1匹目 陸に上がった人魚
初投稿です。
王都から馬車で1時間、小さな海の街。
平和な、どこにでもある街だった。
―その街はいまは平穏とは程遠く。
「女子供は山に逃げろ!」
「男共は港の方に行って賊と戦え!!」
怒声と子供の泣き声が反響する。
黒地に白の髑髏の旗が、夜中の街の空にはためいている。
その旗を掲げているその船は、俗に海賊船と呼ばれるものだ。海辺の街や貿易船を襲い密貿易を行っている彼らは、その街を今夜の標的とした。
「クソッ!」
街の男衆は腕っ節は強いものの、賊にとっては蹂躙するだけの相手だった。
そもそも平和な街で育った者は武術を習ったりしない。この国では剣を持てるのも貴族や騎士など一部の者だけであるため、男衆は木材や包丁で応戦をするしかなかった。
街にはこういう荒事にも頼りになる人がいるのだが、間の悪いことに今は王都に出掛けている。伝令が伝わればすぐに帰ってきてくれるだろうことは想像がつくが、間に合わないだろう。それだけ戦力差は圧倒的なのだ。
海賊と戦い一人の男は思った。
――もし、この世に神様がいるのなら。どうかこの街を救ってはくれないか、と。
「えーっと……えぇいそこの者共、控えろ!この私を誰と心得る!」
不思議と自然でありながらも周囲に響く声であった。また、可憐な少女を連想させるような声音でもある。
どこから聞こえてきたのか分からない、しかも場違いな少女のような声に、街の男も海賊も動きを止めた。
「遠からんものは音に聞け!近くば寄って目にも見よ!我こそは、えぇー、なんかすごい大精霊である!!」
続けて聞こてたその声に、誰もが怪訝な目をした。
大半がこれまではなんかいい雰囲気だったのに台無しじゃねーかという目だ。
「と、とにかく!私は正義の味方なので悪い奴は天誅だぞオラァってことです!」
オラァ、の部分だけ異様にドスの効いた声だったが突っ込まない方が賢明である。誰しも触れられたくない過去はある。
海賊はいきなり現れた不審な声に、その声の主を探そうとするものの音の発生源が分からない。本当に、“どこからともなく”聞こえてくるのだ。
「呪文なんだっけ……感覚でいっか。樹となりて拘束せよ、喼急如律令!」
その声が耳慣れない響きの言葉を口にすると、海賊の足元から植物が生えてみるみるうちに彼らを捕縛した。
賊も街の民も言葉を失った。
どこからともなく聞こえる声。海賊を拘束した見たこともない術。
この世界には魔法と言うものもあった。ただ、それにしても一瞬で何人もの人を植物で拘束するような魔法は信じられないほどのものであった。
故に、その街にいる人は皆、突然現れた少女のような声の主は大精霊なのではないかと思った。
よいしょ、という声がまたどこかから聞こえ、一人の少女が海から這い上がってきた。
「えぇと、私が皆さんを助けた大精霊です。とりあえず、着るものくれると嬉しいです」
邪気のない笑顔でにこりと微笑んだ。
腰ほどまである珊瑚色の髪、海の色を映しとったかのような青碧の瞳、透き通る真珠のような白い肌。
大精霊は、それはそれは美しい娘であった。
しかし、彼女の足は無かった。正確に言えば彼女の下半身には人間の足はなく、鱗の生えた魚のような、いや魚そのものであった。
***
さて。
そのへんの人相手に大精霊とか名乗った少女なのだが、彼女は龍堂凜音という日本人であった。日本での一番最後の記憶は布団に入ったものだったのだが、気がつくと異世界にいて人魚になっていた。凜音はうつ伏せで寝ていたから窒息死でもして異世界転生したのでではないかと思うことにして、人魚として生活することを決めた。
そこから紆余曲折を経て、人恋しくなり街を訪ねようとしたところ海賊に襲われていたので適当な事を言って助けたのである。大精霊と名乗ったのはそっちの方が感謝されやすそうだったからだ。
「大精霊さま、この度は本当にありがとうございました!」
「大精霊さまが居なかったらきっと街は全滅でした!妻と子を守れて本当に、良かった……」
ここまで信じられるとは思わなかったが。
この世界の人魚という種族は下半身は魚のようであるものの、海から出て水が乾くと人間の足になるのである。再び水に濡れると魚に戻る。初めて知ったとき、ら〇ま1/2じみてるなぁと思ったのは秘密だ。
だから陸では普通の人間と同じ姿になるのだが、本当にここまで信じるものだろうか。こちらは海ではそんなこと気にする必要もなかったので裸でいたけど、人形態では全裸だと痴女扱いされると気づき焦ったものだが。
「そんなに畏まらなくても……というか海賊は?」
私は陸に上がってからすぐに服を与えてもらってからすぐさま身につけたものの、しばらくショックで周りを見ていなかったのだ。
ちなみに今は街長のヒューゲンさんのお家で待機している。
「地下牢に入れておきました。王都に連絡を入れれば犯罪者として引き取られ適当な処分が下されるかと」
じゃあ私の出る幕はもうないかな。
「あの、なんと言いますか、この街には特別な方がいらっしゃいまして、その方に事情を説明したいので暫く留まって頂けませんか?」
「へ?いいけど……」
「ありがとうございます!その方は今王都に出かけていらっしゃるのですが、海賊に襲われたときに連絡を入れましたので直ぐ帰ってくるかと」
ヒューゲンがそう言ったとき、一人の男が盛大な音をたてながら乱暴にドアを開けて入ってきた。
「ヒューゲンッ!賊はどうなった!?」
「おかえりなさい、リュオンさん。実は、」
入ってきたのは、黒髪にサファイアのような青い目をした、顔の整った若い男だった。しかし彼は、部屋にいるもう一人、凜音の方を見て一拍おいてから迎えの言葉をかけたヒューゲンを遮って声をかけた。
「美しい……あなたのような可憐な方は初めて見る!好きだ!私と共にこれからの人生を歩みませんか?」
「……はい?」
出会って初めて男の口から飛び出したのはプロポーズであった。
しかし、初っ端ならぶちかましてきたわりに男はさらりと自己紹介をして次の話題に移る。
「私はリュオンと言う。貴方のお名前を聞かせてくれないかい?」
残念、名前を聞く前にそちらが名乗るのが礼儀だろう!と怒れない。実は凜音の密かに言ってみたいセリフにランクインしている。
「龍堂 凜音です」
「リュ、ド、リンネ?」
「あー……リンネ、でいいですよ」
流石に異世界人には日本語は難しかったようだ。
ちなみに凜音は異世界語はマスター済みである。なんか話せたけど異世界特典かと受け入れている。
「そうか、ではリンネ。私と結婚してくれないかい?」
結局その話かい、と困惑しながら凜音は頭の中でぱちぱちとそろばんを弾く。損得勘定だいじ。
「まず、お友達から始めましょう!」
それから関係が進むとは言ってない。
「そうか、では私の屋敷に来るといい!友達だからね!部屋を貸すのは普通だろう」
あちゃ〜そういうことになっちゃう?と内心焦ったものの、まぁ住まいが確保できるのはいいことかと開き直り、凜音はリュオンの屋敷に住むことになったのであった。