東都駅奪還戦(2)
キリカと時雨が、同時に〈黒尖兵〉の想術を発動する。
もくもくと黒い影が地面から湧き上がってきて、人間の影そっくりの形になった。見た目は虚人に近いが、こちらの方が薄っぺらい。それでもガイナーがコントロールして戦わせることができるので、陽動にはもってこいだ。
〈黒尖兵〉により発生した兵士は二人合わせて十六体。
「じゃあ、作戦開始だね」
「おう」
キリカは時雨に視線を送った。受けた時雨が頷きを返す。
「――行け」
キリカの合図で、影の兵士がぞろぞろと移動を始めた。人間そっくりの、きびきびした歩き方だ。進んでいくうちに彼らの右手が変化していく。手がどんどん細くなり、腕自体が剣の形になった。
ロータリーの方から「オオゥ、オオオゥゥ……」と唸り声がした。兵士の存在を察知したようだ。
虚人の一団がゆらゆらした動きで兵士たちへと向かっていく。
兵士たちは一斉に疾走を始め、虚人を切り倒していく。反撃で兵士も数体消滅したが、いい勝負だ。
灯希は自販機の陰から戦闘の様子を確認している。
やや後方で、キリカと時雨が、両手を組んでビルの壁際に立っている。二人とも目を閉じていた。兵士の操作に集中しているのだ。
〈黒尖兵〉は一体だけ発現させ、自分と兵士で相手を挟撃する戦い方もあるが、はっきり映像を思い出せるガイナーであれば、ああして遠くから大量に発生させた方が効率がいい。兵士たちは期待通りの戦果を挙げている。
それでも複製の兵士では限界がある。影の兵士たちは徐々に押され始めた。数も半分以下まで減っている。
「陽動始めるよ」
キリカが言った。
残った五体の兵士たちが虚人に背中を向けて走り始めた。虚人たちはあの奇妙な唸り声を発しながらあとを追いかけていく。
後方からはトカゲそっくりなガイアの使いも現れた。全員が二足歩行で、体色は様々だ。長い舌としなる尻尾を有した彼らは、手に剣や槍といった武器を持っている。どいつも、さっき駅舎の窓から見た奴よりも小さい。おそらく竜族の兵士級だろう。
虚人と竜歩兵が、影の兵士を追いかけて続々とロータリーを離れていく。
「灯希君」
時雨の声に、灯希は振り返った。
「わたしたちも向こうへ移動します。あとはお願いしますね」
「わかった。気をつけてくれ」
「灯希君たちも、無理しないでくださいね」
走っていく時雨とキリカを見送る。
ロータリーの敵影はあらかた消えていた。
「――俺たちも動くぞ」
「オッケー」
「わかった」
三人はほぼ同時に、〈鬼身〉で身体能力を上昇させる。これを使っておかなければ、ガイアの使いとはまともに戦闘ができない。基礎の基礎だ。
三人は駆け出し、一気にロータリーを突破した。
西口と書かれた扉から駅舎の内部へ侵入する。
正面には券売機がずらりと並び、右手にはエスカレーターが見えたが動きは止まっている。電気系統がやられているようだ。
「上だ」
灯希は止まったエスカレーターを駆け上がる。広い空間に出た。白い壁と高い天井。左の奥には改札機があった。
「地上人か……」
そこにいたのは、さっき目にした竜族だった。緑の鱗に覆われた体。顔には大きな、ぎょろついた目が収まっている。白い爪は湾曲して鋭く、腕の一振りだけでもたやすく人間を殺せるだろう。
「ここは返してもらうぜ」
「貴様らごときが、竜族のガルネアを倒せると思っているのか」
「倒すさ」
「言ったな。下等な存在め」
ガルネアの全身から想波が噴き出し始める。
虚人の族長級よりさらに強力だ。
彼の背後からさらに数匹の竜族が姿を現す。力はさほどなさそうだ。
「おい、上にいるカバネダマの野郎がボスなのか?」
