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ダイアモンド・ベイビーズ  作者: 雨地草太郎
未来に向かって架かる橋
40/50

地響きと爆炎、そして斬光(2)

 敵の隊列は往復四車線の道路をまっすぐ進攻してくる。


 先頭の竜法師が右手で印を切った。


 手の先が赤く発光し、〈炮烈波(ヴォール)〉の想術が放たれる。


 キリカが透明な幕を発生させる〈限透明近青幕(メーテント)〉の想術で、緋色の熱波を受け止めた。


 竜法師は全部で六体だ。そいつらが二体ずつ、順々に〈炮烈波〉を放ってくる。


「手伝うわ」


 在歌が〈流砲(ミレイズ)〉の想術で水流を発生させ、熱波を消滅させる。他の熱波をキリカが処理していく。こうした守りは幾度も経験しているので、二人とも手慣れたものだった。


 連発される〈炮烈波(ヴォール)〉を在歌とキリカが確実に止める。


 竜法師は歩調を変えずに撃ちまくってくるので、四人と竜族軍の距離はどんどん縮まっていた。


 やがて竜法師が脇によけた。すぐ後ろを歩いていた竜人族の歩兵が一斉に突撃を開始する。


「いよいよ激突ってわけだな。おもしれえ」


 灯希が〈炮烈波〉をお返ししてやろうと腕を上げる。


「待って!」


 しかしそれを在歌に止められた。


「兵士の足止めは任せてちょうだい。灯希はあのデカブツに集中して」


「だが……」


「ほら、何度も言ってるでしょ。ここ一番での想波の枯渇」


「……ああ、わかったよ。じゃあ任せる」


 素直に引き下がると、在歌はちょっとだけ頬をゆるめた。


「そうそう、もっと頼ってよね」


 在歌が、得意としている〈青尖氷槍(アクルピス)〉を発動。氷の槍が飛んでいき最前列の兵士を貫く。ぶち抜かれた兵士が後方へ吹っ飛び、後ろの兵士も巻き込んで隊列が乱れた。


「僕も足止めくらいなら」


 キリカが〈炸炎珠(フラーボル)〉の想術で火球を発現させる。練り上げられた火球は竜族軍の隊列前方に着弾し、火の粉を撒き散らす。相手の進撃が鈍った。


「灯希君、ビル伝いに行けば早そうだよ」


「そうだな。よし、行ってくる」


「気をつけなさいよ!」


「在歌たちもな!」


 灯希は〈鬼身(ボーガ)〉で身体能力を強化し、低いビルの屋上に飛び乗る。


 屋上伝いに移動して、巨竜を狙いやすい位置で止まる。六階建てビルの屋上だった。鉄棒で囲われているので、迷わず取り外した。強化された腕力なら鉄棒を引き倒すくらい簡単にできる。


 遮蔽物をどかした灯希は、〈炮烈波(ヴォール)〉の上位術式である〈紅炮灼烈波(ヴォル・ゲイル)〉を発動させる。


 深紅の熱波を巨竜の頭部狙って放った。


 下から水流が上がってきた。竜法師による妨害だ。〈紅炮灼烈波〉は威力を削がれた。狙い通り頭部に命中したものの、大きな損傷は与えられなかった。


 巨竜が頭を振って吼えた。


 大気が振動し、思わず耳をかばいたくなる。


 竜は頭を下げて、口の中を深紅に光らせる。


 口が大きく開かれ、熱線が放出された。火炎の舌が道路を舐めるように走っていく。窓ガラスが大量に割れる音がした。高熱に炙られ、ビルとビルの隙間から熱気が上がってくるのがわかる。


 灯希は想波のサーチを行った。誰も巻き込まれてはいないようだ。


 そして火炎放射の原理もすぐに理解した。


 あれは竜の体内で生成された炎ではない。想術の一種だ。口の中に火炎の種を発現させ、それを爆発と同時にすさまじい吐息で吐き出しているのだ。幻界でその光景を見たことはないが、知識として持っていた。四年前ガイナーになった瞬間、頭の中に流れ込んできた数々の記憶。それらの中に情報があったのだ。


