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9匹目 魔術


凜音は暇を持て余していた。


というのも今日は大雨で外に出かけられない。洗濯は干せない。料理をしようにも食べる人は二人しかいないので余る。凜音が無限の胃袋を持つのは魚においてのみだ。


「あ〜暇だ、することが無いよぉ〜。助けてリュオえもん」


そういうわけでリュオンに絡みにいった。

彼は大抵の場合、自室にこもって何かしている。本人は魔術の研究だと言う。確かにリュオンの部屋は魔術師と言われて想像するような、そこかしこに古めかしい本が散らばっていて原材料不明の金粉の入った瓶や謎の鉱石が詰められた棚があり、魔法陣のような何かが書かれた紙が転がっていたりする、短くまとめるととにかく汚い部屋だ。いや、埃は一つとしてないのだが、大量の物が乱雑に置かれていて足の踏み場もないくらいの部屋、という意味だが。


「……書庫の鍵を貸してあげよう」


リュオンは突っ込みを入れるのも面倒なのか、それだけ言って前述した汚い部屋の中から迷わず鍵を出し凜音に渡した。この部屋がここまで物で埋もれているのはリュオンが物の位置を正確に覚えているからなのだ。


「ははぁ、天才さまは違うなぁ」


「人に物を貸してもらう態度かい、それ」


そうは言いつつも鍵は渡してくれるのだから、なんだかんだ言ってリュオンは優しい。


***


さて、話は変わるがリュオンの屋敷は無駄に広い。

三階建てで、その上で地下室があって、それなりに庭もあると言うのだから、中世ヨーロッパ風異世界における平均的な視点から見て広いというのに差し支えない大きさなのは明白だ。


しかし、そんな中で鍵だけ渡して部屋の位置を教えられなかったのは嫌われているからではないと信じたい。さっき優しい奴だと思ったリュオンは嘘だったのか。

アメとムチってやつか。それとも、もしやリュオンは怪談話でよくある『鍵はあるのに部屋の場所が分からない部屋』の書庫の場所を私に探させて暇つぶしをさせようとしていたのでは。


広い屋敷を数十分歩き続け、足がパンパンになってきた凜音にそんな懸念が浮かんできたとき、鍵を貰ったリュオンの部屋の真横に『書庫』というプレートがかかった部屋を見つけた。

灯台もと暗し。凜音は即座に数分前の記憶をデリートし、扉の鍵穴に鍵を差し込んだ。


扉を押すと、ぎぃ、と蝶番が軋む音がすると共に図書館や書庫特有の紙の匂いがした。

扉を開け、中に入るとそこは。


強いて言うなら、トリニティーカレッジ図書館の縮小版だろうか。

『これテレビで見たことある!』というような。現実で見たらあんな高い場所の本をどうやってとるんだと突っ込もうと思っていたファンタジーの本棚のような。


そういった、書庫という名に相応しくない書庫であった。


***


いつまで経っても歴史が無駄にありそうな書庫(仮)に戦々恐々していては話が進まないのでとりあえず本を読むことにした。

本棚の前で背表紙のタイトルに一つ一つ目を通していく。

『魔術理論事典Ⅳ』『魔術理論事典Ⅹ』

……5巻から9巻までまるまる全部無い。

『魔力と魔法の関係について』『神の権能』『魔術の実用性』『魔術の真髄』『魔法一覧 初級編』『炎の使い手100』

見事に魔術の本ばかりだ。

どれもこれも中世らしいというかゴツイ装丁で重そうである。冒涜的な魔導書とか混じってても気づかないかもしれない。


とりあえず簡単そうな本を読んでみようと思い、本を探してみた。

『初めての魔法』『魔術の教科書』

このくらいしか簡単そうな本はなかった。どれもこれもある程度の知識をすでに身につけてないと分からないタイプの本をばかりだ。


まず、『初めての魔法』の方を開いてみる。


“魔法とは、私達が神々の力の一部を借りて、その力の一端を示すものである。故に、私達は魔法を使うときには神への祈りを捧げなければならない。

 また、魔法の威力は使用者が神に好かれているかどうかで変化する。神に愛される者は神々から強力な力を借りられるのでより強い力を現すことができる”


