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鬼神の剣(つるぎ)  作者: 南風66号
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鬼が出た!


第一章


その一

 

 東京都心横断高速道路のトンネル工事中のことだった。

シールド工法により掘進機で地底はるか400メートルを掘り進んでいると、急に掘進機の速度が遅くなった。岩盤にでも当たったのかと最初はだれもがそう思った。3日間たってもいっこうに前進せずに先端の特殊鋼でできた刃だけがもろくも粉砕されてしまうので、とうとう掘進機を少し後退させて調べることになった。

 前進しないのは、乳白色の直径50センチほどの卵の様な物体のせいであった。

 八王子市にある建設会社の材料研究室にその球体は持ち込まれ、最新のテクノロジーを駆使して、徹底的に調べられた。表面のきめは細かく、工業用ダイヤモンドでも傷をつけることができなかった。MRIによる断層写真を撮ったところ、その中には、膝を抱えるようにしてうずくまった一人の子供が閉じこめられているのが確認された。地質年代的に300年以上昔のものと推測されるため、化石化しているものと思われた。表面は石にしては非常に硬く、削ることも砕くこともできなかった。レーザー光線やバーナーでも歯が立たなかった。

 しかし、中にいた子供に目覚めの時が来た。しかしそれは、誰もいない真夜中のことだった。

 研究室には球体のかけらしか残っていない。気がついた警備員がかけつけるも、人間の姿は何処にも見当たらない。セキュリティシステムは正常通り稼動している。

 ふと、天井を見上げた警備員の頭上に、人間が降って来た。ライトの上の梁にしがみついていたのだ。

 人間は警備員の頭をつかむと、そのまま警備員の後ろに着地したので、彼の首は背中に向かって異常な程に曲がってしまった。彼は即死だった。

 出口を探し何度もガラスにぶつかる。扉の認識が無いようで、ドアの取っ手に気がつかない。ところが、異常に気づいた他の警備員が入って来たとき、出口に気がついて警備員をなぎ倒して部屋を跳び出た。


その二


 男は名前など必要とはしていなかった。

忘れたわけではなかったが、使う必要がないのだ。誰も彼に話しかける者がいないからだ。

 孤独? そんな言葉を彼は知らなかった。むかし学校で習ったかもしれないが、先生の言っていることは何ひとつ理解できなかったのだから。

 のび放題のあごひげが胸元の保温に役立つことを最近になって覚えた。去年の夏は水虫にならなかった。よく考えると暑いコンクリートの上に素足で生活を始めたためだった。かれは自分なりにそう理解していた。この考えを彼は非常に気に入っていた。

 陸橋の下に段ボールをかき集めて囲いを作り、ねぐらにしている。山積みしている残りの段ボールは生計を助けるわずかな現金収入の源だ。

 知恵遅れの彼は義務教育をほとんど習得することもなく、両親に捨てられるように社会に放り出された。雇われていた印刷業者は、コンピュータ化とリストラに、会社存続の道を切り開かなければやっていけない時代に翻弄されていた。生産性の低い頭の回転の鈍い彼は、先代の社長が脳いっ血で倒れた2ヶ月後に会社から放り出されたのだった。

 弱々しく目の前を通りすぎようとする素っ裸の少女に声をかけた。

「おじょうちゃん、そんなはだかでどこいくの? 風邪ひいちゃうよ」

顔が黒ずんでいるが目だけは鋭く光を放ち、今にも飛び付いて若さを吸い取りたいという表情で人間に近付いて行く。危険を感じておびえる少女。自分の優勢を野生的に感じ取った彼は、後ずさりながら茂みの方へ逃げていく哀れな少女にさらに近づいていった。

 木立の陰に風が吹いた。野良犬が顔を低くして警戒のうなり声をたてた。血の匂いを嗅ぎつけたカラスたちが、衣服をはぎ取られ引き裂かれて横たわる肉塊をついばみにきた。

 少女は姿を消していた。



その三


新素材の開発チームの一員で若手のホープである諏訪純也は、球体の出土したところから三日後にさらに見つかった卵の破片のようなものを自分の研究室で調べようと持ち帰っていた。

