新入間基地攻略(3)
基地内には隊員の死体があちこちに転がっている。
カバネダマに寄生されている死体が何体あるのか。それは灯希たちにまったく予想できないことだった。今のように完璧に気配を消されていては気づきようがない。
「とにかく、ヘリは後回しだ。今は在歌の治療を優先する」
言い出すのはつらかったが、灯希は続けた。
「池原さんは……置いていくしかない……」
そんなに長い時間一緒にいたわけではなかった。しかしともに戦い、情報収集にも全力を尽くしてくれた仲間だった。
「そうだね。手は空けておかないとダメ」
花山は淡々と言って立ち上がった。
「行こう」
四人は歩き出した。
「みんな、敵が出てきたら援護頼むぞ」
「わかってる」
「おう、任せろ」
その後は誰も何もしゃべらなかった。敵が出てくる様子もない。
来た道を引き返すだけなので道に迷う心配はない。
道路を駆け抜けていく。
列の一番外側を走っていたのは時雨だった。
建物の壁際に死体が転がっている。それが不意に、がばりと起き上がった。
「きゃあ!」
いきなり腕を掴まれ、時雨が悲鳴をあげる。
死体は左手の指をまっすぐ伸ばしている。それで首を貫くつもりだ。
「させっかよ!」
紅蓮が飛び出し、死体の頭を殴り飛ばした。カバネダマもダメージを受けたのか、倒れたまますぐには起き上がらない。
「時雨ちゃん、平気か」
「は、はい。ありがとうございました」
「やっぱり、他にもいるんだな」
「今も気づけなかった……」
灯希のつぶやきに、花山が深刻な顔で応じた。
「死体を見つけたら距離を置こう。すぐ接近されるような位置に行かないように」
「おう」
「わかりました」
花山も周りを気にしながら「うん」と応じた。
抱えている在歌の顔は真っ青だ。目はまだ開かれない。
……死ぬんじゃねぇぞ。この国を変えるんだろ?
在歌は言っていた。大変な状況だけれど、間違いなく好機でもあると。今こそガイナーが差別されない社会を作る時だと。
それを作る前に死なれては困る。
池原は手を施す間もなく死んでしまった。だが在歌にはまだ息がある。助かる可能性が残されているのだ。
先行する紅蓮がホワイトボードでできたバリケードを突破する。門の外へ出て周囲を確認した。
「大丈夫そうだぜ!」
「よし、通りをまっすぐだ!」
灯希たちは基地の敷地外へ飛び出し、廃墟と化した街中を懸命に走った。揺さぶりすぎて在歌に負担をかけてはいけない――と灯希はぎこちない走り方になる。
やがて乗ってきたワゴン車が見えてきた。
カギはかけていないはずだ。紅蓮が真っ先にトランクを開けた。白いプラスチックケースを取り出す。
「こいつっぽいぜ!」
灯希は頷いた。
後部座席を開けて、在歌をそこに横たえる。足がはみ出してしまうが、今は仕方がない。
こうして見ると、在歌の腹部がかすかに上下しているのがわかる。呼吸をしている証だ。
「時雨、頼む」
「や、やってみます!」
時雨が紅蓮から治療キットを受け取った。
在歌のシャツの裾に手をかけてから、彼女は灯希を見る。
「あ、あの、一応目を逸らしていてもらえますか?」
「そ、そうだな」
灯希と紅蓮はくるりと体の向きを変えた。
その横から花山が入っていって、
「手伝うよ」
と時雨に声をかけている。
「紅蓮」
「なんだ」
「俺があっちを見てる。お前は基地の方を見ててくれ」
「おーよ」
それぞれ別方向を見て警戒を始めた。
その間にも、時雨と花山が何かしている音が聞こえてくる。
「大丈夫だよ……在歌ちゃんがこのくらいで死ぬわけない……在歌ちゃんは強い女の子だもん……」
祈るような声も聞こえた。
灯希の胸が重くなる。
カバネダマの襲撃は完璧だった。
ガイナーは想波を纏っていれば、ある程度の物理的なダメージを軽減させることができる。
だがあの時、虚人の掃討が終わって、在歌は想波を停止させていた。
何も纏っていない状態のガイナーは、一般人とほぼ変わりがない。不意に池原が襲撃されたことで、在歌は想波を纏う間もなく飛び込んだ。本能に任せた行動だった。ゆえにナイフの一撃が重傷になったのだ。
虚人を倒させて、こちらが気を抜いたところを突く。単純なようで効果的な作戦だった。しかもカバネダマの大軍は必要ない。一つでも寄生している死体が現れれば、灯希たちはすべての死体を警戒しなければいけなくなる。心理的に、自然とそうなってしまう。
すぐに突破できると思ったのは大間違いだった。
「おい、誰か来んぞ」
灯希は紅蓮の声に我に返った。
いけない、注意力散漫になっている。在歌の負傷は、灯希の精神にかなり大きなダメージを及ぼしたようだ。まずい傾向だった。
音に意識を集中させる。
たったったっ、と走っているような音がする。音からして二足歩行。そして複数――最低でも三つはいる。
「俺が見てくる」
灯希が言い、足を動かした。
ワゴン車は商店の前に止まっている。正面には小さな十字路。気配は向かって左の道路から近づいてくる。
……近づかれる前に出るか。
これ以上接近されると角で鉢合わせになる。
その前にこちらの姿を晒す。灯希ならば相手を見てからでも倒せる。
迷いはなかった。
灯希は十字路に飛び出した。
カチャ、と銃口を向けられた。
「あっ――人だ!」
なんとも面白い反応をされた。
灯希の目に映ったのは、迷彩服を着た三人の男だった。いずれもマシンガンを手にしている。
生き残った自衛隊員――なのだろう。