凜音は想像以上に宗教色のつよいファンタジー魔法にビビった。神とか言われても前世ハイブリッド宗教の国の住人だった凜音に信仰心はない。


“風の魔法の祝詞

『風の神に願う。神々の祖の名の下に、その力の一端をこの手に現さんことを。汝の風は大地を駆け、正しきものを包み、何よりも鋭く、悪しきものを貫く。……(中略)……今、一陣の風をここに顕現す』”


長い。えっ、世の中の魔法使いはこんなクソ長ったらしい呪文を唱えてるの?唱えてる間に後ろからグサッと刺されて死ぬでしょこれ。魔法使いは近接戦闘も出来ないと戦場では戦えない、なんて言われたりするけれど、ここまで長いと近接戦ができても魔法を使ってる暇がないんじゃないだろうか。


……いや、もしかしたらこの魔法が初級すぎてこんな呪文を唱えないといけないのかもしれない。



というわけで凜音は『魔術の教科書』の方を開いた。


“ はじめに


 これは魔術の教科書です。

 時折間違えている方もいますが、「魔法」とか神の力の一部を借りて使う能力、「魔術」とは個人の持つ力により現実を自分が望むものにする能力であって、「魔法と魔術は別のものである」ということを覚えておいてください。”


“ 魔術の歴史はまだ浅いです。

 魔術は今から40年ほど前に、賢者と呼ばれる人物によって開発されました。

 彼は、出来る限り個人の才能というものが関係しない魔法を開発しようとしてこの魔法を創ったと言われています。そのためか魔術は魔法に比べて個人による才能の優劣が少なく、また練習すればほとんどの人が使えるものとなっています。”


“ 魔術と魔法についての関係は今でもはっきりとは分かっていませんが、魔法を使えない人は魔術の才能があることが多いです。”


新情報がどんどん出てきたので色々突っ込みが追いついていないが、どうやら魔法と魔術は別物らしい。

これなら魔術の方は魔法のような長ったらしい呪文なしでできるかもしれない。


“ 魔術では、魔法を使うときのような祝詞はいりません。

 熟練の魔術使いであれば、水が出るように念じれば何も言わずに水を出すことができます。

 初めて魔術を使う人であっても祝詞よりは確実に短い詠唱で発動が行えます。”


“ 魔術は念じることによって体内から人間の精神的なエネルギーを外に出し、それによって世界に影響を与えるものです。

 その精神的なエネルギーは人間に感知することはできないと言われていますが、人間は本能的にそのエネルギーの動かし方を知っているため魔術を使うのに個人差は無いと言われています。


 これらのことを踏まえて、魔術を使ってみましょう。”


すごくそれっぽいと興奮した凜音は早速使ってみることにした。呪文は書いてくれてないが、それはフィーリングでいいということだろう。凜音が使う符術だって呪文は(覚えていないので)適当だ。呪符がちゃんとしてるからいいのだ、多分。



