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7匹目 偉い人と



「では改めて。名前を言っても気づいてもらえないという悲しい結果になったので今回は役職まで言おう。現グラフィニア国王、レオナルド・グラフィニアだ。あ、歳は17だ」


玄関から居間のような部屋に移動して、改めて自己紹介をされた。


ひとつひとつ丁寧に言っていくと、すごく名前の長い青年改めてレオナルド王が王っていうのは流れでそんな気はしていたので驚くほどのことではない。

それよりもリュオンが王の師匠だった事実の方が驚いたし、何よりも王にしては若すぎるだろう。17って。


「諸事情でな、我以外は継げる者が居なかったのでこの歳でそんな大役を任されることになってしまったのだ。はっはっはっ」


それと仮にもこの国のトップが一人でこんな街にほいほい来てもいいのだろうか。あとそれ笑い事じゃない。


「レオは私の弟子だからね。そのへんの刺客くらい秒で倒せるようになってもらったよ」


「お師匠の稽古は思い出したくないな。この人の人外じみたところを見せつけられまくった」


「リュオンってそんなに凄いやつだった……?」


「いや全然すごくはないんだよ?」


「お主のような人間がいてたまるか、阿呆め」


リュオンに対してそれぞれの主観が錯綜しているのでまとめよう。


凜音 よく分からない。なんか凄いらしい。

リュオン 普通。全然凄くない。

レオナルド 化け物。人外。めっちゃ凄い。


以上。レオナルドがリュオンを人外級と言っていて本人がそれを否定している、というかんじだろうか。


「ふ、まぁリュオンのことはどうでもよい。今回はそなたのことを見に来たのだ」


「へ、私?でもさっき私のこと人口生命体と勘違いしてたのに?」


レオナルドは凜音の疑問にもっともだと言いつつバツの悪そうな顔をする。


「いやな……リュオンからの文では、もっとこう……黒い服装をした怪しい老婆のようなのかと」


「先に宣言しておくけど、リンネの容姿に関して書くのを忘れていただけで、上記のイメージはレオが想像したものに過ぎないよ」


自分に泥がかからないように即座に注釈を加えるリュオン。


「そんなことより、リンネはフジュツとやらを使うのだろう?それを見てみたいのだ」


そういえば、凜音が符術の話をしたときのリュオンは嫌に上機嫌で興味深げであった。

目新しい術に興味を示すという点でこの師弟は似た者同士なのかもしれない。


特に問題も無いので了承した凜音は早速懐から呪符を取り出す。


「火と成れ、喼急如律令」


凜音が唱えると、呪符を持った手の先に小さな炎が現れた。


「お、おぉ……これが」


レオナルドは目をきらきらさせた。


(あ、これ嫌な予感が)


「リンネ、その札を見せてもらえぬか?……なんと書いてあるのだ?」


これはどこの文字だ?

どういう原理で炎を出したのだ?

どこで誰に習ったものなのだ?


……以下省略。


一時間後、そこには好奇心が収まる様子のレオナルドとぐったりしている凜音の姿が――!