 炭素元素14の半減期を調べたところ、今からおよそ500年前の物である事がわかった。地層の堆積年数とも合致するのでほぼ間違いないといえた。

 翌朝、諏訪が目覚めると、研究所の中が騒がしく緊迫感が漂っているのに気がついた。隣の部屋の研究仲間であり親友でもある住友健に聞いたところ、傷さえつけることも出来なかった石の卵が割れて中にうずくまっていた人間が目覚めたと言うのである。しかも警備員が二人その人間に殺されて、人間は今なお行方が分からないとのことである。

 テレビでは浮浪者の惨殺事件を衝撃的ニュースとして報道していた。 



その四


 研究所の警備員の死亡については、警察へは事故であると報告した。会社としての立場上連続殺人との関連性をマスコミにかぎつけられて、悪い印象を世間一般に広げられるのをおそれたためである。それというのも今回のトンネル計画の参画には、官僚との癒着、談合といったスキャンダルでにぎわしたばかりだったのだ。しかも、発見された殻は今まで知られていなかった物で、この物質の解明と複製を極秘裏の内に進めたかったからである。新材料の開発、発明は巨万の富をもたらしてくれるのだ。




第二章


その一


 警察の鑑識が公園での浮浪者の死体を解剖し、その結果を持って丸山警部のところに来た。丸山警部は学生時代から柔道で鍛えてきたたくましい体を丸めて、ノートパソコンをピアノでも弾くかのように軽やかなタッチで経過報告書をまとめていた。

「これが被害にあったほとけさんの絵です。」

鑑識の村松修一がカラー写真をディスプレイの前にかざして丸山警部の漁師のように焼けた顔をのぞき込んだ。

「なになに。どうなってんだ、こりゃ。電車にでもはねられたのか?」

「そう、捉えられるのも無理はないでしょうね。」

過去にあらゆる死亡現場をその目で見、あらゆる状態の死体を見てきた丸山にとって、ひさびさに目をおおいたくなるような惨状であった。

 村松が長年の経験から予想される殺害状況を解説し始めた。

「かなり強い力で体から、頭ごと背骨を引き剥がしています。肩甲骨のところに足の指がくいこんだような後がついています。ちょっと信じられない話ですが、被害者をうつ伏せに寝かして肩の上に乗り、首筋をつかんで背中の方へ引き剥がした、というのが妥当な線です」

「ちょっと村さん、いくらなんでも人間にそんなバカ力のある奴がいるわけないでしょが。だめだなあ。冗談にもTPOがあるんですから」

「私もこんな事は信じたくないですよ。しかし状況証拠として無視できないんです。さらにもう一つ信じられない事が。そのバカ力の持ち主の足のサイズが、18センチ。10歳くらいの子供の足のサイズに相当するんです」

「そんなバカな。B級映画の見過ぎじゃないんですか。たぶんどこかの大型犬か野生の熊でしょう」

丸山警部は村松の差し出す傷跡の拡大写真を苦々しく見つめた。

「まさに世紀末だな。趣味が悪いぜ」

足跡によく似たあざの横には定規があてがわれて、サイズがわかりやすく配慮されていた。

 丸山は事件現場から潜伏地域を推定して警官隊20人、警察犬4頭を西原町に派遣し、地域住民に外出しないようにアナウンスした。確かにその地域内にそれは存在した。すでに脱皮して新しい姿に変身していた。



