地響きと爆炎、そして斬光(3)
†
竜族軍を率いているのは、ゾルネアという族長だった。
彼は一川市を攻撃した際、大将のシャ・リューから一時的に指揮を預かっていた。だが、シャ・リューが倒れ、ガルネア族長もやられたため、彼が部隊をまとめることになったのだ。
ゾルネアはこれを好機ととらえていた。ガルネアは同じ族長だが、彼の方が統率力に優れていたため、ゾルネアは一歩遅れている状態だった。
戦闘の腕はさほど変わらないのだが、他のところで差がついてしまった。
しかし今、シャ・リュー将軍とガルネアがいなくなった。
ゆえにゾルネアは、シャ・リューへの哀悼とガルネアが消えたことに対するひそかな喜びを胸に、攻撃を行っている。
あの街へ再戦に向かいたかったのだが、数人の敵に邪魔されて進めない状況だ。他の街を攻めさせていた巨竜まで連れてきたのに、あっけなく倒されてしまった。
やはり地上人は侮れない。
こちらと同じ力を駆使する連中――複製者の存在が厄介だ。奴らは前回の戦争時より確実に強くなっている。
やはり堕天使どもが種付けのために攻撃を遅らせたのがまずかったのだ。
「ぬう、手こずっておるようだな……」
隊列の最後尾でゾルネアは唸った。
騎竜に乗り、右手には槍を手にしている。彼の尻尾と騎竜の尻尾がシンクロするようにくねくね動いている。
「複製者どもめ、まったく忌々しい……」
「貴様、敵将と見たぞ」
不意にそんな声がした。
左に顔を向ける。
廃棄車両の上に片膝をついてこちらを見ている女がいる。今までに見たことのない格好をしていた。上は赤、下は紺の変わった服だ。
「竜人の将よ、私と一対一で戦ってみないか。退屈はさせないぞ」
ふん、とゾルネアは鼻を鳴らした。
「小娘では暇つぶしにもならん。シャ・リュー将軍を倒したあの男なら話は別だがな」
「そう言うな。兵士をかきわけてようやくここまで来たのだ。相手をしてもらえなければ困る」
「では相手をしてやれ」
ゾルネアは周りを囲む兵士に命じた。
十数体の兵士が一斉に少女に攻撃を仕掛ける。
少女が腰から剣を抜いた。刀身が複製されて片刃の剣になる。
――武器まで真似るとはな。
ゾルネアが呆れた瞬間だった。
少女の腕が振るわれた。白刃が閃き、飛びかかった兵士たちの体から血しぶきが噴き上がった。彼女にかかっていった者どもは、まばたきの間に倒されていた。誰もが、胴体を鮮やかに切り裂かれている。しかも少女は車両の上から動いていない。足をほとんど動かさずに多くの兵士をまとめて葬ってみせた。
「ほう……」
それを見せつけられて、ゾルネアもようやく戦う気になった。どうやら口だけではないようだ。
騎竜から降りて槍を構える。
「望み通り相手になってやろう」
「それはよかった。これでも無視されたのではさみしいからな」
少女が車から飛び降りた。
ゾルネアは槍の先端を少女に向ける。向こうは剣を両手で構えた。
――そんな短い武器で戦うつもりか!
