4匹目 魚を捕りにいこう
リュオンが箸を使えるようになった。
凜音はこれをリュオンがきっと箸という日本の文明に感動したのと、鮭があまりに美味しかったためだと結論付けて、リュオンにもっと魚を食べさせることにした。
実際は全く関係ないのだが、凜音は知る由もない。
ともかくそういうわけで凜音は新しい魚料理をリュオンに食べさせるために、海に行くことにした。
それに凜音は現在は人間と同じような体で生活しているが実際は人魚なのだ。ここらで人魚モードになっとかないと人魚要素が少な過ぎて人間に転生した話とそう変わらない。
幸い海は近いし、今回は素手ではない。
銛がある。
実際には、凜音が個人的に1番銛っぽいと思った槍がある。銛も槍も、得物を突くという点では同じだから大丈夫、多分。
リュオンにそれっぽいものがないかと銛について聞いたら面倒くさそうに武器庫の鍵を渡されたのでそれっぽい槍を頂いてきた。
と、いうわけで濡れてもいいような服を着て、胸にサラシを巻いて海に出発した。
「お、リンネじゃん!今日も魚か?」
そういえば、この街が暮らし始めて1、2ヵ月経つためか流石にもう大精霊とかは言われてない。
「んーん、今日は自分で取りに行くの」
今話しかけてきたのは漁師見習いで、名前をルヴァンという13歳の少年だった、はず。
「はぁ!?お前、そんな腕で魚取れんのかよ……?」
腕?特に腕には何も付けてないけども。もしかして技術という意味での腕だろうか。これでも凜音は前世では魚を捕りまくって遊んでた身だ。それに海では人魚モードになるつもりだ。
まぁ見た目ではそんなことは分からないから仕方ないのかもしれない。
「捕れるよ。ていうかルヴァンは今日仕事ないの?」
「ルヴァンじゃねーよ!ディオだ!全然ちげーし!」
こうしているのを聞くと本当に前世の頃の13歳と変わりない男子中学生のようだ。
「おぉう、ごめんなネオ」
「ディオだっつってんだろーが!!……今日は休みなんだよ。俺はまだ見習いだからって親父が」
「あ、そうなんだ。じゃ私と一緒に来る?」
実は銛(槍)は予備がいるかと思って2本持ってきたからディオもやろうと思えば出来る。ディオは暇してるらしいし、私の狩猟の腕を見せつけるいい機会だ。
「……っはぁ!?しょ、しょーがねーな!お前がそこまで言うんだったら行ってやらねぇこともないぜ!」
そこまで言ってないけど、こういうツンデレのお手本のような人に会うのは前世も含めて初なので面白すぎて笑いを堪えるのに必死だった。
そういうわけで凜音は道中で一人の少年をお供にして歩くのを再開した。
しばらく経つと海が見えてくる。
港にはたくさんの漁船が留まっていて、捕ってきたのであろう魚をどんどん下ろしていた。凜音はその中でそこまで忙しくなさそうな男に声をかける。
「ねぇ、ラルクおじさん!」
「おう、リンネじゃねぇか!どうしたんだ、こんなところで?」
「船って今から出す?そうだったら乗せて欲しいんだけど」
「んー、そうだなぁ……普通だったら断るんだが嬢ちゃんには街を助けて貰ったっつー貸しがあるからな!特別だぜ?」
「よっし!ありがと、おじさん!」
「おぅ!」
この街は、数ヶ月前で凜音が街を助けたことを未だに感謝してくれる人が多い。今回声をかけたのもそれを理由に乗船を許可してくれた。やっぱり善行はするものだ。
さすが中世ヨーロッパ風の典型的な異世界というべきか、凜音が前世で慣れ親しんだ漁船とは全く違う木造の帆を張って風で動く、凜音にしてみれば前時代的な船であった。
凜音たちが船に乗り込み、しばらくすると船は港から海に出た。
「なぁ、リンネってどうやって魚捕るつもりなんだ?漁は素人は参加させてくれないだろうし」
「違うよ、そのへんで下りて、銛を使って魚を刺して捕まえるの」
「モリ?どういうことだよ」
「んー、そろそろいいかなぁ。おじさーん!私ここで下りるね!帰りは泳ぐから先に帰ってて!今日はありがとー!」
