そして二人は――
「ねぇ……恭弥はさ、好きな人は居るの?」
そんな言葉を受けて、恭弥は動揺した。何故なら拓也――現在は拓美と改名した目の前にいる人こそ、意中の人だからだ。
しかし恭弥は言葉が出なかった。なんて言えばいいのか分からないからだ。必死に考え、恭弥はセリフを捻り出した。
「い、一応いるよ」
「――ッ!」
それを聞いて、拓美の中で何かが決壊した。
「わ、私は……駄目かな?」
「――はい?」
「その人の変わりに……私のことを好きなったり……しないかな?」
「い、いやいや。一体何を――」
「ねぇ、どうなの!? 答えてよ!?」
もはや止まらなかった。
「待てよ! 落ち着けって!」
「落ち着けるわけないよ! 私のことはどう思ってるのさ!?」
「タク坊の……?」
「私は恭弥のために努力したよ。服も全部女の子用にしたし、化粧だって練習した。女の子に近づくように仕草も勉強した。料理はまだ慣れてないけどこれから精進するつもり。あれもこれも全部全部ぜーーーーーーんぶ恭弥が居たから頑張れたんだよ!?」
「――!」
恭弥にとって初耳だった。女らしくなりたいと思ったきっかけを作ったのは、まさか自分だと思いも寄らなかったのだ。
嬉しく思ったが、同時に疑問も湧いた。
これではまるで――
「ねぇ……答えてよ。私のことは異性として見てくれないの? それともずっと友達止まりなの……?」
「そんなことは――」
「駄目なところは全部直すから……言ってくれれば何でもするからさぁ……お願いだから……見捨てないで……」
「み、見捨てる!? そんなことするもんか!」
「なら……私のこと好きになってくれる……?」
泣きそうな表情をしている拓美を見て恭弥はハッと気づいた。
――ああ、そうか。こんな俺を……親友としてではなく、異性として好きになってくれたからこそ、今まで頑張れてこれたのか。元々男だったんだ、並大抵の努力ではなかったはずだ。そんな想いも知らずに勝手に距離を置いていた。恋人になれるはずがない……そう思って一線を引いていた。それでも俺なんかのために気を引こうとしていた。俺はとんだ馬鹿野郎だ。長い付き合いなのにこんなことにも気付かなかったなんて……。
そんな考えを巡らせ、恭弥は自分をぶん殴りたい衝動に駆られた。
数秒ほど経ってから恭弥は覚悟を決める。
「タク坊」
「……?」
そして拓美をジッと見つめた。
「俺はお前が……タク坊のことが好きだ」
「!!」
拓美は一瞬耳を疑った。恭弥から一番聞きたかったセリフだったからだ。
「ほ、本当に……? 私でいいの?」
「ああ。タク坊がいいんだ。タク坊だから好きになれたんだ」
聞いた瞬間、拓美は天にも昇る気持ちになった。
今までやってきたことは無駄じゃなかったんだ……。そんな報われた気持ちになった拓美は満面の笑みになり、そして勢いよく恭弥に抱きついた。
「恭弥! 恭弥!」
「おっと。……ごめんな気付いてあげられなくて」
「もう! ほんとだよ! あんなにアピールしても恭弥ったら全然振り向いてくれないんだもん!」
「悪かったってば」
「本当にそう思ってる?」
「ああ」
「んーそれなら……キ、キスしてくれたら許してあげる!」
そういって拓美は両目を閉じた。
「キ、キスゥ!?」
拓美の態度に恭弥は面食らった顔をした。ここまで度胸のある行動に出るとは予想外だったからである。
目の前には愛くるしい拓美が両目をつぶっている。しかし恭弥は一瞬戸惑った。男だった頃の拓美がチラついたからである。
けれども顔を振ってすぐにそのイメージをかき消した。
――そうだよ。もうタク坊は女なんだ。ここまで勇気をふり絞ってくれたんだ。それに答えないとな……。
そう思い、恭弥はゆっくりと拓美を引き寄せ――口付けをした。
1分ほどしてお互い離れた。約1分だったが、二人にとっては何倍も長く感じられた。
二人は見つめあい、拓美が口を開いた。
「恭弥!」
「なんだ?」
「大好きだよ!」
「ああ……俺もだよタク坊」
「むぅ~! 違うよ!」
「えっ!?」
少し離れてから拓美は腰に手を当て、頬を膨らませた。
「その呼び方だよっ! いつまでもタク『坊』だと恥ずかしいよ! 私はもう女の子なんだよ?」
「あっ……そっか」
呼び名を変えるのは、拓美にとって過去との決別の意味でもあった。タク坊のままでも悪い気はしなかったが、やはりこれからは今の自分を見て欲しい――親友だった頃の自分ではなく女として見て欲しい。そんな心情だったのだ。
「分かった……俺も好きだよ『拓美』」
「もう一回言って!」
「……マジで?」
「早く!」
「……好きだよ拓美」
「もう一回!」
「好きだよ拓美」
「もっかい!」
「あの……そろそろ勘弁してくれないか」
「だ~めっ」
クスクスと笑う拓美。
結局、何分も言わされ続ける恭弥であった。
そして数日が経過した。
学校へ行く途中、いつもの場所で待機している恭弥。拓美と一緒に登校するためだ。
しばらくしてから拓美が現れ、歩いて恭弥のすぐ近くまで寄った。
「おはよう。恭弥」
「おう。おはよう。拓美」
そして二人は手を握った。
今日も二人は恋人として歩んでいく――