日後に攻略キャラクターが現れる筈だ。
かつて遊んだゲームのフラグを思い出すというよりも、お告げのようにふわりと浮きでた思いつきに近かった。
袖口の釦は木製だった。ちらと視線を落とすと、ドレッサーの上にあるタイガーアイの釦カバーが目に止まった。
…これじゃね?
「あの、これ…頂けませんか?」
エリーゼは下品にも人差し指で釦カバーを指し示す。
鏡の向こうでエリーゼの髪を梳かす乙女の顔がぱっと輝いた。
「貰ってくださるの?」
心から嬉しそうな声がする。
「…えっ、はい、いただきます。…とても綺麗な石ですね」
「そう言って頂けて光栄ですわ。――実はこの釦カバー、エリーゼ様の入学祝いとして用意したものですの。
その時はまだ貴女のお顔を拝見していなくて…お父様から栗色の髪の綺麗な娘さんと伺ったものですから、髪色に合わせて選んだのですけど…気に入ってくださらなかったら、どうしようかと、思って、なかなか…言い出せ、なく、て」
乙女の白い肌が次第に桃色に染まっていくにつれ、喜びと羞恥で口数が減り、やがてうつむいてしまった。
「ありがとうございます。大切にしますね」
エリーゼの言葉に、少女は頷くだけだった。
――こんなところで裏設定を知ってしまった。このアイテムが彼女由来だったとは。
――懐かしいな。ネタバレが嫌で、一周目は自力でプレイしたもんだ。
チュートリアルで色々と教えてくれた子が、あんな末路をたどるなんて思っても見なかった。
エリーゼになる前の記憶を思い出しながら、乙女に微笑みかける。
歪んだ鏡に写ってもなお輝きが褪せることのないアメシストブルーの瞳を持つ乙女…彼女こそ【深窓の令嬢 花よりなお美しいがため、例えられた花は皆恥じらい蕾のまま開くことはない】とされる悪役令嬢『ハルア』その人だった。
エリーゼ…乙女ゲー『七色のレガリア』の主人公。術師ルートで転生
ハルア…闇落ち悪役令嬢。フラグはまだ立っていない。