殲滅領域(2)
灯希の目には、折り重なったガイアの使いの死骸が映っていた。
虚人や鬼たちがみんな倒されている。
「行ってみよう」
「わ、わかった」
在歌は少し緊張気味だ。
二人は道路を渡り、臨海公園の中に入った。
芝生が周辺一帯に広がり、白い道路が網目状に敷かれている。芝生も道路も赤黒い血で染まっていた。
「まさか、ここにきて仲間割れが起きたってことはないよなあ」
「他のガイナーが倒したんじゃないかしら。仲間割れで全滅なんてさすがにないでしょ。もうギャグの領域じゃない」
「だよな……」
やはり他のガイナーに倒されたと考えるべきだろう。
しかし、その人物はどこにいるのだろう。
すぐ近くに難民キャンプがあるのだ。
そちらに合流して市民を守るつもりはないのだろうか?
灯希は周辺の想波を探ってみた。
「……ん、いるな」
少し遠いが、想波の反応を見つけた。
ガイアの使いの排除も重要だが、仲間を見つけることも同じくらい大切だ。
「在歌、海に沿って向こうへ行くぞ。想波の反応がする」
「わかったわ。……仲間、ってことでいいのよね」
「おそらくな。ただ、性格はどうかわからんけど」
「悪いって思うわけ?」
「近くにキャンプがあるのに、そこに行った気配もなかっただろ。あの立原さんだってなんにも言ってなかったし」
「そういえば、そっか」
「とにかく行こう」
灯希と在歌は海岸線に沿って歩き始めた。どんどん海晴市のキャンプ地から遠ざかっていく。
臨海公園から延びる道を進んでいくと、やがてホテル群が見えてきた。やはり建物の損傷が激しい。
右手には砂浜が現れた。
想波の気配はそちらからする。
二人は体勢を低くして移動した。ホテルの前の道路を、気配を殺して進んでいく。観葉植物が生い茂っているので身を隠すのはたやすい。
この樹木の壁の向こうに階段があり、砂浜につながっている。
「あたしにもわかるようになったわ」
「かなり強くなってるな」
想波がどんどん膨張している。完全に戦闘態勢に入っているのだ。
「……二人だな」
「ええ。どっちも強い」
灯希たちは植物の隙間から浜辺を覗き込んでみた。しかし段差が大きく、よくわからない。
「這って近づくぞ」
「え……」
「よく見えないだろ」
「そうだけど、這う必要は……」
「体勢が高いと見つかるかもしれない。それにお前なら匍匐前進も問題ないだろ?」
ピシッ、と何かにヒビが入ったような気がした。
「それはなに、あたしの胸が平たいって言いたいわけ?」
「あっ……いや別に、そういうつもりじゃ」
「今「あっ……」って言ったでしょ! やっぱりそう思ってたのね!」
「待ってくれ、悪かった、完全に失言だった」
「失言という自覚もあるわけね? つまり平たいことは否定しないわけね?」
灯希の視線が安定しなくなる。
まさかこの状況で修羅場が発生するとは思わなかった。
「えーっと……俺は嫌いじゃないぞ?」
「なにが?」
「ち、小さいのが」
ガンッ、とスネを蹴られて灯希はうずくまった。
「はーあ、匍匐前進しやすいあたしが一人で行ってきてあげるから、灯希君はそこでゆっくりお休みしててくださいねー」
完全に怒らせてしまった。
在歌は茂みを抜けて地面に伏せ、這って進んでいく。
灯希も同じ体勢を作って慌てて追いかけた。
「待ってくれ、本当に申し訳なかった」
「あらー、幻聴がするわー」
「お、俺は大きいよりは小さい方が好きだぞ」
「え――なっ……⁉」
在歌の動きが止まった。驚いた顔でこちらを見てくる。――行くしかない。ここぞとばかりに灯希は畳み掛ける。
「俺はその、大きいのは趣味じゃねぇから。……か、片手にすっぽり収まるくらいの方が好き……かな」
何言ってんだ俺、と灯希は途中で蒸発して消えたくなった。
「ふーん……」
