翼を握る手(1)
灯希はすばやく両手を挙げた。一応、抵抗する意志はないことを示しておく。
「君は今までどこにいたんだ?」
先頭の隊員が話しかけてきた。
「東京から来たんです。俺はガイナーで、付近に仲間もいます」
「おお、ガイナーなのか」
隊員がホッとした顔になった。
「しかし、なぜここに?」
「東京の敵主力を壊滅させたんですが、次の作戦にどうしてもヘリが必要になるんです。それで、入間基地ならあるんじゃないかと思って探しに」
「そうか、敵の主力を……」
相手はようやく銃を下げた。
「我々は駐屯地を攻撃されたのであちこちからここに集まってきたんだ。市民は可能な限り地下施設に避難させて、我々は地上を警戒している」
やはり地下シェルターはあったのだ。
「新入間基地の虚人は全滅させましたが、カバネダマという死体に寄生する種族が潜んでいます。それで仲間が一人、やられました」
灯希の声が低くなった。
「そうか……。だが、虚人がいなくなったというのは嬉しい報告だ。奴らのせいでずっとあそこに近づけないでいたんだ。現在の我々の火力で太刀打ちできる相手ではないからね」
「賢明な判断だと思います。――俺は颪島灯希と言います」
「颪島……そうか、君があの颪島君か。私は柴田という。よかったら、君たちと手を組みたいのだが」
「こちらからもお願いしたいですね。基地を奪還できてもヘリを操縦できる人間がいなければ意味がないですから」
「うむ、新入間から脱出してきた者もいる。その点は心配いらないだろう」
柴田の言葉に、灯希は勇気づけられた。
「それより、仲間のガイナーが重傷を負っているんです。落ち着いて寝かせられる場所はありませんか」
「市民病院の地下に対ガイアの使いを想定して造られた特別救護室がある。そこに運んでくれ。医師もいる」
「そんなものがあるんですか?」
柴田は頷いた。
「ここだけじゃない、全国の都市部にはたいてい存在している」
灯希は、地下に隔離されてからの出来事には詳しくないのだ。
「あの、誰かワゴン車を運転できませんか? そこで応急処置をしてるんですが」
「私がやろう。案内してくれ」
「こっちです」
灯希は自衛隊員三人を率いてワゴン車まで戻った。
時雨、花山、紅蓮の三人は、敵との遭遇でなかったことに安堵した様子を見せた。
灯希はいま柴田と話した内容を説明し、移動することを伝えた。
「消毒して、薬はつけました。でも意識はまだ……」
時雨は額にびっしょりを汗をかいていた。
「意識さえ戻れば〈傷癒泡〉を自分に使えるんだよな。だったら、まずはちゃんとした施設で落ち着かせよう」
「そうですね」
「では、仲間も一緒に失礼する」
柴田が運転席に乗り込み、隣に二人目の隊員が座った。三人目が「失礼します」と言って後部座席に乗り込んだ。
座席を倒して、在歌を横から縦向きに変える。
「俺はトランクでいいや」
座る場所がないので、紅蓮は最後部に入った。
「時雨、花山、窮屈で悪いけど……」
二列目はぎゅうぎゅう詰めになった。時雨と花山が密着する形で座り、灯希は在歌の座席の前で中腰の体勢だ。
「劣悪な環境は慣れてるから」
花山はいつもの調子で言う。
「でも時雨がいるから劣悪じゃないか」
「そ、そうかな?」
「あったかい。ホッとする」
「そ、それたぶん緊張で体温上がってるだけだよ……」
時雨と花山はぴったりくっついていた。時雨の顔が真っ赤だ。それは車内の暑苦しさだけが原因ではない気がする。
「動かすぞ」
柴田が言って、車が動いた。
十字路を左折し、ゆっくり走っていく。この通りはガラス片が多く散らばっているものの、瓦礫の類はほとんどない。そのため車も安定して走行できた。
「市民病院も地上部分は黒焦げだが、地下はまだ機能している」
それを聞いて、時雨が「よかった……」とつぶやいた。
車は数回交差点を曲がった。
広い通りになると、やはり瓦礫が目立った。ビルが倒壊して塞がっている道もある。
やがて柴田の言う市民病院が見えてきた。
五階建ての大きな建物だ。外壁は真っ黒に煤けている。火炎に炙られただけで損傷自体は軽度だったようだ。
車はロータリーに入り、正面玄関前で止まった。
自動ドアは取り外されている。ここも電気が来ていないようだった。
「担架を持ってこさせよう」
柴田が助手席に視線をやると、部下と思われる隊員が院内へ走っていった。
すぐに白衣を着た男と中年女性の二人組が現れた。青色のストレッチャーが玄関に到着する。
灯希が在歌を抱え上げ、そっとそこに移した。赤い髪の少女は、ゆっくりした呼吸を刻んでいる。顔色が悪くなっているように見えた。少し生白い。
医師が傷口を見た。
「うん、これなら……断言はできませんが、助かると思います」
「本当ですか⁉」
時雨がすがるような目を向けた。
「はい、全力を尽くしますのでご安心ください」
在歌を乗せたストレッチャーが病院の中へ消えていった。
「君たちはどうする?」
それを見届けてから柴田が口を開いた。
「もし新入間に戻るのであれば、キャンプ地にパイロットがいるから同行してもらうといい」
「ヘリを一時的に置いておける場所はあるんですか?」
「入間第一小学校の校庭なら着陸できるだろう」
灯希は残った三人の仲間を見た。
在歌のことは心配だ。しかし、彼女に意識があったならこう言うのではないだろうか。
――奴らを追い払うのを優先すべきでしょ!
「俺は戻るべきだと思うぜ」
「私も同感」
「在歌ちゃんが回復したら、すぐ東京に戻れる状態になってた方がいいと思います」
やっぱり、みんな同じ考えのようだ。
灯希は「よし」と頷いた。それから柴田を見た。
「パイロットのところに案内してもらえますか」