その二


 街灯の下にひとりの女性を警戒中の二人組の警官が発見した。

二人はかけよって事情聴取しようとしたが、ひどく脅えていて名前すら言えないような状況に、彼らは困ってしまった。

「本部どうぞ。たった今、身長160センチ前後の若い女性を保護しました。ひどくおびえている模様です。落ち着いたら事情を聞いて、また報告します。」

 しかしその後、二人からの連絡はなかった。

「何か変わった動きはないか」

「特にありません丸山警部。強いて言えば、さっき西原町3丁目で160センチぐらいの若い女性を保護したとの報告を受けたくらいです」

「ふうん。で、どのくらい前だ」

「25分ほど前ですが、なにか」

「そのときの状況報告はなんて言っていた」

「はい、路上で見つけたらしいのですが、名前も言えない程何かに脅えているので、しばらくして気分が落ち着いたら、職務質問するとのことでした」

「それからの報告はあったのか」

「いえ、まだです」

「すぐにそいつらを無線で呼び出して、その後の状況を報告させろ。たるんどるぞ」

「申し訳ありません。すぐに状況報告をさせます」

「いやな予感がする。まさかとは思うが」

しばらくして、呼び出しをかけていた巡査が言った。

「警部。変です。応答がありません」

丸山は巡査のマイクをとりあげ、緊急配備の指揮をとった。

 アスファルトに広げられたさび色の血だまりに、現場一番乗りの警官が足を滑らせて転んでしまった。固まりかけていた血液が糸を引いて制服にからみついた。かけつけた警官隊の中には嘔吐する者が数人あった。

「ひどい」

自分も吐きたい気分を我慢しながら、ネクタイを乱暴にゆるめる丸山であった。

 その犠牲者の中に、女性の姿はなかった。



その三


 MRIの断層写真が、デジタルデータに変換されたコンパクトディスクで研究室に届いた。諏訪の同僚の新井は、さっそく画像データを分析した。マウスで操作すると、ディスプレイに人間が膝を抱えて丸まっている姿が卵の中から取り出され、人間の体を立ち上がらせた。隣には頭のてっぺんの画像と、横向きの画像が同時に映し出されている。頭、目の位置、胸、胴体、足と順に断層写真をチェックしていくうちに、新井は、この人間は見た目こそ少女の格好をしているけれども、体内の構造は人間のそれとは全く違うことに驚いた。

 新井に呼び出されて、翌朝七時に諏訪は研究室に出てきた。新井は一睡もせずデータの解読にあたっていたらしく、その細く突き出たあごに無精ひげを生やしていた。諏訪が朝食にと持ってきた、コンビニのサンドイッチと缶コーヒーにも、おざなりにあしらい、

「とにかく判りやすい画像に置き換えたから見てくれ」

目を光らせて諏訪をディスプレイの前に招いた。

「いいか、まずエックス線図を見てくれ」

新井はマウスを動かして画面の中に立体的な画像を広げた。

「どうだ。わかるか?」

「人間の透視画だよな」

もう一枚の画像をとなりに広げて

「これならどうだ。違いがわかるだろ」

諏訪はあっと息をのんだ。新井は、諏訪の期待どおりの反応に満足げに笑みを浮かべた。

「骨が?」

「そう、ないんだよ骨が。右の画像が人間のもので、骨格がきちんと形作られている。それに比べて左の画像は骨格がないように見えるだろ」

次の画像を広げた。

「最初はデータの読み込みミスかと思って、何度も読み込みなおしてみたんだ。これは肩を拡大したところだ。よく見てくれ」

「とても人間のものとは思えない。おれみたいな素人でもはっきりわかるぞ」

新井はマウスを操作して次の画像を開いた。

「今度のはMRIで撮った断面映像だ。やっぱり人と比べると背中に位置するところに背骨がないんだ。あと、普通の人なら誰でも皮下脂肪があるのに、これには見受けられないし。それどころか、内臓はいたってシンプルでほとんどが筋肉細胞と空洞で出来ている。この構造はまるで……」

「まるで、何?」

「昆虫だよ」

「昆虫?マジか」




第三章


その一


 ポプラの木陰に隠れるように、ハンカチで汗を拭う50才くらいの男の姿があった。頭は角刈り、Tシャツとジーンズという出で立ちで、肩の盛り上がりや腕の太さは、とおていジャーナリストというにはほど遠く見えた。救命胴衣のように羽織ったメッシュのジャケットに、携帯電話と録音マイクがしがみついていた。彼は警視庁の裏門前で丸山を待っていた。

