空の中で
翌日の明け方、UH-1アウルアイは入間第一小学校の校庭から飛び上がった。
柴田たち入間の自衛隊員は、ガイナーを配置できないことを理解してくれていた。
「必ずガイアの使いを倒してくれ」
と多くの隊員たちに励まされ、灯希らガイナーは送り出された。
操縦は星見が担当する。
装備を動かすことができないので、敵襲があればガイナーが応じることになった。
「在歌ちゃん、なかなか起きないですね……」
在歌には大きなスペースを与えて寝かせたままにしている。医師の手当てもあって、顔色はだいぶ回復していた。
「こっから先はどうすんだよ?」
紅蓮が訊いてくる。
灯希たちは向かい合って座っていた。灯希と時雨、花山と紅蓮がそれぞれ並んでいる。
「伊豆諸島の奪還作戦を始めるつもりだ。敵の拠点になってるのは八丈島らしい。そこさえ取り返せれば後続を止められる。奴らも長距離を一気に飛行できるわけじゃないから、中継地点を潰されるのは戦略的に痛いはず」
「伊豆諸島も四年前は被害が大きかったんですよね?」
「えーっと、花山、どうだったっけ?」
「時雨の言う通り。あの時は拠点にはされなかったけど」
「鬼の群れがあちこちの島に上陸したんですよ、確か」
「今はどうなってんだ?」
「住民にかなりの被害が出たんですけど、一部の人たちは戻っていったんじゃなかったかな……」
「すると、今回ので全滅してる可能性もあるわけか……」
誰も返事はしなかった。
「光台島は空自の爆撃で地形が変わっちゃったくらいなんです。今度は敵も空から攻撃してきますから、同じようになってる島がたくさんあるかも……」
「自然がめちゃくちゃにされてるわけか……」
「そもそもさぁ、ガイアの使いってなんなんだ?」
紅蓮が唐突に、そんなことを言い出した。
「ゲームだとさぁ、人間の自然破壊が許せなくて生まれた存在――みたいなのあるじゃん? だけどガイアの使いはそうじゃねぇ。森とか川とか関係なくぶっ壊すし、生き物も遠慮なく巻き込むよな。なんなんだ?」
「わかりません……」
「理解できないよね」
「俺もさっぱり」
紅蓮はため息をついた。
「奴らはとにかく地上を欲しがってる。今わかるのはそれだけだ」
「情報が少なすぎんだよなー。あの人なんつったっけ……ああ、柿崎博士? あーいう人には研究頑張ってもらいたいわ」
「だな。相手のことは少しでも理解しておきたいし」
「今はわからないことだらけですね。想術やガイナーのことだって……」
時雨は胸の前で両手を重ねた。
「わたし、ピアノが好きで、将来は音楽の道に進みたいって思ってたんです。でも、あの攻撃で学校も先生も、家族もピアノも全部壊されました……。気の強い人間じゃないから逃げるしかないって思ってました。でも、なぜかガイナーになっちゃって……」
「……みんな、普通の中学生だったんだもんな。俺だって目立ちたがり屋のスポーツ馬鹿だったし」
「今は後悔してっけど、俺はヤンキーやってた。冬姫に会わねぇでヤンキー続けてたら、最初の攻撃で死んでたと思うぜ」
みんな、ぽつぽつと話した。
お互いの過去は、なるべく聞かないよう避けてきた。デリケートな問題だし、心の傷に触れるのが怖かったからだ。それが今は、自然と語っている。
「みんなは、楽しく生きてたんだね」
花山がこぼした。
「お前は、そうじゃなかったのか?」
「私はいじめられてたから」
あっさり言った。
「それに親が毎日喧嘩してさ、父親は暴力振るうし、母親はヒステリー起こすし、死にたくてしょうがなかった」
「そうだったのか……」
「ぶっちゃけさ、両親がどうなったかって知らないんだよね。私はガイナーになってから一回も家に帰ってないんだ。生きてるか死んでるかもわからない」
花山は右手の親指で人差し指をいじっている。
「戦って死ねば、私は英雄になれるかもしれないじゃん? 親に『ざまあみろ』って言いながら死ぬつもりでいたんだ。でも生き残った」
「俺はお前が生き残っててくれてよかったよ」
「わ、私もそう思うよ。花山ちゃんがいなかったら、今だってもっと大変なことになってたもん」
「それはなに? なぐさめ?」
「違うよ、本心だ。お前はこの先も必要な人間だよ」
うんうん、と時雨が大きく頷いている。
「俺はまぁ、あれだ。会ってから短いし偉そうなことは言えねーけど、死んでもらいたくはねーな」
「ふーん」
花山はそっけなく返してくる。
やっぱり、この少女は完全に心を開いてくれない。
普通に会話もするし、同性とは触れ合いもするけれど、最後の一歩だけは踏み込んでこないのだ。
「そんなに両親がひどいってんならさ、戦争終わってからも一緒に暮らそうぜ」
灯希が言うと、花山が目をぱちくりさせた。
「なんかプロポーズされた」
「待て、結婚という意味ではない」
「わかってるよ」
ふふ、と花山は小さく笑った。
「灯希のそういうところ、嫌いじゃないよ」
声が少し、優しくなったように感じた。
灯希はそれを嬉しく思う。花山の変化はいつも小さいけれど、ちゃんと気づけるものなのだ。
「う……ん……」
プロペラ音の中、かすかに声が聞こえた。
眠っていた在歌が目を覚ましたのだ。
「あっ、在歌ちゃん!」
「あれ……あたし……」
在歌がキョロキョロと首を回す。
「ここはヘリの中だよ。無事に確保できたんだ」
時雨が笑顔で伝えている。
「そっか……うまくいったのね……」
「在歌、大丈夫か?」
在歌が灯希を見た。勝ち気そうな目に生気が戻ってきている。
「うん……平気そう。迷惑かけたわね。あとで状況を聞かせて」
「わかった」
在歌の意識が戻った。
これで一川市に戻れば、次の作戦に向けて大勢が動き始める。
ガイナーはフル動員になるだろう。
その前に時雨や花山の話を、少しだけど聞けてよかった。
会ってからは戦いばかり。一緒にいても、お互いのことはほとんど知らないで過ごしてきた。
――これから、もっと距離を縮められたらいいな。
灯希はそう思った。




