第九話 我に触れるなホセ・リサール
「ふぁぁぁぁ・・・」
まだ薄暗いが朝日が昇り始め徐々に明るくなってくるこの時間に月島彰は目を覚ました。
「・・ん?ここは?」
昨日は家に帰って来て直ぐに父さんに呼び出され、その後じぃちゃんに手合わせという名の虐めを受け、そして気絶してしまった彰は、何故自分がベットに寝ていたのかも分からなかった。
「・・んーーー?ここ俺の部屋じゃん」
上半身を起こし辺りを見回す。
8畳ほどの部屋にはベッド、勉強机、本棚、洋服タンス、そしてPCなど必要最低限な物などを所狭しと置かれており、フローリングの床にカーペットが敷かれていた。
しかしこの部屋はどうにも純和風の形をした家からは想像つかない様なごくごく普通の部屋をしていた。
あの様な広大な土地を持っているのならもっと大きい部屋が余っているのでは?
と思った者もいるかも知れないので、この場を借りて少し説明をしておこう。
まず確かにこの部屋より広い部屋はあるにはある。
昔、中学一年生になった事を機に俺は父さんから自分の部屋をもらう事になった。
小さかった頃の俺は父さんに「でかい部屋がいい!」と言っていた。
父さんはその事を真面目に考えてくれたのだろうが、「今日から彰の部屋はここじゃぞ」と言われた部屋を開けると俺は驚愕のあまり目が飛び出るかと思ったのだった。
俺が見た光景は広々とした、いや広々とし過ぎた畳の部屋だった。
そして部屋の角にチョコンと家具一式が置いてあるそれは、まるで砂漠の中にある小さな小さなオアシスの様な感じだった。
そこで俺は父さんに聞いて見た。「この部屋何畳あるの?」と、
帰って来た答えは「300畳」だった。
300畳がどれ程の広さか分からない方の為に例えを出すと簡単に言うとバレーコート三個分だ。
そこで俺は思った。
(これは、もう部屋ではなく広間じゃね?)
しかし俺は住めば都という言葉を信じ、暫く住んでみる事にしたのだが・・・。
「うん、これ無理」
結局俺は三日でギブアップする事になった。
色々問題が多発する中程度の事は我慢する事や根性で耐えられたのだが一つ物理的に不可能な事があった。
それは電気だった。
この部屋(広間)は、入り口の扉を開けその直ぐ近くの壁に電灯をつける為のスイッチがある。
これが曲者だった。
何故なら夜電気を消す時わざわざ入り口まで行ってスイッチを押さなければならない。
電気を消す事に問題は無い、問題は押した後だった。
何も見えない真っ暗い300畳の部屋の中、ベッドに戻る事は至難の技だった。と言うか無理だった。
次の日俺は前日の経験を生かして、電気を消した後スマートフォンのライトを使いベッドに戻る事にした。
その為夜に部屋の中で遭難、と言う事は無くなったが又しても問題が生じてしまった。
それは翌日窓が無い為朝日が差し込まない真っ暗の部屋の中、前日に何処に携帯を置いたか忘れてしまったのだ。
つまり、朝日が輝く中俺一人暗闇の部屋の中で遭難していたのだ。
この事から三日目、俺はこの部屋に生息する事は物理的に無理だと判断した。
恐らく日本中いや、世界中探しても自分の部屋で遭難した事ある奴はいないと思う・・。
あれは本当に悲惨だった。
まぁこの様な事があり、色々紆余曲折した結果今の部屋に至ったこ言う事だ。
取り敢えず今何時か確認する為に壁に掛かっている時計を眺めると、朝の7時30を示していた。
昨日家に帰って来たのが夜の9時位で、そこから恐らく2時間も経たず意識を失った俺は結局8時間きっちり睡眠を取った様だ。
次に怪我の事を思い出し自分の格好を見て見ると、昨日のままの服装のまま、怪我した部分に包帯やら絆創膏やらが貼られていた。
恐らく美月や豪網や母さん辺りがやってくれたんだろうと判断する。
そういえば昨日は風呂に入れなかったな、と思い出し、風呂に向かう為ベッドから出ようとすると何故か布団の中に隠れている尻尾から違和感を感じ、まだ下半身に掛かっている布団を剥ぐと、
「・・くぅ、くぅ、くぅ」
彰の四本ある尻尾の内の一本にコアラの様に抱きつき匂いを嗅ぎながら寝ている美月がいた。
流石に夜寝る時まで着物と言う訳では無いのか、何時もとは違う服装をしていたのだが、その格好が何と言うかまぁ、すごかった。
美月は、ブカブカな白地のワイシャツ一枚のみを着ていた。
恐らく下にも何かしら履いているのだろうがワイシャツに隠れてそれらをみる事は出来ない。
代わりにすらっとした、真っ白く長い脚がワイシャツの切れ目から出ていたり、シャツを第2ボタンから留めている為か真っ白い果実が二つ少し顔を覗かせていた。
「・・はぁ、まじか」
男なら今すぐにでも襲いかかってしまいそうな格好をしているが、しかし彰は動じない。
そもそも妖怪と言う者は人間と比較にならない程長寿な為子孫を残そうとする意志も人間と比べると圧倒的に薄い。
これは半妖である彰にも少なからず影響が出ていた。
因みに爺ちゃんである重蔵は200歳を超えて初めて女性に興味を持ったとか言っていた。
気持ちよく寝ている美月をなるべく起こしたくない彰は美月の四肢に固められている所から尻尾だけを抜こうとしたのだが、かなりガッチリしがみついているからか、全く尻尾が抜けない。
これはもうかわいそうだけど起こすしか無いかと、判断した彰はそっと美月の肩を揺する。
「美月、美月、美月、」
「フニュゥ・・ン?・・ンニャ?・・アキラ様?」
寝ぼけているのか、トロンとした目をブカブカのワイシャツの袖口で擦り目を覚まそうとする美月。
「うん、尻尾ちょっと放してもらって良いかな?」
「・・ン?、シッポ??・・・ッッ!!??」
目を擦る事によって少し眠気が覚めたのだろう。
現状を理解した美月は白雪の顔を真っ赤に染めて尻尾を放した。
「ち、ち、ち、違うんです!?、これは、そ、その、彰様の手当てをしていたら眠くなってしまって・・・そのまま」
「あっ、やっぱり手当てしてくれたのは美月だったんだ」
顔を真っ赤にさせながら顔の前で手をパタパタと左右に振る美月。
「え、えっと、はい、あまり上手くは出来なかったのですが・・・」
「そんな事ないよ。あのままだったら道場の床で一夜を過ごす所だったからね、ありがとう」
でも、と彰は付け加え、
「取り敢えずその格好どうにかした方がいいと思うよ」
そう言われ初めて今の自分の格好を見た美月は、又もや顔を真っ赤にさせ、自らの身体を抱く様に隠した。
「ッッッ!?!?!?」
そして言葉にならない声を上げた美月はご、ごめんなさいと言い彰の部屋から走り去っていった。
しかし、途中でどこかにぶつけたのか「痛っ!!」と言う声が聞こえたのだった。