「よう、石井。どうしたんだ」

丸山が石段を降りてきた。

「どうも、丸山先輩。忙しそうですね。聞きましたよ。例の八王子の連続殺人事件を指揮してはるんですって」

「相変わらず、めざといな。今から昼飯のあと現場だ。一緒にめし食うか」

「そのつもりで待ってましてん。仕事中に取材は無理ですさかい」「いっとくが、機密事項はしゃべらんからな」

「はいはい、わかってまっさ」

「しかし、今日の昼飯をなんで食堂で食わないと思ったんだ」

「今日の定食のメニューを聞いたらロールキャベツでしたから。先輩は学生時代からキャベツの芯が嫌いだったじゃないですか」

「相変わらず鋭いな。どうしてもだめなんだよあればっかしは」

 石井は丸山の大学時代の後輩で、特に親しかった。石井も5年前までは警察官だったが、いまは事件ジャーナリストとして雑誌で活躍している。特に凶悪事件に関しての第一人者である。鋭い読みと独自の情報収集が売りで、犯人逮捕にも一役買ったこともしばしばあった。テレビの出演依頼も多く、軽快な大阪弁は視聴者に好感を与えた。



その二


 ランチの後、サービスのコーヒーを飲みながら石井が自分のメモを取りだして、丸山に取材を始めた。

「九月二四日の夜、公園で最初の被害者が浮浪者。二日後の二六日の夜、路上で第二の被害者が帰宅途中のサラリーマン。翌二七日、網を張った警察官二人が、若い女性を保護した直後に二人とも殉職。その女性の足取りは不明、現在捜索中で、犯人はいまだ逃走中ですか。警官殺しとは大胆不敵な奴ですね」

「直属じゃあないにしろ、指揮を取っていたのはわしだ。絶対捕まえてやる。今までの中でこれほど凶悪な事件はないぜ。出来ることならこの手で撃ち殺してやりたい」

「お気持ちはお察しします。殺しに一貫性がないとこ見ると通り魔殺人ですね。ところで凶器は何ですの。もう特定してはるんでしょ」

丸山は告白するように小さく答えた。

「ない」

何を言っているのかと石井は丸山の瞳をのぞき込んだ。

「まだ特定できてまへんのですか。そんなあほな。秘密ですか」

「凶器は持ってないんだ」

「銃を持った警察官を同時に二人も殺してはるんですよ。何かすごい凶器を持ってるはずでっせ」

石井はいらだちを覚えた。

「鑑識の村さんが見てくれた。素手で背骨を引きはがすんだよ、奴は。ちょうどこの焼き魚の骨みたいにな。おれだって信じられん」

 鑑識の村松は「神の目」と言われ、検死により殺害時刻、殺害に使った凶器などをほぼ間違いなく特定するところから、捜査官の信頼は絶大なものだった。

「そんな、あほな」

「実は、後で殺された方の警官は銃を抜いていた。知っての通り、一発目は空砲で、二発目から実弾が込められているんだが、一発目しか撃っていないんだ。いや、撃てなかったのかもしれない。凶器を持たない人間に絶対的優位でのぞむ時は、どうしても撃ちたくない気持ちが先行するんだ。アメリカの様に銃社会が確立されていないから、後のことを考えて最低限の威嚇で済まそうという心理が働くんだ」

「確かに。後でマスコミあたりが、そこまでする必要はなかったんじゃないかって騒ぎますからね。ま、私もその中のひとりなんですが」

「もうひとつ考えられるのが、犯人の方が絶対的優位にあったかも」

「素手なんでしょ。相手は」

「まあ、可能性の問題なんだが。突然襲われたとしたらどうだろう。一人目は銃を抜く前に殺られたんじゃないか。二人目は、あわてて銃を抜く間に襲われて、一発目が空砲だったために、二発目を撃つ前に殺られてしまった。とは考えられないだろうか」