「えぇと、……科戸の風の天の八重雲を吹き放つ事の如く」



少し悩んだあとに出たのはオリジナルの呪文ではなく、前世でなんとなく覚えた一節だった。



その後に続いたのは、有り得ない、有り得てはいけない音だったが。



「はっ!?ちょ、ちょちょ待っ」



全て言葉を言い切ることは出来なかった。


風が、強風が、凜音に襲いかかったからだ。







咄嗟に目を閉じた凜音には何も見えない。


少し、雨のときのような湿った匂いがする。風でバラバラと本のページの捲られる音がする。

何かが割れる音もした。窓ガラスでも割れたのだろうか。


どん、と腹部に鈍痛が走った。飛んできた本が当たったのだろう。


凜音は危険を感じて縮こまった。


立ってもいられない、踏ん張っても飛ばされる。

凜音を壁まで押しやって、本棚をバタバタとなぎ倒し、無数の本を空中に飛ばしたところでようやく風は止まった。


「はっ、はぁ……なに、今の……」


「リンネっ!?何をした!?」


訳の分からない現象に頭を回す暇もなく、次の問題が頭を出す。

異変を感じ取ってすぐさま飛んできたのだろうか。隣の部屋にいたはずだというのに、リュオンの息は切れていた。


「わ、わかんない……」


それに尽きる。


何もわからなかった。


その言葉にか、その部屋の惨状にか、はたまた凜音の表情にか、どれなのか定かではないのだが、状況を察したリュオンの顔が強張る。

リュオンは呼吸が浅くなるのが自分でも分かった。意識が遠のきそうになるのをすんでのところで踏みとどまる。


ここで、混乱していたものの、凜音はリュオンの様子がおかしいことに気がついた。

自分の今の状況が落ち着いていられるものとは思っていない。だがそれ以上にリュオンは放っておけなかった。

過呼吸なのだろうか、浅く呼吸をして、目を見開いて立ち尽くしている。


「ね、リュオン落ち着いて、大丈夫だよ」


ほら、と言って自分の体に振りかかってきた本を払って少しよろめきながら立ち上がり、リュオンの手を握った。


生憎と紙袋も持っていないので、凜音は過呼吸の人への正しい処置が分からないが、リュオンのそれは極度の緊張状態から来るものなのかもしれないと思ったので、とりあえず彼を安心させようとした。


「大丈夫、大丈夫だから」


そう言って小さな子どもをあやすときのように、ゆっくりと背中を叩く。


「っはぁ、はぁ……っけほ、もう大丈夫、だから」


リュオンの瞳に光が戻った。ついさっきまで過呼吸だったせいで涙が浮かんでいるが生理的なものだし、彼はいつもの彼に戻っていた。


「……はぁ〜、よかった……」


ひとまず安心できた。ならばこそ、次は凜音が混乱する番だろう。


「で?何が起きたの!?どういうことなの!?」


「落ち、着いて」


まだきちんとは呼吸が戻っていないのか、途切れ途切れながらもリュオンは答えた。


「おそらくだけど、君、魔術か魔法を、使おうとしただろう。それが、暴走したのだと思う、よ」


まさかそんな、魔力の暴走みたいなファンタジー事件が現実世界であるわけ……ってここは中世ヨーロッパ風異世界なんだったっけ。


「魔力の流れからしても、多分そうだ。……それよりも」


部屋をぐるりと見渡して、言外にリュオンが告げた。

この部屋、どうしようか、と。


「外はもっと酷いことになってるだろうね」


「……え?」



***



「すみません!本当にごめんなさいぃいい!!」


平謝りする凜音。それに対してどことなく諦めた風で、いや別に気にしないでくれと言うリュオン。


外に出た二人が目にしたのは書庫を中心に半壊した屋敷だった。

屋根は吹き飛び、ガラスは飛び散り、近くの木々の枝は軒並み折れていた。


書庫の中より酷い惨状に、顔を青くした凜音と知ってたとでも言いたげなリュオンの表情は面白いほど対極であった。


「まぁでも、このままじゃ住めないし。そういう訳で引越しだ。荷物を纏めて明日にでも出発しよう」


そう言って、リュオンは優雅に微笑んだ。

とは言っても半壊している屋敷が背景なので決まっていないが。


「……は?どこに?」


「王都に家があるんだよ。本邸になるのかな、あそこは。王都に行く用事もあったし丁度良いよ」




だから、リンネも気にしないこと。いいね?


気にするなという方が無理なのだが。

そういうことを言うには、彼の笑顔は顔面偏差値が高すぎたし、彼の声音は優しすぎた。



というわけで何話か閑話を挟んで王都編に移ります。想像以上に海の街での話が短くなって驚いてます。

王都は海に面していないのでタイトル詐欺が加速しないか心配です。

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