始まる新たな日常
ある路地の裏手、様々な感情がお互いを消し合いつつ混在する声は、周りの生類全てに影響を与え、少しずつ過ぎ去っていく。
羽を休めていたハトは一斉に飛びたち、洗濯物を取り込もうと思い、外に出た中年の女性は、もの凄い速さでそれを済ませ、その方向に痛々しい視線を送る。その声は、波打つように続けられた。
それから少しの時が流れると、声の根源に近寄る者がいた。
その者は、上下共に黒いベールに包まれ、何処となく優雅な雰囲気をかもし出していた。
その者の目に根源が映るなり、それが人間、男である事は定かだったが、周りには大量の酒瓶が空の状態で無造作に置かれ、酷い泥酔状態にあった。だがその者は男の泥酔用を物ともせず、どんどん前に進んでいく。
周りを見渡す限り誰一人として居はしなかったのだが、それが逆に、この冷んやりじめっとする空気感を生み出していた。
やがて、黒いベールは空をひらひらと舞いながら、男の目の前までやって来た。
深くかぶった黒帽子から覗かれるりんかくは、とても男のものとは思えなかった。
その者は男へと唐突に質問を投げかけた。
「あなたのお話私が聞きます。ですので、私のお願い事を一つばかり聞いていただけますでしょうか?決して無理難題ではございませんし、そちら(男)の方が有益かと。」
そんな問いかに対して、男は急に話掛けられたことによる、多少の驚きを隠しつつ、泥酔したその口調で言い放った。
「おれ様はな〜ヒック、ここから1000マクロンぐらい先にあるなヒッ、元セルリア宮殿の王座に着いてたんだわ。」
男は続けた。
「そりゃもうゲップ、富も名声も思うがままでな〜そりゃもうすんばらしかったわ〜っ、だがよ、だけどよ、一週間と少し前の事だったか?ンップ、一通の手紙が届いて来やがってよ〜、そん中には6文字で(撃ち壊し命令)とか書いてあんだわっ、そんで、いつの間にかそれを聞きつけた家臣達は、全員荷物かたずけてどっか行っちまった…ヒック。そんでなんだかんだ、今に至るわけだヒッ、確かにこの国はなんでか昔っから、撃ち壊しと再建が激しいけどな。それにしてもひで〜わヒック。」
っと言う具合で、一方的に話す男の言い分、いわゆる愚痴を、何一つとして文句を漏らさず、聞いていたその者に、次は男が質問を投げつけた。
「んで、あんたのそのお願いってのはッ?」
一旦空気が途切れる。
そしてそれを縫うかのように、その者は言った。
「貴方に、私の経営している宿舎へと来てもらいたいのですが?お金は取りませんし、食事も出します。いえ、一部屋分空きが出てしまいましたので、人を探していたのですよ。それに、貴方は住人と気が合いそうだ…。」
いかにも怪しい誘いではあったが、その時男は正常な選択肢を出来る状態ではなかった故、結局の所、選べる道はもはや決まっていたのかもしれない。男はその者の肩に捕まり、5歩程度歩みを進めたのだが、そこからの記憶はパタリと途絶えてしまった。