「人間やのうて、熊にでも襲われたんならわかりますけど。いや、そっちの方がつじつまがあいますね」

「熊はともかくとして、わし個人としては人間とはまだ断定していないんだ。」

丸山のポケットベルが鳴った。



その三


 早朝、新聞配達をしていた学生が農道の脇で、少し琥珀色の透けた卵の殻の様なものをひとやまほど発見した。最初、誰かが不法投棄でもしたのだろうと、町の受託清掃業者が回収しようとしていたが、いっしょに警官の服の切れ端と脊髄の一部が取り付いた頭部を発見しておどろいた。

 すぐさまその情報は丸山警部の耳に入った。村松が検査した結果、抜け殻の成分はキチン質に近い何かでできていることが判明した。細かいことに関しては筑波の総合解析センターに任せるしかなかった。

 総合解析センターから動物生体学者の中川寛に調査に加わってもらった。

「セミのぬけがらに似ているな」

丸山の直感的な率直な意見だった。

中川は眼鏡をかけた細面の背の高い男で、素人の丸山の意見に偉ぶるところなく、真剣に耳を傾け意見を述べた。

「近いところついてるかもしれません。そのような外骨格系の何かでしょう」

「外骨格ったら、昆虫とか、かにやえびなんかの甲殻類」

「まだはっきりとは断言できませんが。おそらく……。これがほんとうだとすると脱皮後の短時間でいくらか成長しているはずです」

「しかし、奴は二本足で歩く人間なんだぞ。信じられん」

「擬態……」

「ぎたい?」

「いえね。これが当てはまるかはわかりませんが、いまふと思い出したんです。自然界ではよく使われているんですがね。敵から身を守るためのいわば護身能力です。

当然、弱肉強食の世界ですから、立場が逆転した場合には獲物に悟られずに近づき、一発必中でしとめるにも非常に有効な能力といえます」

「自然界にはなくてはならない能力か」

「あってしかるべき、ですかね。しかし、おどろきです。もし、この推理がほんとうなら生物学的にも画期的な発見です。早く捕まえてもっと研究してみたいが」

「しかし、それが人を殺している以上、危険な生物であることも忘れないでいただきたい」

「まさか、いきなり殺す気じゃないでしょうね」

「状況次第です。うちの鑑識の判断が正しかったなら、なんといっても素手で人間の体を引き裂くほどの怪力の持ち主ですからね。私には一般市民の身の安全を守る義務がありますから。それに、まだ犯人がそういった生物であると確認したわけではありません。犯人の巧妙なカモフラージュかもしれません」

「そっちの可能性の方がむしろ高いでしょうね」

「このことははっきりするまでは極秘に調査していただきます」

「わかりました」



第四章


その一


 犯人の足取りを追跡していくうちに、県境につきあたってしまった。警視庁の管轄外に出ていったので、丸山は神奈川県警に要請して<広域連続殺人242号事件対策本部>を神奈川県警内に於いた。

「お世話になります。警視庁の丸山です」

「神奈川県警の横田です。これまでの経緯は聞きました。それにしても解せないですね。警視庁は特別捜査課屈指の丸山警部が、足取りの判る犯人ひとりにこの有様とは。弁慶の異名が泣きますねえ」

彼は人なつっこく笑顔をふりまいた。目の奥では冷たいものが光っていた。

「いや、お恥ずかしい限りです。横田さんは経験豊富な方なので、いろいろ相談させていただきます。よろしくお願いします」

丸山警部は再度、頭を下げた。

「ま、さっさと片づけましょう。こんなヤマは」

 連続殺人とは言うものの、山狩りをして追い詰めれば、逃げ場のなくなった犯人は投降するだろう、と県警の横田警部はたかをくくっていた。

「丸山警部。私の気のせいならいいのですが、横田警部はあなたにあまりいい印象を持っていないんじゃないでしょうか」

丸山警部の部下のひとりがそっと耳打ちした。丸山警部は照れくさそうに頭をかいた。

「やっぱわかるか? 昔の話になるんだが、連続通り魔殺人事件が発生した事があったんだが、すでに3人を殺した犯人が、知ってか知らずか県境をあっちにふらふらこっちにふらふら逃げまどうもんだからこっちの連携がうまく取れなかったんだ。その間にさらに2人の犠牲者を出してしまったもんだから、わたしの独断で越境して追跡逮捕してしまった。わたしはマスコミにヒーロー扱い、彼は無能扱いされてほとぼりが冷めるまで地方に出向。しかし、彼は組織としての行動に忠実だっただけで、効を焦ったわたしの単独プレーが正当化されてしまった。

