表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダイアモンド・ベイビーズ  作者: 雨地草太郎
未来に向かって架かる橋
44/50

新入間基地攻略(2)

 あちこちから、おおぅ、おおぉぅ……と唸り声が聞こえるようになった。


 虚人たちがどこからともなく現れ、灯希たちを囲みにかかっている。ホワイトボードなど、ガイナーの前では壁にもならない。しかし、包囲する意志を感じるには充分だった。


「円陣を組むぞ。全方向に対応できるようにする」


 バラバラな返事とともに、六人が円を作った。背中合わせになっているので背後を取られる心配だけはない。


「虚人には遠距離系想術ってなかったわよね?」


「そのはずだ。今のうちに潰すぞ」


 灯希は幻界の光景をイメージする。山肌に開いた穴、そこから噴き出す緋色の熱波――〈炮烈波(ヴォール)〉の想術が発動する。


 熱波が固まっている虚人を数体飲み込んだ。在歌が〈炸炎珠(フラーボル)〉を使う。火球は地面に着弾して火の粉を撒き散らす。虚人の足をそれで鈍らせる。


 花山と紅蓮も火球で応戦した。時雨は最大威力の〈流砲(ミレイズ)〉を使う。超高圧水流で虚人を一体ずつ押し返していくが、消滅させるまではいかない。


 池原もマシンガンを構えてはいるが、撃とうとはしない。今や弾薬は貴重なのだ。迂闊に乱射できないし、虚人には銃弾が通じにくい。


 灯希たちが想術を連射していると、やがて効き目が見えてきた。


 敵の出現率が下がっているのだ。後続がほとんど出てこなくなった。灯希は熱波で残りを一掃すると、叫んだ。


「よし! どうせばれてんだ、このまま進撃する!」


「了解!」

 と全員が返事をした。ここは言葉がそろった。


 灯希たちは円陣を崩さずに進んでいく。


 通路の両サイドには崩壊した建物、炎上して黒焦げになった車両も映った。


 瓦礫を踏みながら奥へ奥へと足を動かす。自衛隊員の死体がいくつかあった。マシンガンを持っている死体もある。大半は体のどこかがおかしな方向に曲がっていた。虚人に接近戦を挑まれたら自然とああなってしまう。灯希の胸は痛んだ。


「あった! あの格納庫が無事のようなんです!」


 池原が大声をあげて指さした。


 それは壊れた敷地の片隅にあった。傾斜のゆるい屋根。鈍色の無機質な鋼板。確かに見た感じ無事そうだ。


 直行したいところだが、敵の殲滅が先だ。こちらの目的を教えてやる必要はない。


 ずん、と地響きが起きた。


 巨竜ほどではないが、かなり重量のある生物が動いた。


 灯希は進行方向左手に目をやる。


 黒ずんだ建物の横から、大型の虚人が現れた。といっても二メートルほどだから極端に大きいわけではない。しかし兵士級が灯希たちと同じかやや低いくらいと考えると大きい部類だ。


「虚人の巨人とかしゃれてんな」


「バカ言ってる場合か」

 灯希は紅蓮を注意する。


「貴様ら……我らを倒しにきたのであるか? それとも、この土地を取り戻しにきたのであるか?」


 しゃべっている内容が理解できた。つまり――


「族長級だ」


「あいつが指揮官なんですね!」


「みんなで囲んで一気に倒しましょ!」


「待って」

 勢いづく時雨と在歌を、花山が止めた。


「あいつの後ろに部隊がいる。たぶんそれが本隊」


「数はどのくらいだ」


「細かくはわからない。でも一〇〇以上は確実」


「よし……族長級は俺が相手をする」


「待てよ、俺も手伝えんぜ」


「だったら、兵士を倒しながらタイミングを見て加勢してもらえるか?」


「まあ、そんでもいいけどよ」

 紅蓮は少し不満そうだ。


「みんなには兵士の相手を任せる。不用意な接近戦は避けろよ」


「わかってるわ」


「私も。一回痛い目見てるし」

 そういえば再会した時の花山は虚人と戦っていたんだっけ。


「わたしも気をつけます」


「池原さんも、あんまり俺たちから離れないでください」


「了解」

 池原はおびえる様子もなく、冷静だった。さすがだ。


「それじゃあ殲滅開始!」


 灯希は〈鬼身(ボーガ)〉を纏って走り出した。


「ぬう……我らを倒しに来たのであるな」


 虚人の族長級が応じた。

 相手が走り出し、地面が沈んだ。あの身長であれだけ沈む。中にどれだけのものが詰まっているのだろう?


