6匹目 お客人
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「あ、そういえば今日、お客さんが来るよ」
「は?」
いつも通りの朝。食卓に並ぶパンとオムレツとソーセージ、スープ。飲み物は紅茶。
そう、いつも通りだったはずなのに、突然飛んできたリュオンからの口撃に皿は割れ、テーブルはひっくり返り、壁は崩れ、空からは輝く光が差し、この地に天使が舞い降りた……なんてことは無いが。
「いやいやいやいや、なんで!?いきなりすぎ!!」
「忙しい人でね、近いうちに来るとは言ってたんだけど、今日なら来れるって手紙がついさっき届いたんだよ」
中世ヨーロッパの郵便事情どうなってんだ。差出人が考慮してないだけなのだろうか。
「まぁ相手がこんなギリギリで送ってきたのも悪いし、大した接待はしないつもりだからいつも通りにしてくれればいいよ」
そういうわけにはいかないだろう、と凜音の心の中の日本人が言う。
OMOTENASIだ!おもてなしの心なくして何が日本人か!!
と、いうわけで。
「おもてなしと言えば美味しい料理。美味しい料理と言えば魚!!」
来ました、海。
***
今、凜音は宙に浮いている。実際には幼馴染みに教えられた符術で風を起こしてそれに乗っている。科学的に無理とか言わないでくれ。そんなこと言ってたら青いタヌキのひみつ道具である竹コプターとか首がもげてグロ画像になる。そういうことだ。
凜音が海に来たのは、ある魚を捕るためである。
ただ今回は人魚モードにはならない。狙う魚が大きめなためだ。
今日凜音が狙うのは鮪だ。
日本人の味覚と言って差し支えないであろう、鮪だ。
マグロ漁が規制されるかもしれないと聞いてニュースになるくらい、日本人はマグロが大好きだ。まぁ美味しいから当たり前なんだけどね(魚過激派)。
寿司ネタとして定評があるし、シーチキンとかも美味い。何よりも鮪の解体ショーはエンターテインメントになる。冷凍すれば武器になる。まさに完璧。
問題は捕まえる方法であった。
この街の船では危な過ぎて沖には出れないし、マグロを釣り上げるのも技術的に無理。
人魚モードになったからと言っても、早すぎて捕まえるのは難しい。銛で一突き出来ても逃げられるので、今回は方法を考えてきた。
一、勘でマグロのいそうな場所を探す。凜音はさながら歩く魚雷レーダーのようであった。
二、マグロを見つけたらそのマグロが動けないように符術で渦を作る。
「水となりてその流れを変えよ、喼急如律令!」
三、身動きの取れないマグロを刺す。
四、完全に動きが止まったらそれを持って屋敷に帰りましょう!
終わり。マグロ漁終わるの早い。
人魚モードの凜音とマグロの海でのガチンコ水泳勝負を期待していた方には申し訳ない。
***
「ただいまー!」
「屋敷に入るのはその血を落としてからにしてくれるね?」
銛で数回刺されたマグロを抱えて帰ってきた凜音は控えめに言って血塗れであった。
***
マグロを冷凍して、血を洗い流した後。
「客が来るのは夕方になるらしいよ。……というか、こんな大きな魚を食べるのかい……」
現在は太陽がちょうど頂点に登る頃、すなわち正午である。
「いやー、おいしいんだよこの魚!あ、お昼今から作るね」
彼女がやけに上機嫌なのは、美味しい魚が手に入ったからだろうか、大きい魚と格闘したからだろうか。
リュオンも昼食はまだだったので、二人でパンとハムとチーズを切り分け、作ってあったスモークサーモンを出して食べることにした。
もそもそとパンを咀嚼しながら、凜音が尋ねた。
「そういえば、今日来るお客さんって誰なの?」
「うーん、一言で言うなら偉い人?いや、立場的には私より上じゃないんだけど、実質的には上司みたいな……あ、でも彼は私の弟子にあたるね。彼が小さい頃魔術について師事してたんだ」
複雑な関係すぎて凜音には全く察することが出来なかった。え、なんて言ったの?と聞き返さなかっただけ良かったんじゃないだろうか。