そのことを彼は今でも根に持っているんだろう。埋まらないだろうなこの溝は」



その二


 よく似た新興住宅のつづく海に、取り残されたように浮かぶ小高い丘は、カラスの住み家になっていた。ブナの森はこの地域住民にとって唯一の自然を体感できる、自然公園として保護されていた。

「山狩りなんてものは自衛隊にでもやらせればいいのによ」

山狩りの命令が出て、機動隊員が徴収されたのは夕方になってからだった。藤川弘は、うっそうと茂るシダや雑草の中に身をゆだねている自分自身にうんざりしていた。

 高校の時、バブル崩壊の話はイヤと言うほど先生に聞かされ、大学に進学しない者は出来るだけ公務員を目指せ、と言われた。公務員模試は受けていたし、郵政内務でも受かればいいと思っていたのだが、野球で鍛えたその体格が郵政内務にしておくにはもったいないのは誰の目からしても明らかで、公務員試験はいくつか受けたが、結局、警察官だけに合格したのだった。

機動隊の服装は山の急斜面を登るには重すぎた。草をかき分ける杖は犯人逮捕用の物で、今の藤川にはじゃまな装備にすぎなかった。足を何度も滑らせ、木の根本にしがみつきながら登った。そんな彼を、クヌギの木の上で興味深そうに見つめるモノがいた。

突然降ってきたモノに、藤川は後ろから頭をつかまれた。

衣服をはぎ取られ斜面にうつぶせ(頭は仰向け)に転がった彼を、いつもは騒がしい腹をすかせたカラスの群が遠慮がちに静かに取り巻いた。


その三


二四時間体制で警戒網を張っているため、第二陣と交代した第一陣の機動隊の装甲バスは、夜になって寄宿舎のある対策本部へと向かった。河川に沿っての峠道はくだりのカーブが続いた。

「早く風呂に入りてーな。蚊に喰われちまってかゆいったらねーよ。なあ藤川」

藤川、というよりも藤川であったものととなりあって座った警官が話しかけた。

「おい、何とか言えよ。おめーもずいぶん泥だらけになってるじゃねーか。あ?」

 話しかけられた警官は顔を上げながら、鋭く高い金切り音と共に、あごは耳までさけ、鼻の中心線から頬にかけてが両側に開いた。その奥から黒い錐状の針が話しかけた警官の目に突き刺さった。

 もがき苦しむ彼の断末魔の叫びは声にならなかった。

 車内は騒然となり、警察官たちといえどもパニックとなった。あっという間にバスは対向車線をはみ出し、ガードレールを破って河川敷に転げ落ちた。



その四


 犯人の潜伏現場へ向かう丸山警部の黒のギャランと石井の赤いパジェロミニが、装甲バスの事故現場にさしかかった。地元の警察や消防の車両が何台もかけつけて救命作業にあたっていた。

 丸山警部は、あわただしそうに指揮にあたっている巡査部長をつかまえた。

「どうしたんだ。いったい」

「西山地区で山狩りした機動部隊に犯人がまぎれこんでいたんです」

「まぎれこんでた? 捕まえたのか」

「車内で犯人が暴れたのかパニックになったそうです。それでバスが転落したんです。今わかっているだけでも機動隊員26人中、死者6人、重傷19人です。ふがいない話ですが、犯人は取り逃がしてしまったとのことです」