「さっさと片づけないとやばいな」


 灯希は〈想錬剣(エスワード)〉の想術で両刃の剣を発生させた。右手でしっかり握りしめると、助走をつけてビルから飛び降りた。


 風が頬を撫でる。前髪が激しく暴れる。


 灯希はスーツの裾をはためかせながら、巨竜の頭部に着地した。同時に剣を頭に突き立てる。


 竜が咆哮をあげて頭を振り回した。


「うおっ――⁉」


 灯希は両手で剣を掴んで振り落とされないように耐える。皮膚の表面は弾力があり、足が沈んだり押し返されたりする。


 周りを見る余裕がなかった。風景が左右に揺れて視界が安定しない。ビルがただの白い面に見える。


 ごうっ、と音がして右肩に激痛が走った。


「っく……、竜法師か……!」


 奴らが足元から灯希を狙っているのだ。〈炮烈波(ヴォール)〉を食らって灯希の右肩が焦げていた。竜が頭を振っていなかったら背中に直撃していたかもしれない。


 状況を変えなければ。灯希は左手を離した。


 右手だけで懸命に剣を掴み、左手で〈炸炎珠(フラーボル)〉を発現させた。距離はゼロに等しい。


 灯希は火球を竜の頭に叩きつけた。


 激しい爆発が起きて、灯希はついに吹き飛ばされた。錐揉み回転しながら地上へ落ちていく。体がビルの壁面に激突して落下する。しかし、生き残っていた植込みの木が灯希を受け止めてくれた。


 巨竜は頭にダメージを受けて転倒し、竜人がかなり下敷きにされた。


「いっててて……やっぱ無茶だったか……」


 灯希は起き上がって、硬直した。


 彼は竜人族に包囲されているのだった。


 ぐあっ、と誰かが声を発した。連中はためらう間もなく前方百八十度から襲いかかってきた。剣や槍を次々と灯希に繰り出してくる。灯希は下がったものの、すぐビルにぶつかってしまう。


 ――上しかねえ!


 迷いはなかった。


 灯希はジャンプして竜人の頭を踏みつける。それを足掛かりにさらに飛び、軍勢の上を軽業師のように渡っていく。


 ――が、横合いから火炎が迫ってきた。


「おわっ⁉」


 躱せなかった。


 とっさの判断で〈竜四肢(ドラテア)〉の想術を発動させ、顔の前で腕をクロスさせた。


 灯希の濃密な想波と、高耐久を持つ竜の皮膚の複製。この二つが重なったことで焼き殺されるのは回避した。しかし熱波を全身で受けて、灯希はすさまじい距離を火炎と一緒に飛んでいった。


 炎が途切れ、灯希は地面に叩きつけられる。三回、四回と転がってやっと止まった。あの巨竜が倒れた状態から灯希を狙ってきたのだ。味方を巻き込むことなどためらいもしない火炎放射だった。


「くそ、また新調しなきゃ駄目か……」


 スーツがボロボロになっていた。


 皮膚や肉体へのダメージも大きいのだが、それは回復することができる。服はそうはいかないのだ。


 気づけば、開戦時に立っていた場所まで戻されていた。火炎が通過した影響で路面とビル壁は真っ黒焦げだ。同じ場所がわずか数分でこうも変わってしまうとは。


 在歌たちは移動し、それぞれの位置で戦っていると思われる。灯希はとにかく巨竜を倒さなければならない。それには竜法師の排除が必須だ。奴らが邪魔してくるせいで思うように攻撃できないのだ。


 まずは巨竜のところまで戻り、攻撃を再開する……。


「行けるのか……?」


 灯希はげんなりした調子でこぼした。


 竜族軍の隊列は大きく乱れているとはいえ、依然として兵士の層が厚い。在歌たちが敵の中に紛れ込んでいるかもしれないので、〈紅炮灼烈波(ヴォル・ゲイル)〉を使うのもためらわれる。突破していくには手間がかかりそうだ。