ゾルネアが踏み込んで刺突を放った。少女が躱す。彼はすぐ引いて連続で突きを繰り出していく。少女は反撃せずにただ避けるだけだ。
「どうしたっ! さっきの剣さばきを見せてみよ!」
「慌てるな」
少女は躱しながら言った。表情に必死さがないのがなんとも憎たらしい。
何十回目かの突きを放った。少女が右に避ける。ゾルネアは突いた体勢のまま槍先を動かした。尖端で斬撃を見舞ってやる。
「待っていたぞ」
少女が初めて受けた。
槍の柄を刀身で止める――そのまま刃を滑らせてきた。
「ぐうっ!」
ゾルネアは呻いた。柄に沿って走ってきた刃が、彼の右の指をすべて切り落としていた。
ゾルネアはたまらず槍を落とした。後方に下がろうとするが、少女がスッと静かに懐へもぐりこんでくる。
「ごっ……」
その時にはもう、刀身がゾルネアの腹を貫いていた。
「やはり、急造の大将だったな」
「貴様……」
「ガルネアという奴の話は聞いている。そやつは小娘相手でも最初から本気でかかってきたそうだぞ? お前は私が小娘だからと甘く見たな?」
く……、と喉から声が漏れた。
それは痛みによるものではなかった。ガルネアを見たこともない奴に、お前はあいつより格下だと言われたのだ。その怒りから漏れた声だった。
こちらを睨む少女の目は、余裕が消えて冷ややかになっている。
「東京は返してもらう。悪いがお前たちはあの世行きだ」
「ふん……、竜族が倒れようとも、ガイア族は侵攻を止めたりはせん。さらなる大軍に貴様らが滅ぼされるのも時間の問題だ……」
「そうか。だが、今ここで死ぬお前が気にすることではない」
腹の底が冷たくなった。
全身をすさまじい冷気が包んでいく。内側から凍りつくような痛み。やがて体が膨らんだような気がして――直後、ゾルネアの意識は途切れた。
†
「すごい……」
在歌は走りながらつぶやいた。
兵士の密集地を避けて、奥の族長を目指して駆けているところだった。
冬姫は自信ありげに「任せてくれ」と言ったが、やはり心配だ。遠くから援護くらいならできるかもしれない――と思っての行動だった。
しかし、それはまったく必要なかった。
冬姫は刀を敵の族長に突き刺し、〈凍空彫氷樹〉の想術を発動させた。相手を内側から氷結させる必殺の術式。自分の肉体か、持っている武器が相手の体内に入り込んでいなければ発動できない高難度の想術を、冬姫はたやすく使ってみせた。
在歌には戦いの大半が見えていた。
正直、〈凍空彫氷樹〉の精度より、〈鬼身〉による身体強化と〈想錬剣〉による刀身の複製だけで族長を圧倒したことの方に感嘆した。
もしかしたら、彼女は灯希に並ぶ実力者なのかもしれない。
実力の近い者同士は惹かれ合うことも多いという。
すると、灯希と冬姫は、今後ますます接近する可能性が……。
――べ、別に近づいたっていいじゃない!
在歌は慌てて否定した。
自分は灯希に対して特別な感情なんて持っていない。戦友だ。普通の仲間だ。だからあの二人が仲良くなったって問題はない。
「いや、気に入らないわ……」
ぶつぶつとつぶやく。
冬姫が在歌に気づいて、軽く右手を挙げた。在歌もスピードを落とし、手を振って返す。
……でも、あたしだってさっき灯希に「最高だぜ」って言ってもらったし。
灯希の足を引っ張っているわけではない、はずだ。
だから彼が冬姫とばかり仲良くするという事態は考えにくい。
……って、だから特別な感情はないはずでしょ⁉
ぶんぶんと首を振る。
「在歌さん、どうかしたのか?」
いつの間にか冬姫が目の前にいた。
「え? あ、ううんなんでもない! 全然なんにも考えてなかった!」
「……んん?」
冬姫が首をかしげた。
在歌はごまかし笑いでなんとか逃げ切る。
……でも。
灯希との関係はともかくとして、心強い戦力が加わったのだ。まずは戦いに勝つことを優先する。
竜族軍もほぼ潰走状態に陥っているし、さすがにもう反撃はないだろう。
怖いのは今後送られてくる敵の戦力だ。
人間関係で悶々とするのは、そいつらを倒した後でいい。
……なんでも平和がなくちゃ始まらないもんね。
在歌は冬姫に笑いかけた。自然な笑顔が浮かんだ。
「お疲れさま」
冬姫は在歌の態度に困惑気味だったが、その一言でホッとした顔を見せてくれた。
「ああ、お疲れさま、だな」