※リュオンは優雅に読書に耽っています


「あの、そろそろ、このへんで」


「む。……まぁ仕方あるまい。本来自分の能力など人に説明するものでもない」


そんなことを言うと、凜音の中でそんなのだったら初めから説明させないでくれと静かな怒りがふつふつと湧いてくるのでやめた方がいい。


レオナルドがこちらに着いたのが遅かったのもあってすでに陽は傾き、オレンジ色の光が差し込んでいた。


その光に気付いたリュオンは、そろそろ夕食の時間かと、レオナルドに新しい話題を出した。


「レオ、夕飯食べてくよね?」


「あぁ。宮廷ではマナーにうるさくてかなわん」


それを聞いて、机で突っ伏していた凜音が顔をあげた。


「じゃあ今から用意してくるよ!二人ともさっさと食堂に来てね!」


先ほどまでの消沈具合が嘘のように元気になった凜音は、颯爽と部屋を出ていった。

凜音が去っていった部屋の扉を眺めたまま、レオナルドはリュオンに話しかけた。


「そうかそうか、今日はまともな飯が期待できそうだ」


「私の作る食事がまともでないとでも言いたげだね?」


心外だとでも言いたげなリュオンだが、即座にレオナルドによって胡乱げな眼差しと反論が寄越される。


「お主の飯は大体が手抜きだろう。この前来たときの夕飯はパンだけだったぞ」


「まぁ今日はリンネが魚を食べさせてくれるって言うから期待してくれ」


「それお主が言うのか。リンネではなく」


はぁ、とため息をついたレオナルドは、一度リュオンから視線を外した。そのまま少し視線を彷徨わせたあと、もう一度リュオンを正面から見据えた。


「……一体、どういう風の吹き回しなのだか」


「どういう意味だい、それ」


そうは言ったもののリュオンにはその意味が分かっていた。レオナルドの質問に答えかねただけだ。


「分かっておろう。どういう風の吹き回しで、人間嫌いのお主が側に人を置いているのか、と」


「一つ訂正だ、私は別に人嫌いではないよ。今まで出会った中で私が嫌いにならなかった人が君だけだったという話だ」


難儀な話だ。レオナルドは彼がそれだけ人間の悪意というものに触れてきたのだと知ってはいても、それをどうにかすることなどできはしなかった。


――ただ。



「あぁ、でも、二人目がもうすぐ出来るかもしれない」


静かな沈黙の間に、早く食堂に来いという彼女の声が聞こえて、そちらを見て目を細めたときの彼の顔は、


―とても人好きのする笑顔で、それはレオナルドに彼が歩んできた今までの道のりをとても哀しく思わせた。



***



「はい!じゃあ鮪の解体ショーをするよ!」


なぜか高めのテンションで魚を取り出してきた凜音を魚が好きなのだなとだけ思っていたレオナルドも、テンション高めのまま続く魚トークで彼女は魚に対しては一般的な感覚を欠如しているのだと気付いた。


あぁ、自分に質問責めにされていたリンネはこんな気分だったのかもしれない、と半分くらい思考が飛んでいたレオナルドには、リュオンと凜音の、それは剣であって包丁じゃ、とか、このくらいの刃渡りがないと駄目なのだ、とかいう会話は聞こえていなかった。