リンネは銛(槍)を担いでディオによく見ててねと言って海に飛び込んだ。
ばしゃん、と盛大な音を立てて海に入った凜音は人魚モードに戻ったのでさっさと服を脱ぐ。胸はサラシ巻いてるし、下半身は魚だし何も問題はない。そういうわけで海面に上がり、ディオに脱いだ服を預かって貰うことにする。
「おーい、ディオー。今から服投げるから受け取ってね」
「……は?え、ちょっ、ま」
ディオが受け取らなくても船に入ればオーケーなので、ワタワタしているディオを無視して服を投げつけてすぐに海に戻った。
それにしても。
「やっぱり人魚形態のほうが落ち着くなぁ……」
やっぱり自分が人魚なのだと実感する。実家のような安心感がするし何より泳ぎやすい。人魚の私は人間であったときより数倍早く泳げる。
あと、どういう原理かは分からないけど呼吸ができる。いや、呼吸以外の方法で酸素を吸収してるかもしれないけど、とにかく息ができなくて苦しい、なんてことにはならない。海中戦では最強なんじゃないだろうか。
とは言ってもこの姿も久しぶりなのでそのあたりをフラフラと泳ぐ。慣れてきたら、今回のメインミッションである魚を探す。
……お、あれは、魚じゃないけど昆布だ。出汁もとれるし昆布〆にも使える。採っとこう。
……あ、貝。帆立のように見える。ラッキーだ。
……あれはミズダコかな?魚というか蛸だけど凜音は蛸も好きだ。
えいっ、と銛で突き刺してゲット。
……おっ魚だ!……と思ったけど、見たことない魚だった。赤地に黄色の縞があるド派手な魚で体長は50cmくらい。そこはかとなく鮒っぽい。
……鮒だったら食べられるよね。銛で突き刺した。ゲットだぜ。
そうやってしばらく海で魚などを捕ったあと、そろそろ帰るかと思い、海面から顔を上げた。
「おぉわぁあああぁ!?リンネ!?生きてたのか!?」
「いや死ぬわけないでしょ。なんでそんなことになってるの?」
「だ、だってお前全然海から上がって来ないし……」
どうやらディオは凜音が人魚なのを知らなかったらしい。それくらい漁師のおじさんから教えてもらえよと思ったが、おじさんもそこはかとなくこちらをチラチラと眺めている。
ここで凜音は自分がリュオンに見たことのない種族だと言われたのを思い出した。
……もしかして、全員私が水の中で呼吸できるって知らなかったのかな?
なんとなく、そういうことかと察した凜音は確かにそれは悪かったかもと思い謝ることにした。
「私、実は水の中でも息ができる種族なんだよ。ごめんね、心配かけて。言うの忘れちゃってた」
「……はぁ〜〜。もういいぜ、別に……」
言質は取った。
「そっか!じゃあ魚も捕れたし帰ろうか!」
「おう……って、どうやって船まで上がってくるつもりなんだよ」
船と海面の高さは数メートルほどある。人魚と言ってもイルカやマンボウのように大ジャンプを決められるわけではないのでおそらく船に上がるのは無理だろう。
「いや、私泳いで帰るから。魚だけ持ってって港で合流しよ」
「っはぁ!?港までどんだけ距離あると思ってんだよ!?」
「大丈夫、大丈夫。私そういう種族だから」
『そういう種族だから』を何にでも使える言い訳だと凜音は認識してしまっていた。
絶対に無理だと言い張るディオを軽やかにスルーして戦利品を押し付ける。
「じゃ、先に戻ってるね!」
それだけ言って凜音は再び海に潜った。
ディオが何か叫んでいる気もしたが、それは凜音には関係のないことに違いないと自己完結した。
***
「あ、遅かったねぇ。おかえり」
ディオの心配をよそに凜音は船よりも早く、港の近くの岩場で人魚形態のまま日光浴をしていた。
どうして船より早く泳げるのかとか、泳げたとしても途中で力尽きるだろうとかいう疑問や、自分が心配していたのに相手が日向ぼっこをしていたことに対する苛立ちを全部ひっくるめて、ディオは叫ぶことにした。
「お前、ほんっと意味わかんねぇ!!!」