「えと、なんて名前なの?」
「多分……シーザーとか?」
「いやなんで疑問形」
「正直に言うと、多分偽名を使ってくるだろうから下手なこと言えないんだよ」
偽名を使うほど偉い人ってことか……。
ていうかそんな人の師匠だったリュオンって一体……。
「もういい……何も聞かない……というか聞いちゃいけない気がする……」
「そうしてくれると非常に助かるよ」
「あとお客さんのお土産に珊瑚あげようかと思ってたんだけど」
「あぁ……彼はなぁ……いや、うん。いいよ」
リュオンは悩む素振りを見せたものの、最終的に何か納得して了承の返事を寄越した。
凜音はそれを聞いて、わかった、と返事をして屋敷の掃除をすることにした。
***
掃除が終わる頃に、その来客はやって来た。
「おーい、リュオン!居るか!」
コンコンと控えめなノックの音と知らない青年の声が聞こえてきた。
リュオンが目で一緒に来てくれ、と言うので、共に玄関まで着いていく。
「いらっしゃい。今日はお一人さまかい?」
玄関に佇んでいたのは、金髪で背の高い、19歳ぐらいの青年だった。ちなみに顔は中の上くらいだろうか。
「……あぁ。あ、ああっ!?ちょ、ちょ、ちょっと待て。お主まさか」
リュオンの言葉に普通に返したように見えたものの、何故か私の姿を目に止めると急にどもりだした。
「変な想像膨らませてるところ悪いけど、違うからね」
「お主まさか遂に人体錬成に手を出したのか!?あれは禁術指定されておっただろう!さすがの我でもフォロー出来んぞ!?」
「だから違うって」
どうやらただの茶番劇のようだ。そう判断した凜音はこの会話を終わらせるために口を出すことにした。
「あの私、人工生命体じゃないですよ」
「うわっ、しゃべった……」
流石になんか偉い人と言えどもそれは失礼すぎるのでは。
「だから、この子は手紙で言ってた子だって」
「はぁ?お主、文には散々、ムグッ」
突然リュオンが青年の口を押さえた。
「そのことに関しては内緒、だったよね?」
「はぁ?そんなこと聞いた覚えがな」
「じゃあ忘れてしまったんだね!若いのにもうボケが始まっているとは哀れだ……」
茶番を終わらせようとしたら新たな茶番が始まってしまった。この二人、随分と仲がいいらしい。
「……あー、何やら不適切な発言をしてしまったようだな。すまなかった。名前を聞いていいか?」
リュオンと話がついたのか、仕切り直しとでも言うように、青年は凜音の方へ向き直り謝罪をした。
「龍堂凜音です。リンネでいいですよ」
凜音がそこまで怒っていなかったことに安堵したのか、ホッとした顔をして柔らかく微笑んだ。
「ではそなたには詫びとして我の真の名を教えよう。我が名は、レオナルド・ウォルフガンク・セレーデ・ビクス・グラフィニアだ。よろしく頼む」
「すいません、もう一回だけ言ってもらっていいですか?」
すみません、ほんとすみません。
凜音の心中は申し訳なさで溢れていた。
リュオンが偽名を使うだろうと言っていたほどの人物が本名(長い)を教えてくれたのだ。それに対してこんな発言は無礼以外の何ものでもないし、ここは『え、まさかあの〇〇様だったなんて!』と反応するべきなのだということも分かっていた。
ただ、名前が長すぎるのだ。
前半を覚えようする間に後半が流れていき、後半を覚えようとする間に前半を忘れてしまう。
「わかる、めっちゃわかるぞ」
名前の長い青年(仮)は、なんだかしきりに頷いて同意を示してくれる。遠まわしに名前がクソほど長いと言われたのに、である。その優しさが凜音にはいたたまれない。
「名前が長いせいで定期的に言わないと忘れるし、人には覚えてもらえないし、噛みやすいし、正式な書類のサインに無駄に時間がかかる」
いや、もしかしたら本心なのかもしれないが。
「……あ、中入ろうか」
思い出したように呟かれたリュオンの言葉に、他二人はまだ自分達が玄関先で話していただけだったということに気付いた。