しかし、そんな灯希に対して、在歌の表情はちょっと和らいでいた。
「ま、まあ、デリカシーのない発言には気をつけなさいよね」
「す、すまん」
それで、どうやら彼女も矛を収めてくれたようだった。灯希は危機的状況が去ったことに心から安堵した。
二人は這って進んでいく。
砂浜に下りられる階段の手前まで来た。
砂浜には悪鬼の集団が見えた。
その中に、人間の影が二つあった。
一人は、大鎌で悪鬼の首を飛ばしまくる少年だ。たぶん灯希と同じくらいの年だろう。黒いズボンに黒いジャケットを着ている。
対して、もう一人は少女だった。なぜか羽織と袴を着ている。下は紺色、上が赤色の見事な和装だった。両手で日本刀を持ち、鮮やかな太刀さばきで悪鬼どもを圧倒している。
灯希たちが出ていくまでもなかった。
二人は、あっという間に悪鬼の小部隊を全滅させてみせたのだ。
「どっちもすごいわね……」
「ああ。たぶん女の子の方が上だろうけどな」
黒ずくめの少年も充分強いが、和装少女は動きからして違う。おそらく、元から相当身体能力が高かったのだろう。そこに想術の強化が加われば圧倒的な力になる。
「ともかく、話を聞いてみよう」
「わかった」
灯希と在歌は立ち上がり、砂浜に下りた。
「どうもー」
気楽な調子で声をかけてみる。二人がこちらを見た。
「やあ、お二人はガイナーだな!」
少女が先に反応した。近づくと、花のかんざしで黒髪をまとめているのがわかった。
「俺は颪島灯希で、こっちが海城在歌。一川市から来たんだ」
「ほう、君が颪島君か。四年前の活躍は私も聞いているよ!」
ハキハキとしてとても元気のいい女の子だった。
「私は冬の姫と書いて冬姫だ。一柳冬姫。こっちの男はタツバグレン」
竜羽紅蓮と書くらしい。
「どーも。俺らは雑魚どもの掃除をやってる最中さ。お二人さんはなんでこんなとこに?」
灯希は、立原陸尉にした説明をここでもする。
「なるほど、敵の指揮官はすでに倒れていたんだな。道理で統率が乱れていると思ったのだ。――しかし君はすごいんだな! 私たちなど小物を狩るしかできていなかったというのに」
「運がよかったんだよ。それより、海晴百貨店の前にキャンプがあっただろ。あそこに行った様子がないみたいだけど、なんでまた?」
「それだがな、私たちはなるべく一般市民には近づかない方がいいかと思ってな」
「なぜ?」
「怖がられるからだよ。それだったら、陰からひっそりと敵を狩っていた方がいい」
「臨海公園の部隊も二人だけで倒したのか?」
「そうとも、兵士などはわけないさ。もっとも、近くに市民がいたら先延ばしにしようと思っていたんだ。戦うところを見られると、ますます恐怖心を植えつけてしまいそうな気がしたからな」
「俺は気にしすぎだろって言ったんだけどよぉ、こいつって言い出したら聞かねえからなー」
「でも、その気持ちはわかるわ。普通の人の反応って、ちょっと怖いわよね」
「わかってくれるか! そうなんだ、四年前に手のひら返しを食らっているから、どうしても慎重になってしまう」
……やはり、ガイナー排斥運動の影響は色々なところに及んでいたようだ。
「なあ、よかったら俺たちに協力してくれないか? これから本格的に東京奪還を目指すつもりでいる。そのためにはとにかくガイナーが必要になるからさ」
「おお、いいとも! 私などで役に立てるのなら、いくらでも協力するさ」
「俺もいいぜー。どうせこうなっちまったら戦う以外にやることねぇもんな」
「よかった、ありがとう」
「感謝するわ」
灯希と在歌はそれぞれ礼を言った。
冬姫と紅蓮。
どちらも前線で戦えるタイプのガイナーだ。
この二人が加われば、今後の戦いをさらに有利に進めることができるはずだ。灯希は手ごたえを得ていた。