 灯希は正面から突っ込んだ。虚人が拳を出してくる。そこで灯希は急停止した。相手は拳が届かなかったことで体勢を崩した。灯希が伸びてきた右腕を掴む。


「おらあっ!」


 手の中に〈炸炎珠(フラーボル)〉を発現させた。至近距離で爆炎が発生して顔が熱に煽られる。虚人の右腕が粒子になって消滅した。


 間を置かず追撃。灯希は左拳で虚人の腹を打った。ずむ、とスポンジを殴るような感覚が伝わってくる。虚人が大きく後退した。


 右手に想波を集中させ、〈炮烈波(ヴォール)〉を放った。虚人は動きが緩慢だ。簡単に命中した。それで族長級の腹に大きな穴が開いた。


「たいしたことはないのである」


 虚人は再び突撃してきた。痛覚がないのだろうか。なんにせよしぶとい。


 ならば体を真っ二つにしてやるまでだ。


 灯希は〈想錬剣(エスワード)〉の想術で、長大な太刀を想起する。右手に鬼の刀が複製された。


 両手で構えて虚人に突っ込む。強化された脚力で跳び、真正面から振り下ろした。相手が右腕を出してきたが、灯希の腕力が上回った。太刀は右腕ごと、虚人の体を二つに引き裂いていた。


「おあぁ……」


 分裂した虚人の体が、粒子に変わった。さらさらと風に流れて消えていく。


「族長級は倒した!」


 灯希は仲間に声をかけた。


 在歌たちも優勢に戦いを進めていた。火力の高い想術で敵をまとめて倒し、虚人の集団を次々と粒子に変えていく。


 通路上での戦いは、ガイナーの勝利に終わった。


「やっぱり、数が多いだけで疲れますね……」

 時雨が額の汗をぬぐう。


 彼女の言う通り、いくら弱い相手でもたくさんいれば精神的に圧迫感を覚える。そのせいで、普段ならありえないような凡ミスを犯してしまうこともあるのだ。


「掃討は完了か?」


「たぶん。動く気配はない」

 花山がきょろきょろしながら返事をよこした。

「でも、気配をコントロールできる使いがいるかも。油断は禁物」


「そうだな。――みんな、とりあえず格納庫を見に行こう」


「ちょっと待ってください」


 池原が瓦礫の山の方に歩いていった。瓦礫に足が埋まった状態で自衛隊員が倒れている。


「一応、確認だけ……」


「そうね、生存者がいるかも」


 在歌が池原のあとを追いかけた。


 灯希は「ふう」と息を吐き――そして、かすかな気配を感じた。


 在歌と池原の方に視線をやる。


 なんだ? 今のは――


 考える間もなかった。


 瓦礫の山から自衛隊員が跳ね起きた。目が赤く光っている。


 ――カバネダマ!


 迂闊だった。死体に寄生する奴らの存在が抜け落ちていた!


 自衛隊員に寄生したカバネダマは右手にナイフを持っていた。それが池原に対して突き出された。


「池原さん!」


 在歌が池原を突き飛ばし――


「あぐっ!」


 代わりにナイフを受けた。


「在歌ぁ!」

 灯希は叫んで走り出した。


 在歌の腹に突き込まれたナイフが抜かれる。彼女の足元にぼたぼたと血が落ちた。小さな背中が下がっていく。膝が折れ、在歌が倒れた。


「在歌さんっ」


 池原が駆け寄ろうとする。


「駄目だ! 池原さん離れろ!」


 怒鳴ったが、遅かった。


 カバネダマがナイフを切り上げるように振るった。


 池原の喉から血がしぶく。マシンガンが地面を叩いた。池原の体は、力なく傾いて倒れていった。


「てめえええええっ!」


 灯希の右手がカバネダマの顔を掴む。奴らは宿主の頭部を破壊すれば死を迎える。死体をさらに破壊する。ためらいはなかった。灯希の右手に〈炸炎珠(フラーボル)〉が発現し、死体の頭が爆散した。


 だが、何もかもが手遅れだった。


 全員が駆け寄ってくる。


「在歌、しっかりしろ!」


 灯希は抱きかかえて呼びかけるが、反応してくれない。口に耳を近づけた。呼吸が聞こえる。


 ――生きてる。


「うそ……在歌ちゃん……」

 時雨が呆然と立ち尽くす。


 灯希は振り返った。


 池原の腕を取っていた花山が首を横に振った。


「……手遅れ」


「くそっ! きたねぇ真似しやがって!」

 紅蓮の怒声もむなしく聞こえた。


 外傷を治癒する〈傷癒泡(メディブル)〉が使えるのは在歌だけだ。その在歌が意識を奪われた。池原を助けるどころか、彼女自身の命すらおぼつかない。


「灯希! 車に治療キットとか置いてあんじゃねぇか⁉」


「ああ、確か池原さんが持ち込んでたはずだ」


「す、すぐ戻りましょう! わたし、応急処置ならできます!」

 時雨の目に力が戻ってきた。


 花山だけが何も言わなかった。


「花山、どうした?」


 在歌を抱えて立ち上がりながら、灯希は訊いた。花山は池原の傍らに膝をついたまま、中空を見つめている。


「わかりそうで、わからない……」


「何がだ」


 花山は青ざめた顔で、ゆっくり言った。


「カバネダマ、今のだけってことはないでしょ?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