「照明をもっと焚かせろ。本庁の鑑識に連絡を取ってくれ。けがの比較的軽い者からでいい、話を聞かせてくれ」

石井がフラッシュを焚いて、現場の写真を撮っていた。

「石井。今撮ってる絵はおれの許可がないと一般には公開させないからな。データカードはもらって行くぞ」

「ええ、そんな」

頭に包帯を巻き、まだショックから立ち直っていないようなうつろな目を小刻みに泳がせながら、まだ若い機動隊員が丸山警部の前に立った。丸山警部はやさしく彼を手招きして、我が子にするかのように肩にそっと手をかけた。

「けがはだいじょうぶか」

「はい。なんとかだいじょうぶです」

「君の名前は」

「山田です」

「山田巡査か。歳はいくつだね」

「22才です」

「そうか。今からする質問に思い出せる範囲でいいから答えてくれ。知らないこと思い出せないことは正直にそう言ってくれ。いいな」

「わかりました」

丸山警部は携帯電話の録音ボタンを押して質問を始めた。

「まず始めに、君は装甲バスのどこに乗っていた?」

「いちばん後ろの右側の席です」

「走行中、騒ぎになったのは知っているか?」

「バイオリンの弾き損ないのようなすごい音がして、顔を上げたら三つ前の席で二人もみあっているのを見ました。となりの人が宙づりにされて、そしたらもう」

「いいから、ゆっくり順番に答えなさい。落ち着いて」

ふるえる山田の背中を丸山警部は軽くたたいてやった。

「一瞬だったんです。とても早い動きの暴れかたで、手が着けられないうちにバスが転倒したんです。とても人間とは思えないくらいの暴れ方でした」

山田巡査は、青ざめた顔に赤く充血した目だけが爛々として虚空を見つめて震えだした。

丸山警部は別の巡査に彼を休ませるように指示して外に出た。闇の帳に包まれた茂みからは、時折聞き慣れぬ甲高いけものの声がして周辺の犬どもを震え上がらせた。

 茂みの陰とは対照的に転倒したままの装甲バスは明かりに照らされ浮き上がっていた。

あわただしい事故処理は、空が白み始めたころに一応のかたが付き、黒こげの装甲バスがトレーラーに結わえ付けられて街道を下っていった。



第五章


その一


諏訪と新井は新聞やテレビをにぎわしている連続殺人事件と、今自分たちの調査対象が大きく関わっているのではないかと考えた。ふたりは「あれは何もので、何のために存在するのか」に興味を覚えた。

神奈川県警の横田警部に指揮権を奪われてしまった丸山警部は、事件の関連項目の洗い直しに取りかかっていた。

「奴はいつ、どこから、なにを目的に人を殺すのか」

最初の殺人現場である公園のベンチに腰かけた丸山警部は、はしゃぎ回る子供や、井戸端会議をする主婦の姿を眺めていた。

「古屋さんとこのだんなさん、会社で事故にあって亡くなられたそうなんだけど、それが事故かどうか怪しいんですって」

「三号棟の竹市さんもご主人が亡くなったそうよ。それも古屋さんと同じ日に事故で。」

「あら、同じ職場だったの」

「それが部署が全然違うのよ」

「あの通り魔事件と関係があるんじゃない。日にちも同じだしね」

「そうそう、最初の犠牲者は近くの公園だったんでしょ」

「なにいってんのよ。ここだったのよ、その公園」

「うそー」

丸山警部は主婦の輪に入っていった。

「失礼ですが、そのお話もうちょっと詳しく聞かせていただけませんか。怪しい者ではありません。こういうものです。あっそうそう、みなさんケーキはお好きですよね?」



その二


丸山警部にとって、公園での主婦たちからの情報はそれなりに有益なものだった。少なくとも、建設会社の技術研究所が事件の発端に関わっていることは、間違いなさそうだ。裏付け捜査を進めていくために、新しくスタッフを集めなければならない。

事件の特長を考慮し、関連分野の専門家に協力要請をする。時間の拘束と分析や調査などを依頼するため、経費の見積りを取り、発注に至る。



つづく








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