第十二話 犬と猿
「じゃぁ行ってきます!」
わざわざ屋敷の門まで見送りに来てくれた夏恋と、母である神楽にそう声を掛けると、半妖怪の少年、月島彰自分の左右に立つ二人の少年少女と共に駅へと続く道を歩き始めた。
屋敷から茜と約束した駅までは歩いて15分程の所にあり、8時40分に屋敷を出た彰はコンクリートの道をゆっくり歩く。
「・・それにしても彰様酷いっす」
「ん?なにが?」
彰の左側を歩くチェックのシャツにジージャンを羽織っている少年、豪網が言う。
豪網は190センチはゆうに超えているだろう身長をしており、それに見舞うだけ筋肉が付いていて、髪は先端だけ茶色く染めてあるのだが、下の方は染め切っておらず黒髪をしていた。
「・・・師匠の事っす」
先程彰のせい(?)によって後々の修行が決定してしまい、恐怖のあまり膳に顔を突っ込んで気絶してしまった豪網が青い顔をしながらそう告げた。
「え〜〜!あれ俺のせい!?豪網の事庇ったぞ俺!」
「そもそも彰様が怪我しなければ・・・」
「おい!そこまで遡るのか!?と言うか牛鬼だろ?そんなに怖いのか?」
彰はいつも礼儀正しく紳士な牛鬼が、豪網が言うそんな恐ろしい者には見えなかった。と言うか見たくなかった。
「何いってんすか!!し、師匠が怖いなどと言うそんな生やさしい言葉で済むわけないじゃないすか」
今にも食ってかかりそうな顔で彰に詰め寄る豪網に彰は少し引き気味に頷く。
「み、美月はどう思う?」
「ん〜〜そうですね、私も牛鬼さんがそんな怖い方だとは思わないです!」
彰の右側に立つ少女は黒タイツの上にショートパンツを履いており上は茶色のトレンチコートを着ている、白い肌をしていた黒髪の少女美月はそう答えた。
因みに美月は先程までとある事情で情緒不安定だったのだが今は持ち直し彰の右側を歩いている。
「そんな事より彰様少しお聞きしたいんですが・・」
「ん〜?」
豪網の話を打ち切り美月が話し掛けてきたので彰は美月の方に顔を向けた。
「何故あの女に、紅暁魔法学校を受ける事を話したのですか!」
「話すわけ無いだろ!そもそも俺は一人で通う予定だったんだ!」
彰の歩く進行方向に先回りし、腰に手を当てほっぺを膨らませる美月に、彰はぶつかりそうになり、たたらを踏む。
「じゃぁ一体誰なんですか?!」
「・・美月昨日の事思い出してみなよ。俺の受ける高校を辺り構わず言いふらした奴を」
整った美月の細い眉がピクリと動く
「そもそも美月と豪網が教えて貰った人は?」
「・・総司様」
「恐らくそうだろうね。と言うか100%そうだろうね・・・」
動いた眉を額に寄せまるで親の仇のように呟く美月。
(ふふふふ、まさかとは思ってましたがやっぱり総司様でしたか、せっかく彰様と二人きりで学園生活を送れると思ってたのに!帰ったら少しお仕置きしないと行けませんね、あのクソ当主!)
