5匹目 人魚の金策
居候【いそうろう】
「他人の家に住んで食べさせてもらうこと。また、その人。食客。」
つまり、今の私の状況は顔のいい男に寄生する、タダ飯喰らい……?
居候三杯目にはそっと出し、なんて言うらしいが凜音はリュオンに1ミリたりとも遠慮したことは無い気がする。
リュオンのお金で何も気にせず魚を買うし、食事に関して遠慮せず好きなだけ食べている。
リュオンはこれだけ大きな屋敷に住んでいるのだから普通に金持ちかと思っていたが、どうして置いてもらえているのか分からない今、遠慮のない居候など追い出されても不思議ではない。
……お金を、稼ごう。そんでもって家に金を入れよう。
***
「……以上が経緯となります」
「まぁ、言いたいことは分かったよ。それでどうやってお金を稼ぐつもりなんだい?」
ふふ、よくぞ聞いてくれた。
金を稼ぐ方法を考え始めたものの、前世で不労所得で生きていきたいと考えていたような凜音が今の状況で働く気になれないのは仕方ない。
それに現在、家事のほとんどを凜音が担当しているおかげでそこまで時間が無い。
「そもそも家事をしてくれてるからお金に関してはそこまで気にしてくれなくていいんだけれど……」
そこで凜音はこの前、海で魚を捕るときに見かけた珊瑚を思い出した。
海の宝石と呼ばれる、宝石サンゴのことを。
「まぁとりあえず見てみて」
ここで話は変わるのだが、宝石サンゴの元となるのは珊瑚礁のサンゴとは別の種類で、八放珊瑚と呼ばれる深海でとれるサンゴである。
察しのいい人は気づいたかもしれないけれど、中世ヨーロッパ風の異世界に深海から珊瑚を採取する技術はない。
「……初めて見るよ。何なんだい、これ」
「これは珊瑚だよ」
「珊瑚?海の、あの珊瑚かい?」
しかし、凜音の手に乗っているのは宝石サンゴである。
加工済みの丸い赤い珊瑚が手のひらの上でコロコロと転がる。
まぁ、彼女がすごい技術革新を起こしたとかそういうことではない。
「うん。そうなんだけど、なんか、創れるんだよ、これ」
手に持っているサンゴを机に置いて、手を握りしめる。そして、目を閉じて珊瑚できろ〜珊瑚できろ〜と念じる。
「はい、できた」
手を開くと、空になっていたはずの手には再び珊瑚が!!
そう、ここは異世界。圧倒的技術不足の世界で手に入れた宝石サンゴは、異世界的不思議パワーによるものだったのだ。
「……は?」
リュオンは呆けてるけど、異世界なんだからこんな不思議パワーは不思議でもなんでもないだろう。
きっと初めて見る(であろう)珊瑚の美しさに目を奪われているのではなかろうか。
「錬金術の類い……?いや、でも魔力は感じなかったし……そもそもこんな金属は見たことない」
……なんか雲行きが怪しい。
「リンネ、いいかい。それ、絶対に人前で見せちゃ駄目だからね?」
ありゃ。
もしかして、異世界でもこの謎能力、謎だった?
「いやっ!でも、売るのはいいんじゃない!?」
「どっから出てきたって言うつもりなんだい?これが本当に珊瑚だとしても誰も信じないよ、きっと」
「怪物を勇者が倒したときに滴った血から出来てるって言う!!」
「それ、買う人いるのかい……」
そのサンゴらしい宝石を見て綺麗だし珍しくもあるとリュオンは思った。こちらでよく見る宝石とはまた違った輝きで、確かにリンネの言うように怪物の血と言われても不思議ではなかった。
ただ、それよりもリュオンにとって重要なことがあった。
「君、その能力で他のものを出せたりするのかい?金とか」
「えぇ〜そんなことできたら始めからそうしてるけどなぁ」
そう言いつつも凜音は手を握る。金〜金〜砂金〜Au〜とか念じて手を開ける。
「不発でした」
その手の上には何もなかった。
「ま、さすがに無理だよね」
「そんなことより次の商品を紹介してあげよう」
「まだその珊瑚売ってもいいっていってないよね?」
「じゃん!真珠〜!」
これも思いついた経緯は同じである。
そして創った方法も同じ。
「へぇ、綺麗だね。これは何で出来てるんだい?」
「えーと、たまに殻の内側が綺麗な貝があるでしょ?簡単に言うとそれがついてるの」
凜音もちゃんと理解してる訳では無いのではっきりした説明は期待しないで欲しい。
「そんでもってこれを売り出そうと思う」
「えぇ……どこで売るんだい?そもそも商売とかできる?」
「それなんだよねぇ」
凜音は結局そこで行き詰まり、リュオンに相談することにしたのであった。
リュオンに置いてもらえているように金を稼ごうとしたはずが、本人に相談事を持ちかけている。
人、それを本末転倒という。
「アテがないわけではないけど……数を絞って値段を吊り上げれば、まぁなんとか……」
そしてリュオンはとても困っている。
しかし彼は凜音が完全に自分への善意で動いているのを知っているため断りづらいのである。
異国の魔除けの宝石とか言って、信頼できる商人に渡せば、あるいは……。
「……うん、なんとか出来そうだ」
「ほ、ほんと?あの、あんまり無理しなくていいからね?ちょっと家計の足しになればと思っただけだし……」
「いや、君の宝石はこちらにはあまり無いものだし儲けは何をしなくとも出るよ。それに君のその気持ちは嬉しいからね」
凜音はリュオンがいい奴だと痛感した。それと共に自分が行き詰まった点をいとも容易く解決する彼に対して尊敬の念を抱くのであった。
その後、リュオンが秘密裏に売り出した珊瑚と真珠は貴族の間で瞬く間に広まり、異国の宝石と聞いた貴族が世界中を探したものの見つけられず、幻の宝石として値段が大幅に引き上がり、家計の足しどころかひと財産築くことになるのだが、このときの二人は知るよしもなかった。