新東京市街戦(5)
崩壊した三鶴木市内を五人で探索する。
電線が切れてあちこちに落ちている。ビルの窓ガラスは割れ、壁にはヒビが入り、街路樹は根元から倒れている。中には、街路樹の枝に突き刺さった人間の死体すら見受けられた。
「想像以上にひどいな……」
「やりたい放題やったって感じね」
在歌の声は感情を押し殺しているように聞こえる。
倒れた電柱の下にも人間の死体があった。中学生くらいの子供だろうか。おそらく逃げ遅れてしまったのだろう。
在歌は少年に近づくと、見開かれた目を閉じてやった。
「これくらいしかできないけど、許してね……」
そんな姿に、灯希は声をかけられなかった。彼女はきっと、死んでしまった妹のことを思い出している。ああして、目を閉じてやることすらできなかった妹のことを。
「あんなところにも……」
時雨が顔を上空に向けている。
視線を追いかけてみると、六階建てビルの壁にねじ込まれるようにして大人の男が殺されていた。壁には蜘蛛の巣状にヒビが入り、すさまじい力で圧殺されたことが容易に想像できた。
「だが、ずいぶんと静かだな?」
「あらかた人間を狩りつくしたから別の場所に移動したんじゃないかな」
キリカが周囲を見ながら言う。
「そうでもないよ」
不意に声を発したのは花山だった。
「まだいる」
灯希は周辺の想波を探った。
――本当だ。
確かに、すぐ近くにガイアの使いが群れている。一つ一つの反応が弱いから、兵士級が固まっているのだろう。
花山は敵の位置を割り出す技術が特に優れていた。これに関しては彼女の方が鋭い。
「みんな、固まりすぎると動きづらくなる。ある程度距離を置くんだ」
四人が灯希の言葉に頷いた。
敵の気配が移動している。男が磔にされたビルの向こうだ。
やがてそいつらが姿を現した。
外見は、パッと見たところ猪のように見える。だが口が異常に大きく、牙も巨大だ。桃色の舌がだらりと垂れて、歩くたびに蛇のようにうねる。
「なるべく遠距離から倒そう」
灯希が言った瞬間、巨猪の群れがこちらに気づいて突進してきた。
「灯希、ああいうのはあたしたちに任せて。貴方にはなるべく想波を温存してもらわなきゃ」
「大丈夫か」
「このくらいなら、四年前と一緒よ」
「そうですね」
「うん、兵士級なら相手にできるよ」
時雨とキリカが返事をした。花山は黙って頷くだけだ。
「よしっ、みんないくわよ!」
在歌が〈炸炎珠〉の火球を発現させて撃ち込む。群れの先頭に着弾した火球が三匹ほどを爆散させるのが見えた。
その横から時雨とキリカが、それぞれ〈炮烈波〉の熱波を放つ。〈炮烈波〉は目にする機会が多く、姿も記憶しやすいため、たいていのガイナーが使えるのだ。
巨猪はさらに二匹、三匹と撃ち倒された。その死体を乗り越えてさらに十数匹がどやどやと出てくる。
「はあああああっ!」
花山が大声を上げて想波を放出する。彼女の周りに、砂利や白砂を凝縮させた三角錐の槍が大量に出現した。
花山が右手を前に突き出す。槍が弾丸のように飛んでいき、正面から猪の頭蓋を貫通していく。一、二、三、四、五――と猪が次々血しぶきをあげて横倒しになっていった。砂と土の槍――〈砂礫錬貫槍〉の威力は絶大だった。
残った敵を在歌が〈炮烈波〉で始末する。
猪の群れはそれ以上現れなかった。無事に殲滅できたらしい。
「花山、大群相手の時はあんたがいると心強いわね」
「……私は一回しか攻撃してない」
「それであれだけ倒すんだからすごいじゃない」
「灯希に比べれば役に立ってないよ」
花山はサバサバと言ってそっぽを向いた。
「もう、せっかく人が褒めてるのに」
在歌は不満そうに言いつつ、軽く腕を回した。
「こういう戦い方は四年前を思い出すわね」
「そうですね。前は群れが多かったから……」
「そういや、俺ってあんまり群れを相手にはしなかったよな」
「それはそうよ。灯希には族長級クラスを倒してもらわなきゃいけなかったから、余計な体力を使ってほしくなかったし」
灯希はこめかみのあたりをかいた。
「そんなん気にしなくていいんだぜ。俺はみんなより想波の量も多いみたいなんだ。雑魚をまとめて片づけるくらいじゃ疲れねえよ」
「でも、万一ってこともあるの。ここ一番で枯渇したら大変じゃない」
ぴしゃりと在歌が言った。
†
五人は破壊された街路を歩き、市内を西方向へ進んだ。獣の遠吠えは絶えずどこかから聞こえてくる。相手との距離がわからないので、精神に余計なストレスがかかる。
兵士級だけでも一掃したいな、と灯希は思った。
やがて大きな歩道橋が見えてきた。炎で溶かされている部分もあったが、まだ当分は持ちそうだ。
「地下室に入るまで、よくああいう場所で寝てたっけなあ」
「みんなで集まって寝たわね。あたしたち、この間までそういう生活を続けてたのよ」
「え、そうなのか」
「下手に部屋とか借りちゃうと嫌がらせされるから、定住しないようにしてたの」
「そうか……。俺は地下で優雅に生活してたのに」
