第七話 サメの餌
彰の必殺の突きは重蔵の顔の数センチ前で止まっていた。
いや、強制的止まらされていたと言った方が言葉の意味としては合っているだろう。
何故なら彰が放った刀は重蔵の顔の前に突き出された左手の二本の指によって挟み込まれ完全に動きを封じられていた。
五倍強化した腕で必死に刀を動かそうとするが、蟻が象と力勝負をする様に、銃器を所持した人間に生身の人間が裸で挑むのと同じ様、そこには抗っても覆る事の無い力の差が存在した。
「ぐっぐっ!!??」
「いや〜焦ったわい強うなったのボン」
全く焦ってなど無く、成長した子供を見る様な柔らかい笑顔を向けている重蔵は、いつの間にか扇子の無くなっている右手を彰の顔の前に突き出し、指を鳴らした。
それだけで彰は刀を持つ事が出来なくなり、膝から崩れ落ちた。
その体には鬼気迫る様な気迫など既に無く、強化の能力も完全に切れていた。
(・・・は??何で??何が起こったんだ?まだ《妖壺十門》の妖力は有り余って・・は?こっちも能力が発動してない?)
突如自らの能力が発動出来なくなり戸惑る彰だったが、その思考も長くは続かなかった。
「ッッ!?ガハッ!!??」
何故なら能力が発動出来なくなってしまった瞬間口から赤い液体が出て来たからだ。
彰は試合開始当初重蔵の蹴りや打撃を山程食らっていた為、その攻撃のツケが強化が切れた今、彰の体に襲いかかって来たのだ。
彰自身突然、自身の能力が使えなくなった事や、自らの身体の異変や、そして初めての殺気を含んだ試合をした事から通常の思考回路では無く、自分の体の状態を把握していなかった。
そんな彰の前に笑いながら近づいて来た重蔵はいつの間にか又右手に扇子を持っている状態で、彰の前にしゃがみ込み彰の目をじっと見ると・・・、
「能力を封じられ、身体がボロボロのボンなど無力じゃ、初めての殺気を含んだ試合をしたが点数は50点じゃ。彰はこれから自分の敵の領域へ行くのじゃぞ?ボンを妖怪だと気づけば殺気を向けて来る輩など山程出て来るじゃろう。
その度に能力の出し惜しみをして、戦っていては命が幾つあっても足らんぞ?わかったかの?」
血や重蔵の攻撃によって汚れた顔のまま頷いたボンを見ると嬉しそうに笑い立ち上がろうとした重蔵はしかし、何かを思い出したかの様に又座り込んだ。
「そうそう言い忘れてたおったわ。王手じゃボン」
そう言うと右手に持っていた扇子で軽く彰の頭を叩いた。そう軽くだ。
誰かを振り向かせる時肩を叩くぐらいでの力でだ。
しかし彰にはその力が頭の上から石を思い切り落とされたかの様な衝撃を受けていた。
ただでさえ消耗し、意識が落ち掛けていた体にトドメを刺す様に放たれた攻撃に彰の意識は完全に闇の中へと落ちて言った。
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重蔵は彰との戦い(虐め?)が終わると倒れる自分の孫を見つめながら、感じていた2つの気配の内の片方にまず声を掛けた。
「美月、豪網おるんじゃろ?入って来て良いぞ」
そう重蔵が告げると二人の人物が道場の扉を開け入って来た。
恐らく下がってろと言われた後も彰の事が気になり外で待っていたのだろう。
一人の女性の方は白い着物を着ており、それに負けないくらいの白い肌をしていた。しかし髪は黒真珠を連想させるかの様な滑らかで美しい黒髪をしていた。
そしてもう一人の少年は190センチはゆうに超えているだろう身長をしており、それに見舞うだけ筋肉が付いていた例えるとそう、ゴリラの様な感じだ。
髪は先端だけ茶色く染めてあり下の方は染め切っておらず黒髪をしていた。
「重蔵様!!幾ら何でもやり過ぎです!」
重蔵にボコボコにされ意識を失っている彰を見ると、美月は整った顔を一瞬歪めるとほっぺに空気を入れ怒ったように重蔵に詰め寄った。
「・・・しかしじゃな。平和ボケしているボンを目覚めさせるなら・・・」
「だとしてもやり過ぎです!そもそも彰様は平和ボケしてていいんです!彰様の事は私たちが守りますので!」
「いや、しかしなぁ・・・」
「もし重蔵様が彰様のお爺様で師匠では無かったらブチ殺してる所です!!」
「ぶ、ぶち殺す???」
「細かく切り刻んでサメの餌にしてやります!!」
「サッッサメの餌!!???」
「お主は恐ろしい冗談を・・・」
そこで重蔵は見てしまったほっぺを膨らまして微笑ましいと思っていた少女の目を。
(・・・・ヤバ、本気で怒ってるじゃん)
日本の殆どの妖怪の頂点に立つ男の背中に冷たい汗が流れる。
しかしこの程度の少女の気迫でやられていては元妖怪頭が務まっていた訳が無く重蔵は余裕の笑みを浮かべると・・・・
「すまなかった、今度から気をつけるの」
少女に謝った。
「わかりました。今回だけですからね」
(・・・儂人選ミスったかな?、ボンが心配じゃ)
「と、取り敢えず豪網、ボンを部屋に連れてってくれるかの?」
兎も角もうこの話を終わりにしたい重蔵は、豪網に全てを丸投げした。
「うすっ」
豪網はそう言うと彰を肩に担ぎ、道場から出て行こうとする。
その様子を見ていた美月が慌てて豪網を追いかけ「運び方が雑」とか「私が運ぶ」とか言っているような気がするが恐らくそれは気のせいだろう。
二人が道場を出て完全に気配が消えると未だバレてないと思ってるのか堂々と隠れてる二人目の阿呆の名を読んだ。
「いつまでそこに隠れてるつもりじゃ?総司」