こうして王は民たちの気持ちを理解していくのだ……。


「あっレオナルドの意識がとんでる。起きてー、今から解体するよ」


どうやら長い前置きトークが終わったらしい。


彼女はどこから持ってきたのか定かではない板の上に鮪を置くと、これまたどこから持ってきたのか不明な剣……いや、包丁でスパスパと頭を落として鮪を下ろしていく。

その鮮やかな手さばきには若干虚ろな目であったリュオンとレオナルドの二人も感嘆の声をもらす。


「まずはお刺身にするね。醤油がないのが誠に遺憾だけど……あ、リュオン、ご飯そこのお櫃に入れてあるからセルフで盛ってね」


そして刺し身を皮切りに、いつの間に用意していたのか酢飯を取り出し寿司を握り、トロカツやら赤身のカルパッチョやらを出し、最後に〆として鮪茶漬けを食べる。


「……美味しかった、美味かった!」


久しぶりの鮪に感動しっぱなしの凜音。


「ほんとに今日は手が込んでたね、レオのためにありがとう」


「礼は我に言わせぬか。美味かったぞ、リンネ」


ずずっ、とお茶漬けを啜りながら二人が言う。

正直なところ凜音は自身が鮪を食べたい気持ちが6割だったので感謝されると若干居心地が悪いのだが。


「喜んでもらえたならよかったです」


残りはどれだけシーチキンにしようか。


「あー、これはあの流れだな。晩酌をしよう。リュオン、酒は無いのか?」


「確か蔵に数年前に貰ったワインがあったね、持ってこよう」


そうして、その流れで三人は深酒一歩手前まで盃を重ねるのであった。



***



「ん……」


チュンチュンと雀のなく音がする。いや、雀かどうかは知らないが。

凜音が隣を見るとすやすやと眠るレオナルドがいる。王の威厳は感じられない。いや、初めからなかったが。

逆隣を見れば、そこにはリュオンが寝ている。



先に断っておくが、世間一般に言う朝チュンとかいう展開ではない。これはあくまで全年齢対象なのだ。


昨夜、遅くまで酒盛りをした三人は寝る前になって客室のベッドが整えられていないことを思い出し、寝る場所に困った結果、思考が停滞気味だった三人は雑魚寝すればいいのではないかという結論に至った。


その結果がこれである。


日の高さから見るにまだ早朝だろうか。前世感覚で言うところの6時くらい。


あまり酒に慣れていなかったため、三人の中では一番飲酒量を少なかった凜音は、二日酔いであろう二人のために朝飯を作ってやろうと起き出すことにした。


しかしながら、そう意気込んでキッチンに来たが凜音は二日酔いのときに食べるものなど知らない。面倒になったので、普通の朝食を作ることにした。ご飯にお吸いもの、卵焼きに焼き鮭。

丁度卵焼きを皿に盛り付けた頃にレオナルドが起き出してきた。


「む、良い香りがすると思ったら朝餉を作っていてくれたのか。有難いな」


「あれ?二日酔いは?」


「はっはっはっ、おかしいなのことを言うものだ。あの程度でなる訳がなかろう」


あの程度、と言われてしまい凜音は昨日の酒宴を思い出すが、首を傾げることになるだけだった。

でも本人が大丈夫と言っているのだから、特に気にしなくていだろう。


「じゃあ冷めないうちにご飯食べちゃってね」


リュオンもそのうち起きてくるだろう。

そう思って二人は一緒に朝食を食べ始めた。


「レオはもう帰るの?」


昨夜、酒を酌み交わし親交を深めた結果、凜音はレオナルドをレオと呼ぶようになった。


「あぁ、そうさな。執務が溜まっておってなぁ……仕事を各部署に回せるようにしたいのだが、そのせいで更に仕事が増えて」


仕事を減らすために仕事を増やしている、というわけだ。


「えぇと、頑張ってね」


凜音は想像以上に現実的でハードそうな王の仕事にそう返すことしかできなかった。

しかもレオナルドはまだ17歳なのである。王宮、ブラックすぎない?


「ところで、リュオンの話なのだが」


そういえば、二人きりで話すのは初めてだ。リュオンの知り合いでまだ出会って時間も経っていないから当たり前といえば当たり前なのだが。


凜音はもしかして、彼は符術のことではなく、リュオンのことを自分に話にきたのだろうかと思った。


「敵が多い。味方はいない。いつでも孤立無援、しかしながらそれでも勝ってしまう才能があってしまった。不幸なことだ」


わざとなのか、そうでないのかは分からないが、レオナルドは遠まわしな言い方をする。


「それが我が出会ったあやつだった。なんとか味方は一人出来たものの、それでも一人。少なすぎるだろう」


だから、と付け加える。


「そなたは、信じてやって欲しい。あやつはアレでいてそういったことには臆病だ。だが、あやつが何者であるかも、何を成したのかも、何を思っているのかでさえも、いつか解るはずだ。それまで、信じてやって欲しい」


優しいまなざしをしていた。

王としての彼ではなく一人の人間として、レオナルドという人間はリュオンという人間を心配している。

凜音は彼と出会ってから彼の王としての側面をほとんど見ることは無かったが、それを知っている人からすれば、レオナルドがそう言ったこともそう思っていることも、有り得るものではなかったのだが。


ただ凜音は彼の言葉に乗りかかってみようと思った。



だから、色々言いたいことは全部飲み込んで、大きく頷いたのだ。



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