「噓でしょ。あんな頭痛くなるような場所で優雅になんてできないわ。あんただってなんだかんだ苦労してきたのよ。自覚がないだけ」
「でも、みんなに比べれば誰にも邪魔されないだけ恵まれてたな」
「よく不良に襲われましたよね」
横から時雨が入ってくる。
「そうそう、ガイナーが反撃すると社会問題になるから抵抗してこない――ってわかってる奴らが夜襲してくるのよ」
ううっ、と在歌は急に悔しそうな顔をする。
「あの男ども、いつも時雨ばっか狙うの! 襲われることも不愉快だけど、あたしがなんだか女って見られてないみたいでそれはそれで不快!」
「ああ、お前の身体って貧相だもんな――あおっ⁉」
スネを蹴られて灯希はうずくまった。
「お、おま……そんな強く蹴るなよ……」
「なんか不愉快な言葉が聞こえた気がしたから」
在歌はビシッと時雨に人差し指を突きつける。
「あたしが貧相なんじゃない、時雨のスタイルがよすぎるのよ! ほら見なさい灯希、この出来上がった身体!」
「きゃあっ! ちょっと在歌ちゃん、そこはダメ――」
在歌が時雨の腰をさする。薄着なので腰のくびれがよくわかった。素晴らしい。――いやいやいや。灯希が煩悩を振り払おうと顔を上げると、今度はふっくらした双丘が目に入る。シャツの上からでもわかる存在感。この感じだと谷底は深そうだ……。
「と、灯希君、あんまり見ないでください……うぅ……」
時雨の顔が真っ赤になっていた。
「す、すまん」
灯希はサッと視線をそらす。
憮然とした顔でこちらを見ている花山がいた。横でキリカが苦笑している。
「人がいる、あそこ」
いきなり、花山がささやくように言った。彼女は歩道橋の階段下を示す。
「生存者かしら」
時雨いじりをやめた在歌が真剣な顔つきに戻っている。
「おーい、そこに誰かいるんですか」
灯希は声をかけてみた。
男の顔がちょこっと覗き、すぐに引っ込んだ。
そのあと、スーツを着たメガネの男性が出てきた。見たところ三十代前半くらいか。顔は煤で汚れているが、恐怖で理性を失ったりもしていないようだ。
「あっ、セキジョウさん!」
声を上げたのは在歌だった。
「おお、ガイナーのみんな! 無事だったか!」
セキジョウと言うらしい男は嬉しそうに両手を広げた。
「誰だ?」
「あの人は関所の関にお城って書いて関城さん。ガイナー肯定派の国会議員よ」
「へえ……」
物好きな議員がいたものだ。
「ガイア戦争のあと、ガイナー排斥運動が起きたでしょ? この人は最初からその動きに反対してあたしたちを守ろうとしてくれたの」
「実際はなんの役にも立たなかったんだけどねぇ」
「それで……関城さん? なんでこんなところに?」
「うん、実は国会でガイナー保護施設を作るって法案が審議されててね。まあ実際のところは隔離施設なんだけど、それが強行採決も同然に決まっちゃってね、やってられなくて退席したんだよ。そしたらその直後に……」
「議事堂が吹っ飛んだ」
「そういうこと。いやぁ、人生って何が起こるかわからないよねぇ」
関城は軽いノリで言うが、まさに危機一髪の状況だったわけだ。それからあちこち移動してガイアの使いから逃げていたのだろう。
「君は颪島灯希君だね。僕らははじめましてかな」
「ですね」
「ガイア戦争のあと、僕は君に下された処遇が納得いかなくて議員に立候補したんだ。世間には僕と同じ気持ちの人がそこそこいたみたいで、二位とは僅差でギリギリ当選した。だけどこれで全部ゼロだ。ははは」
「いいじゃないですか、ゼロでも」
灯希が言うと、関城は意外そうな顔をした。
「お偉いさんはみんな消えたんですよね? だったら、今度は関城さんがこの国のトップに立って、これまでやろうとしていたことをやればいい」
「それは……ガイナーが認められる社会を作れ、ということかな?」
「そうです。同じ目標を持ってるやつがここにもいますよ」
灯希が在歌を見ると、彼女も「うんうん」と頷いてみせた。
「みんなで頑張って、新しい日本を作るんです!」
在歌が力を込めて言う。
関城が笑った。
「いいねぇ、三流議員とガイナーで大逆転か。面白い!」
関城が在歌に握手を求めた。
「僕は何があっても君たちの味方だ。頼りないかもしれないが、絶対に信頼を裏切るようなことはしない。よろしく頼むよ」
「はい――こちらこそ」
二人はがっちり握手を交わした。
その光景を見て、灯希は胸が熱くなるのを感じた。
地下に入っていった時、味方はガイナーの仲間たち以外にはいないと思っていた。どこを歩いても恐怖の目で見られた。中には罵声を浴びせてくる者もいたけれど、本当につらかったのは、
「私たちが安心して暮らせるようにいなくなってください」
と女性に懇願された時だった。
どこまで行っても、世界には敵しかいないと思った。
けれど、味方はちゃんといたのだ。数は少ないかもしれないが、確かに自分のことを考えてくれる人たちがいた。
それが、たまらなく嬉しかった。




