三つの光景
一川中学校の校庭に降り立ったヘリを見て、大勢が歓声を上げた。
多くの民衆が集まってくる中、灯希たちはヘリから降りた。
「お、藤丸さんが来たな」
藤丸らを乗せたジープが走ってきて、校庭の入り口に停車した。
灯希がそちらへ歩いて、藤丸に会った。
「ご苦労様、よくやってくれた」
藤丸が握手を求めてきた。
「ありがとうございます。でも、池原さんが……」
灯希は、新入間基地での流れを報告した。
「……そうか」
藤丸はそれだけ言って、しばらく黙った。
少し目が赤くなり出したのが、灯希にはわかった。
「池原の分まで、頑張らなければいけないな」
声が震えている。
「やってやりましょう」
「君たちは少し休憩するといい。我々がヘリを用いた今後の作戦を立てる」
「わかりました。襲撃はありましたか?」
「鬼の小部隊が現れた程度だ。みんなトドロちゃんが追い払ってくれた」
「あいつ、無理してませんか?」
「休んではいるようだ。私からも、突出しすぎないようにとは注意しておいたが」
「俺たちもなるべく見守るようにします。普通だったらまだ中学生なんで」
はは、と藤丸が笑った。
「四年前の君たちも同じだったじゃないか?」
「まあ、そうなんですけどね」
灯希は苦笑した。
†
「お帰りなさいませであります! 一川市の安全はこのトドロが守り切りましたっ!」
休息のためセントラル一川に移動した灯希たちを、トドロと冬姫が待っていた。
今日もミリタリージャケットにショートパンツ、ごついブーツといつもの格好で敬礼している。誰かに教えてもらったのか、だいぶ様になってきた。
「ありがとな。疲れてないか?」
「平気でありますっ。今日もこれから警戒に向かおうと思っていたところでして!」
「私が同行するゆえ安心してほしい」
冬姫も一緒にいた。
彼女の服装も替わらない。赤の羽織と紺色の袴であった。
「おう冬姫! 元気だったかよー!」
紅蓮が冬姫を抱きしめようとして、
「ごふぁ」
みぞおちに一撃食らった。
「数日離れただけだろうに。まったく」
呆れつつも、冬姫は安心しているように見えた。
「皆が離れている間、大きな襲撃はなかった。だが、その静けさがかえって不気味にも思える」
「大規模な攻勢のため、力を蓄えている可能性は充分に考えられますな!」
「そうだな。新手が上陸した気配はないか?」
「セッカさんやシーナさんが高台から監視してくれているが、今のところ上陸はないようだ」
「将軍が二人倒されてるわけですし、向こうも話し合いの最中だったりするんでしょうか……」
時雨が顎に手を当てて考える仕草をする。
「いずれにせよ、このまま終わりということはあるまい。ガイアの親指から直接新手を送ってくるかもしれぬし、他の県からこちらに進撃してくるということもありうる」
「静岡や愛知あたりもやられてんのかな」
「内陸の埼玉であれなんだぜ。楽観的になんのはよくねーと思うな」
「別にそんなんじゃないよ。――とりあえず、俺たちは少しだけ休ませてもらうよ」
「それがよいだろう。警戒は任せてくれ」
†
同日、夕刻。
千葉県、勝浦漁港の堤防突端に二つの影があった。
一人は人間の形をしていた。黒髪でメガネをかけた、なで肩の青年だ。ジャケットにスラックスとシンプルな出で立ちである。
もう一つは、人に近い形をしている。
鬼だ。
灰色の肌全体から、盛り上がった筋肉が見て取れる。身長は二メートル五十くらいあるだろう。頭にはくねった二本の角、下顎の両端からは天を向いた牙が、やはり二本飛び出している。
鬼と青年はひどい体格差を気にすることなく、夕暮れ時の海を眺めていた。
「東京の話が聞こえてきた」
青年が言った。
「セルナフカ将軍、シャ・リュー将軍が相次いで戦死したそうだ」
「あのお二方を退けるとは、地上人もなかなかやる」
鬼人はショックを受ける様子もない。
「さらに言うと、東京の連中は中継点を奪還しようと企てているようだ」
「ふむ。我々としてもあそこを奪われるのは厄介だ」
「どうする? この地の制圧は完了している。我らは中継点を全力で守るべきではないか?」
「サーラー殿の言う通りだ。むしろ、敵に攻撃させて反撃で致命傷を与え、一気に東京まで奪ってしまうべきであろう」
「強気だな」
「弱気で勝てる戦などない」
「まったくだ。では、部隊を集めよう。地上人がどう動いてくるかはわからんが、甘く見てはいけない」
「心に刻んでおこう」
「具体的な作戦は中継点についてから決める。戦力では我々が上回るのだし、よほど下手な手を打たなければ負けることはない」
「その通りだ。しかしサーラー殿、ずいぶんと理知的な話し方をされるようになったな」
「ふふ、そうだろう」
サーラーは額に右手を当てた。
「この体の持ち主はなかなか面白い。なんといっても、生きているのに入り込めたほどだからな。これからの私には期待してくれてかまわんぞ」
両者は顔を見合わせて笑った。




