東都駅奪還戦(1)
灯希たちは関城の車で移動した。襲撃時、彼の周りにはもっと人がいたそうだが、敵の攻撃で一人また一人と脱落していき、ついには秘書と二人だけが残されてしまったのだという。
ワゴン車は秘書が運転し、助手席には関城が座っている。
灯希と在歌、時雨が二列目、後部座席に花山とキリカが座った。
「当面の目標だけど」
関城が話し始める。
「東京からガイアの使いを追い出すことを最優先しないといけない。そうはいっても現時点での戦力じゃかなり難しいだろう」
「自衛隊の残存戦力はどのくらいなんですか?」
灯希は質問してみる。
「わからない。なにせ電波が遮断されているから情報が入ってこないんだ。でも完全に戦闘能力が消失したってことはないはずだ」
そこには関城の祈りが含まれているようにも感じられた。
「だが、敵も馬鹿じゃない。戦闘車両やヘリを見つければどんどん破壊してしまうだろう。まずは味方が安全に集結できる場所を用意しないといけない」
「どこが一番いいですか?」
「トウトエキかな」
「……どこですかそれ」
「ああ、灯希君は知らないのか。東京駅の新しい名前だよ。完全に破壊されちゃったからね、一から建て直したのさ」
東都駅、と書くらしい。
「しかしだね、東都駅は東京の重要拠点だ。ガイアの使いが放置しているとは思えない」
「普通に考えれば、軍を配置してるでしょうね。それを俺たちが奪還する」
「攻撃は敵の戦力を確認した上で行おう。やみくもに攻撃しても余計な犠牲が出るだけだからね」
「わかりました」
ワゴンは道路のヒビや瓦礫で跳ね上がったが、なんとかパンクせずに安全な道に出た。広い通りの方が路面の損傷が激しく、ひとけのない通りの方がスピードを出して走ることができる。やはりガイアの使いは、人間がいる場所ばかり狙っているのだ。
「滝本君、東都駅までどのくらいかかりそうかな」
関城が秘書に声をかける。
「このまま道が平坦なら、あと三十分くらいで……」
「よし、わかった」
関城が振り向いてこちらを見る。
「もしかしたら、一時間以内に戦闘になるかもしれない」
「まさか関城さん、前線に立とうとか考えてませんよね?」
「…………」
「なんで黙るんですか」
どうやら図星だったらしい。
灯希はため息をついた。
「ガイナーじゃない人が戦闘区域にいたらかえって危険です。関城さんは離れて見ていてくれればいいんですよ」
「しかし、それでは君たちの信頼を完全に得られたことにはならない。私はガイナーのためなら命もかけられるということの証明をだね……」
「それで死なれたらただのギャグですよ」
「ギャグ……」
関城が顔を引きつらせた。
「気持ちだけで充分ですから、戦いは俺たちに任せてください」
「そうですよ、あたしたちはこう見えても経験豊富なんですから」
在歌も自信ありげに言う。関城はますます申し訳なさそうな顔になっていった。
「……すまないね」
「気にしないでください。その代わり、人が集まってきたらまとめるのは任せますからね」
「わ、わかった。私もできることはなんでもやろう」
「お願いします」
ワゴン車は右折して三車線の通りに出た。
道路の左右を超高層ビルが圧迫しているが、どれも外壁が壊れていた。斜めに切断されているビルもある。
「滝本さん」
「あ、はい?」
「近くの脇道に入れてください。正面から接近するのは危険すぎます」
「そ、そうか。わかりました」
秘書は道路を横断して、向かい側の細い路地に入った。
ワゴン車が停止すると、ドアをスライドさせ、真っ先に灯希が降りる。続いて在歌、時雨、花山、キリカの順に下車する。
「まずは徒歩で接近して様子を見てきます。場合によっては戦闘が起きるかもしれないので、関城さんたちはここを動かないでください」
「本当に、気をつけるんだよ。ここで死んだら元も子もない。無理そうなら引き返してくること」
「大丈夫、心配しないでください」
灯希は四人に向き直る。
「――行こう」
†
東都駅は高さ、横幅ともに相当な規模を持っていた。橙色の、レンガ調の外壁に破壊された形跡はない。
駅舎の屋根は中央が一段高く、屋根から時計塔が突き出している。その突端に座っているのは、どう見ても人間だった。灯希は〈源生眼〉で視力を強化して、街路樹の陰から様子を窺っている。
時計塔にいるのは銀髪の青年だ。瞳が赤く発光している。首には銀のネックレスが下がっていて、艶のあるジャケットとズボンを履いていた。
「カバネダマか……」
白い綿毛のような寄生体を、かつて見たことがあった。あいつらは人間の死体に寄生する。死臭を嗅ぎ当てて近づき、後頭部から吸い込まれるようにして入っていく。そして死体を自らの意志で動かすのだ。
「あの人、見たことあります」
同じように〈源生眼〉で視力強化している時雨が言った。
「ヴィジュアル系バンドのボーカルの人です。確か、RASHO-MONっていう名前だったような……」
「あたしも名前だけは知ってるわ。じゃあ、そのボーカルの人は……」
「殺されてしまったんだと思います」
「あのさ」
唐突に花山が割り込んでくる。
「あいつがてっぺんにいるんだから、ボスなんだよね」
「さあ、どうなのかしら……」
「ま、その可能性は高いだろうな。ちょっとつついて反応を見てみるか?」
「いや、危険。もう少し近づいて他の敵影を確認すべき」
「その方が安全だな」
灯希たちは気配を殺しつつ、徐々に東都駅との距離を詰めていった。街路樹やビル、自動販売機の陰に隠れながら接近していく。
「……他にもいるな」
駅前のバスロータリーを虚人が何体もうろうろしている。さっき灯希が倒した奴に比べると一回り小さい。兵士級なのだろう。
駅舎の窓を窺うと、二足歩行のトカゲが外を眺めていた。肌は緑の鱗に覆われており、全身がツルツルに見える。しゅるるっと舌を落ち着きなく出し入れしているのも確認できた。
「駅舎の中にどのくらい敵がいるかわからないな」
「屋根まで一気に飛んで、あのカバネダマを倒せないかしら」
「屋根が高すぎる。俺が〈鬼身〉を使って跳んでもギリギリ届かない」
「すると、正面から行くしかないか……」
「あのさ」
今度はキリカが発言した。
「僕がガイアの兵士を複製するから、そいつを囮に使うのはどうかな」
「陽動作戦か」
「そうだね。時雨さんも同じことができたんじゃなかったっけ」
「え? できますけど……」
「じゃあ僕と時雨さんでロータリーの敵を誘導する。その間に灯希君たちが駅舎に突入するっていうのはどうかな」
「中にどのくらい敵がいるかわからないぞ。長時間でも陽動できるか?」
「平気だよ。僕だってそのくらいはできる」
「そうですね。全力でサポートします!」
「……だそうだが、このまま突入敢行でいいか?」
「ええ」
「いいよ」
在歌と花山が了承する。
「だったらキリカ、一階と二階の窓をどこか破っておいてくれないか」
「脱出しやすいようにかい?」
「そうだ。敵が多すぎたら引き返さなきゃいけない約束だ」
「わかった。三人の想波を探って、近そうな場所を破っておくよ」
「頼んだ。――それじゃあみんな、無理はするな。やばいと思ったらとにかく逃げる。オーケー?」
四人が「オーケー」と返事をよこした。