しかし美月は知らない。
昨日の夜彰の母である神楽に調教された総司は屋敷で「あはは〜、お空が青いな〜〜。小鳥さんこんにちわ〜」と、壁に向かって話しかけている事など・・・。
そんな事を話していると、駅がだんだん見えてきた。
どこにでもある様な駅の改札口に、白いセーターを着て黒いスキニーを履いた可愛らしい格好をした少女が改札口付近の柱に寄りかかっている。
「おっ!茜ちゃんおは・・よ・・う?」
彰が軽く手を挙げ茜に近寄ろうとしたのに対し、茜は彰の方に向かわず、そのまま彰の後ろにいる二人の前で立ち止まった。
「ねぇ・・。なんであんたがいるわけ!!??」
「それはこっちのセリフですわ!」
これから始まるであろうバトルに巻き込まれたく無いのか豪網がソソクサと彰の元にやってくる。
「だいたい貴方は、先生に私立大学の推薦を書いてもらうんじゃなかったんですか?彰様が紅暁魔法学校を受けるって聞いてすぐに魔法育成塾に通い始めて!!そんなに彰様と同じ高校に行きたいんですか?・・このストーカー!!」
「なっ、な、そんなわけ無いでしょ!なんで彰なんかの為に私がわざわざ志望校を変えなきゃならないのよ!!それにストーカーってアンタの方がよっぽどストーかーじゃ無いの!!この大根女!!」
魔法育成塾と言うのはその名の通り、日本に存在する魔法学校に合格する為専門の塾、つまり予備校である。
「なっ!だ、だ、大根女ですって!!!私はいいんです!!彰様のお付きなのですから!24時間四六時中常に一緒にいるのが普通なのです!!」
「普通な訳無いでしょ!どこの世界の話ししてんのよ!!」
そんな感じでどんどんヒートアップしていく女子二人に対し・・・
「・・・なぁ、豪網あれ止めて来てくんね?」
「・・いやっす、俺もまだ死にたくありまん」
と、完全にドン引きの二人がだった。
だが、このまま放っておく訳にも行かず結局ジャンケンで負けた方が二人を止める事になった。
「「ジャンケン、ポン!!」」
「ヨッッシャ〜〜!!」
「・・まじで?」
彰がパーをだし、豪網がチョキを出した為彰が負け、二人を止めに行く事となった。
彰が少し視線を向けるともはや何を言っているのか分からない二人がいた。
(こ、これ止めるって台風の中に突っ込むのと同じ感じだぞ・・・)
しかし、このままだと、電車に乗り遅れ遅刻してしまいそうな為彰は勇気を出して止めに入る事にした。
「ね、ねぇ?お二人さんがた??それぐらいにしてそろそろホームにって・・グフォォ?!」
「そ〜も〜そ〜もっ!!あんたのせいでしょうがぁぁ!!」
彰が止めに入った瞬間今まで美月に向いていた茜の矛先がこっちに向き電光石火の速さで彰の頭にヘッドロックを掛けて来たのだ。
「グォォ〜、ナ、ナゼ?オレノセイ!?ッグフゥッ」
「あ、ん、た、が、この大根女に話さなきゃこんな事にはならなかったでしょうがぁ!!!」
「ゴッ、ゴッ、ンナ、ブフゥ?!アホナ!!」
彰が助けを求めるように美月を眺めるが、
「今回ばかりは自業自得です!!思う所はありますが今回は知りません!」
と、そっぽを向く美月。
(おぃぃぃ!お前には俺のせいじゃ無いって話したよな?話したよな?何聞いてたんだ!!その耳は飾りかっ!?!?)
思っ切り美月を睨みつける彰だが美月はそっぽを向いている為意味がない。
その間もどんどん茜は的確に彰頸動脈を締め続ける。
そして遂に彰が落ちそうになった瞬間。
ピンポンパンポーン
【間も無く二番線に東京行きの電車が参ります。危険ですので黄色の線の内側には入らぬようご注意ください】
そのアナウンスが聞こえた瞬間、今まで言い争っていた四人はピタリと言い争うのをやめて顔を合わせる。
「おい、こりゃまずいんじゃないのか?」
沈黙を破った豪網がボソリと呟く。
それもその筈、彰達四人は改札にも入らず未だ駅の前で突っ立てるのだから。
その間にも電車が近づいているからかガタゴトと音がする。
「「ま、ま、まずいに決まってるでしょーーーー!!」」
さっきまで言い争ってたのが嘘のようなハモリで美月と、茜が、叫ぶと改札に向け全力で走り出す。
少し遅れて急にヘッドロックを解かれた彰と豪網も走り出し、四人はギリギリの所で電車に乗ったのだった。