東都駅奪還戦(3)
開戦と同時にセレーが〈影迫波〉を放ってきた。
灯希はサイドステップで漆黒の波動を回避し、右手に〈炸炎珠〉を発現、巨大な火球を投擲する。
セレーは右の拳を突き出して火球を爆散させた。
もうもうと立ち込める黒煙の中から人影が飛び出してくる。
セレーの右手が光って両刃の剣が現れた。幻界生物の武器を複製する〈想錬剣〉だ。
灯希も同じ術式を発動させた。こちらは片刃の湾刀、鬼が使用する武器の一つだ。
セレーは片手で、灯希は両手で剣を持って衝突する。
相手の剣さばきは鋭い。最小限の予備動作でこちらの急所を狙ってくる。あるいは腕や足の関節近くを突こうとしてくる。部分部分にダメージが重なればやがて動きが鈍る。セレーはそれを狙っているのだ。
だが、灯希もそのくらいは読めている。刀を操って相手の剣についていく。左膝、右の腰、首の左側――様々な方向から飛んでくる刃を確実に迎撃していく。
十、二十、三十合と交えているうちに浅い傷をいくらか負ったが、戦闘に支障が出るほどではない。ただ反撃するタイミングがなかなか掴めなかった。相手も簡単に隙を晒してはくれない。
灯希がついてくることに、セレーは「ほほう」と感心したような声を出した。
「なるほど、口だけではないようだ」
セレーが飛び退いて距離を開けた。右手の剣が粒子になって消失する。
灯希はまだ刀を残したまま、すり足で距離を詰めていく。
「消し飛ばしてやろう」
セレーの足元から風が吹き上がる。
右手が突き出された。
――やばいっ!
ほとんど本能的な動きだった。
灯希は大きく左へ跳んだ。屋根を転がって相手より上の位置を取る。屋根がごっそり削り取られていた。
竜巻を地面と平行に走らせる〈旋浄渦〉。その軌道上には、灯希がさっきまで立っていた場所も含まれていた。
「よくかわしたな」
セレーの周囲を巡る風はまだ収まっていない。
灯希は相手を見下ろせる位置から〈炮烈波〉を放った。しかし、風が渦を巻いてセレーを取り囲み、熱波を飛散させる。〈風鎧〉が発動したのだ。〈炮烈波〉クラスの威力でも突破できないとなると、想波の濃度は尋常じゃなく濃いはず。
「今度はこちらの番だな」
セレーが〈風鎧〉を解除して突っ込んできた。両手に金色の粒子が見える。〈竜四肢〉だ。風の鎧の次は竜の力。
灯希は細かくステップを踏んで相手の拳を躱していく。余裕を見せつけるつもりか、セレーの攻撃は必要以上に大振りだ。空振った拳が屋根を砕き、破片を周囲にまき散らす。あんな一撃を食らったら確実に死ぬ。
灯希は回避に専念して反撃の隙を窺った。相手は右と左、交互に拳を放ってくる。だが、腕を振っている間、反対の手がこちらの動きに合わせて向きを変えていることを、灯希は見逃していなかった。
大振りしているからと不用意に近づけば、空いているもう片方の手が飛翔系の攻撃を撃ってくる――おそらくそんなところだろう。
後退していった灯希は、背後に時計塔の壁が近づいてくるのを感じていた。
「よし!」
セレーの動きを見てから、灯希は振り返った。時計塔めがけて跳躍し、壁を蹴って空中で一回転、セレーの背後を取った。
「ぬうっ」と振り返るセレーに対し灯希が急接近する。〈鬼身〉の身体能力に、こちらも〈竜四肢〉の超力を上乗せさせてもらう!
砲弾のような右の拳がセレーの左腕を直撃した。
「がっ――」
セレーは勢いに押されて時計塔の壁に激突する。
「もういっぱあああああつっ!」
灯希は追撃の左ストレートを打ち込んだ。拳が完璧な角度で相手の胸に入った。時計塔が震え、セレーは呻き声を上げて口から人間の血ではない真っ黒な液体を吐いた。
膝をつくかに思えたが、セレーは凄惨な表情で灯希の左腕を掴もうとしてきた。とっさに飛び退いて躱す。
セレーは胸を押さえて血走った目を灯希に向けている。寄生体といえども痛覚はちゃんと存在しているようだ。
「どうだよ、地上人もけっこうやるだろ……」
連続で想術を使いすぎて、灯希もさすがに疲労を感じていた。今日は朝から戦い詰めなのだ。関城に会う前、群れの相手をしなくてよかった。在歌の言う通り、ここ一番で想波が枯渇していたら大変なことになっていた。
「この私が……このような屈辱を……」
セレーがぽつぽつとつぶやいている。
――来るか。
灯希は構えた。恐怖はまったくない。四年ぶりに戦闘を繰り返して、想術の感覚を完全に取り戻すことができた。忘れかけていた幻界の光景もどんどん鮮明さを取り戻し、あの頃と同じように使うことができている。
「貴様は、殺す」
セレーが低い声で言い、〈竜四肢〉を両腕に宿した。
「そいつは逆だ。お前を俺が殺す」
「ほざきおって……」
口調が荒っぽくなっている。最初にあった余裕が完全に失われているようだ。
「許さん」
セレーが踏み込んで屋根にヒビが入った。
「死ねえええええええええっ!」
絶叫しながらセレーが突っ込んでくる。
灯希はイメージする。記憶の底から新たに掘り出した映像、炎の山の姿を。それも、横穴ではなく火口から噴出する熱波を――。
――キョウゴさん、あんたを解放してやる!
灯希は右手を開いた。
敵が放ってくる右拳を躱した瞬間、右腕が赤色の光を纏った。
「終わりだ!」
灯希の右手から圧倒的な密度を持った熱波が放たれた。深紅の波動がセレーの全身を飲み込んで空中まで吹き飛ばす。セレーの宿ったキョウゴの体は灼熱に溶け、どんどん小さくなっていく。
「あああ、そんな、私が――」
そんな声は、熱波の奔流の中に消えていった。
灯希は、宣言通り、寄生されたキョウゴを完全に消滅させたのだ。〈炮烈波〉の上位術式――〈紅炮灼烈波〉によって。
「くそっ……頭痛くなってきた……」
セレーの消滅を確認した瞬間、灯希は屋根に座り込んでいた。
想術は脳を酷使する。術式を短時間で次々使用すれば、当然負荷がかかるのだ。
それでも灯希は勝った。
セレーは確かに強かったが、こちらは浅い裂傷をいくらか負っただけだ。
……って、満足してる場合かよ。
まだこの屋根の下では在歌たちが、ロータリーの向こうでは時雨たちがそれぞれ戦いを繰り広げているのだ。
まだ仕事は終わっていない。
灯希はすぐに立ち上がると、時計塔へ走る。裏側についていたドアを蹴破って、階下へと降りて行った。