「たいちょー!」


 そう思った時、背後から声がかかった。


 ワゴンが走り去り、二人の少女が走ってくるのが見えた。十四歳と十七歳、身長差の大きなコンビだ。頼んでいた応援が早くもやってきてくれた。


「だから隊長じゃねえって言ってるだろ」


「ただいま到着いたしました! 今から作戦に参加させてもらうでありますっ!」


 緑の髪、ミリタリージャケット、ショートパンツ、ごついブーツ、そして左目にかかった眼帯――という個性的な出で立ちをした少女、トドロが敬礼する。


「あのでかいのは灯希の担当?」


 黒髪をシュシュでポニーテールにし、パーカーとスカートを着た少女は香月(こうづき)花山(かざん)。何度も一緒に危機を潜り抜けてきた戦友だ。


「そうだ、他の兵士は在歌たちが相手をしてくれてる」


「じゃ、竜のところまで道を作ればいい?」


「できるなら、手伝ってほしい」


「ん」


「自分もお手伝いするでありますよー!」


 トドロが両腕をいっぱいに広げた。雪の結晶が大量に発現、高速回転を始める。超硬の結晶で相手を切り裂く〈六花鹿鳴白輝晶(ノスタ・リウス)〉の想術だ。結晶は竜人族の兵士を切り裂いて強引になぎ倒していく。


 花山が胸の前で両手を近づけた。指を広げ、バスケットボールを持つような姿勢を作る。


「隊列に穴開けるから、すぐ走って」


「おう、助かる」


 花山が両手を合わせて前に突き出した。


 純白の光線が竜族軍の隊列を貫いていく。軌道上で重なった兵士は体に穴を穿たれていく。今回の戦争で花山が新たに修得した〈天臨光流華(パズ・ターク)〉。大軍相手にもっとも貫通力を発揮する想術だった。


 光線によって隊列の真ん中に一本の道ができた。


 灯希は迷わず走り出した。


 光線の威力に動揺しているのか、兵士の動きが鈍っている。灯希はその隙を逃さずまっすぐ巨竜に向かっていく。


 竜も強靭な腕を使って立ち上がった。


 牙の並んだ口が開かれる。


 奴の目は確かに灯希を見ていた。


 口の中に火炎のエネルギーが蓄積されていくのがわかる。


 だが、それこそが奴の弱点でもある――!


 灯希は走りながら右手を突き出した。事象のイメージを開始する――が、足元から数珠を下げた竜法師が狙ってきている。


「雑魚は引っ込んでなさいっ!」


 横合いから声がした。


 街灯の上に器用に乗った在歌だった。彼女の放った〈青尖氷槍(アクルピス)〉が的確に竜法師を射抜いて倒した。


「サンキュー在歌! 最高だぜお前!」


 灯希は巨竜に視線を戻す。


 口の中の火種が膨張している。あれが破裂した瞬間、竜は嵐のような吐息で火炎を吐き出す。


 灯希は右手に想波を送り込む。必要なのは火力じゃない。技術だ。


 右手が光り、黄金の鞭――〈光鞭(フォス)〉の想術が発動した。親指と小指から一本ずつ鞭がしなって飛んでいく。


 そして、今まさに火炎を放とうとしていた巨竜の口――その上顎と下顎に絡みつく!


 鞭が巨竜の口を強制的に閉じさせた。


 口内の火種は破裂の瞬間を迎えている。暴れようとしてももう遅い!


 巨竜の口がはじけた。


 顎が吹っ飛んで爆炎が噴き上がる。竜の頭が炎と黒煙に飲み込まれる。体が傾いていき、それを支えようとするものは何もなく、力なく倒れていった。巨体が地面を打ちつけ、今日最大の地響きが起きた。


 竜族の兵士が硬直に見舞われた。

 どいつもこいつも巨竜の方を見て動きを止めている。


「撃退するぞっ!」


「ええ!」


「お任せあれですっ!」


 在歌やトドロの声が聞こえた。


 それぞれが得意な想術を使って敵兵を倒していく。


 勝ちは見えた。あとは指揮官を倒すのみだ。


 灯希は周囲に目をやった。


 冬姫の姿が見えない。おそらく族長級を狙いに行ったのだろう。このままいけば、こちらの犠牲はゼロで済む。


「頼むから返り討ちにされないでくれよな……」


 灯希は思わずつぶやいていた。

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