「まったく不愉快なことにその通りだ。このガルネアが軍団長になるはずだったところを、あの毛玉族に譲らねばならなくなった」
ガイアの使いの中にも権力争いはあるようだ。
灯希は焦らず、質問を重ねる。
「ぶっちゃけ、あいつとお前、どっちが強い?」
「…………」
ガルネアはじっとこちらを見るばかりで返事をしない。
それが答えと言ってもよかった――あのカバネダマの方が強力な存在なのだ。
「灯希、こいつはあたしと花山で引き受けるわ」
いきなり、在歌がそんなことを言う。
「バカ、虚人より強いんだぞ」
「二人いれば戦えるわよ。そうでしょ花山」
花山がこくっと頷く。
「さっきは戦い方を思い出せていなかっただけ。もう平気」
「時雨とキリカのことも考えたら一気に決めなきゃダメよ。だから灯希、ここは分かれましょう」
灯希を見つめてくる在歌は、決意の表情に満ちている。
「……お前ら、それで死んだらぜってぇ許さねえぞ」
「勝てそうになかったらさっさと逃げるわ。逃走用の想術はたくさんあるもの」
「……しょうがねえな」
つぶやいた瞬間、背後の窓ガラスが激しい音を立てて割れた。飛んできた火球が天井に激突して消失する。キリカが逃げやすいよう窓を破ってくれたのだ。
――よし、そこから屋根に移るか。
「じゃあ任せた!」
灯希は反転し、窓に向かって走った。
背後で三つの想波が膨張し、戦闘態勢に入っている。灯希は振り返らず、窓際までたどり着いた。そこまでの数十歩の間に、すでに戦闘が開始されていた。在歌と花山、ガルネアと兵士たちの想波が広い空間を一気に満たす。
そちらを見てしまえば、助けに行きたくなるかもしれない。灯希は視線を外に向けたままにする。
強化された脚力を活かして窓の外――斜め前方へ飛び出した。空中で右手をやや下に向けて、〈吹翔〉の想術を発現させる。瞬間的な突風を発生させてジャンプの軌道を変え、灯希は屋根に飛び乗った。突風で樹木が煽られる光景を何回も目にしてやっと覚えられた想術だ。使える機会がめぐってきてくれたのは少しだけ嬉しい。
「わざわざご苦労なことだ」
ハスキーボイスが頭上から降ってきた。
時計塔に座ったままこちらを見下しているのは、ボスのカバネダマだ。上下黒の服装にきつい目つき。こうして向かい合うと、人間と話しているような気がしてならない。だが、実際に言葉を紡いでいるのは寄生体なのだ。
「自ら殺されに来るとは、地上人のやることはよくわからん」
「何か勘違いしてるな。俺はお前を殺しに来たんだよ」
「ほう、それは面白い。しかし貴様にできるのか? 私が借りているこの体――キョウゴと言うらしいが、こいつを傷つけられるのか?」
「もう死んでるんだろ。そのうえ寄生されてるんだ。ならあとかたなく消し去ってやらないとキョウゴさんが救われない」
「……なるほど。ずいぶん面白い男だ」
キョウゴが立ち上がり、屋根に降りてきた。
灯希とキョウゴは正面から睨み合う。
「私は白魔族のセレーだ。せいぜい失望させないでくれ」
「ん? 毛玉族じゃないのか?」
「誰だ、そのようなことを口にしたのは」
「ガルネア氏だよ」
「あやつか……」
「つーかお前、声はキョウゴのままなんだな。そのイケボでその口調は反則だろ」
「……何を言っている?」
「いや、個人的な感想だ」
「……ふん」
キョウゴに宿ったカバネダマ――セレーが爆発的な想波を解放した。灯希の全身を圧力が撫で、髪の毛やネクタイが激しくばたつく。
……確かに、ガルネアよりこいつの方がやべえな。
灯希も〈鬼身〉を維持したまま、膝を軽く曲げて構えた。
――これは、すぐには終わらないかもしれないな。