一騎討ち
灯希とシャ・リューは高速でビルの屋上を移動していた。
こちらは剣を、敵は槍を持っている。
将軍が向かってきた。隣から飛び移って屋上に着地、灯希に突っ込んでくる。
槍の刺突、灯希は半身を引いて躱し、斬撃を狙う。これは柄で防がれた。
灯希が攻勢に出る。相手に肉薄して連続で斬撃を叩き込む。
シャ・リューはさすが将軍だけあって手際の良さが違う。こちらの剣はすべてさばかれた。
相手が槍を片手で持つ。
刺突が来た。
左に避けた瞬間、槍を振って打撃に変えてくる。むりやり刀身で防ぐが腕がしびれる。
シャ・リューが槍を手放した。左拳が灯希の腹にめり込む。
竜の一撃は重すぎる。
硬直した灯希に、シャ・リューが追撃を仕掛けてきた。爪の一閃で二の腕を裂かれ、剣を落とす。さらに蹴りで大きく後退させられる。
間を置かず回し蹴りが飛んできた。灯希は体勢を下げて回避し、相手の懐を奪う。〈脱殻竜四肢〉で超強化されたアッパーがシャ・リューの胸部をとらえた。相手は呻いて後方へよろめく。
今度は灯希の番だ。青南市でイグネア族長と戦ったことを思い出す。竜族の肉体は頑丈だが、頭部は他に比べて弱い。人間が狙うならそこしかない。
「おらぁ!」
右ストレートがシャ・リューの頭部を直撃した。
「ぐっ……!」
将軍が呻いた。効いている。
踏み込んで左。これも頭部にヒットした。シャ・リューがふらついて下がっていく。灯希は距離を詰めて右腕を取った。体をひねって背負い投げ。シャ・リューを背中から叩きつけた。
――が、相手が左腕で灯希の右腕を掴んできた。ぐっと引っ張られて灯希が前のめりに倒れる。シャ・リューが横に転がって立ち上がる。灯希が起き上がろうとした瞬間、脇腹を蹴り飛ばされて体が宙を舞った。
「ぐあっ――」
屋上のフェンスを越えて、灯希の体が落ちていく。
だが灯希は焦らない。〈想錬槍〉で槍を発現し、壁に突き刺して落下を停止させる。体勢を安定させてから手を離し、着地。
「くそ、打撃が重すぎる……」
上空を見る。
シャ・リューが降りてきた。奴は常に接近戦を挑んでくるので、なかなか距離を空けられない。遠距離系の攻撃がうまく使えないでいるのが現状だ。
それでも、〈鬼身〉と〈脱殻竜四肢〉を使った格闘は通用している。
冷静さを失わず、決定的な隙を窺う。そして勝つのだ。
シャ・リューが着地、声もかけずに突撃してくる。
「悪役っぽくなんか言えよ」
「何の話だ?」
両者の格闘が再開された。
すさまじい速度で拳が飛び交う。接触直後にはもう手が引かれている。同時に反対の拳が飛び出す。その繰り返し。手を引くのがどちらも速い。互いに相手の拳を掴んで握りつぶすことができないでいる。
「お前……強いな!」
「貴様もやる!」
「俺の実力に免じて撤退してくれよ!」
「馬鹿な! 貴様らこそ我らに地上を譲れ!」
「譲れるかっ! お断りだ!」
「我々も引かんぞ!」
「じゃあ――交渉決裂だな!」
灯希は叫んで全力のストレートを放った。威力はこれまでで最大。しかしそれも受け止められた。全力を込めた分、引く動作が遅れる。シャ・リューに拳を掴まれた。
「握りつぶしてくれるわ!」
「やってみろ!」
灯希は右腕を思いっきり引いた。シャ・リューはこちらの右手をがっちり掴んでいる。そのせいで引き寄せられた。二人の距離がゼロになる。
「うおおおおおおおおっ!」
灯希は左手の指をまっすぐに伸ばし、シャ・リューの喉を全力で突いた。超力の宿った左手だ。鱗を突き破り、肉まで届いた手ごたえがあった。げはぁ、とシャ・リューがものすごい呻きを漏らした。
シャ・リューが大きく後ろに下がっていく。喉から血か何か、液体がぼたぼたと滴り落ちる。
「ふふ……」
そして、いきなり笑い出した。
「なるほどな……これでは、セルナフカでも勝てるはずがない……」
「あいつも、強かったよ」
灯希も呼吸が上がっていた。
シャ・リューは激しく咳き込んで血を吐き出した。
「貴様は、一人で無力な者どもを守ろうというのか」
「一人じゃねえさ」
「…………」
「一緒に戦ってくれる奴らがいるぜ。一回裏切られてるってのに、そいつらを守ろうとするお人好したちがな」
「それが、地上人の考え方か」
「他の国はどうかわからない。ただ、俺たちはそうだってだけさ」
「そうか……。ならば、やはり貴様らは我々にとって障害でしかない」
「ああ、障害でい続けてやる」
シャ・リューが踏み込んだ。
灯希は迷わず〈紅炮灼烈波〉を放った。将軍が跳んだ。壁を蹴って灯希の正面を奪ってくる。またしても距離を詰められた。右拳を出すが相手の方が速い。爪が迫る。灯希は肋骨の下に激痛を感じた。
「ぐうっ……」
爪が刺さり込んだ。深い。――だからこそこれは逃せなかった。灯希はシャ・リューの右腕を取った。両手で掴んで離さない。
「焼け落ちろ!」
両手の中で〈炸炎珠〉が発現。火球が手元で膨れ上がり、暴発した。
灯希とシャ・リューが同時に吹き飛ばされた。
灯希は路面を転がり、すぐ立ち上がった。シャ・リューの反応も同じくらいだった。奴の右腕がなくなっている。やはりゼロ距離爆破は竜族の体でも防げないのだ。
――次で決まる!
灯希は足を出した。シャ・リューが腕などものともせず突っ込んでくる。左手の爪が見えた。
――受けて立つっ!
灯希はあえて左腕で応じた。
両者が迫る。
距離が――なくなる。
シャ・リューの左手が灯希の右肩に突き刺さった。
そして――灯希の左手が、シャ・リューの首を側面からとらえていた。
皮膚にめり込んだ指。中指と、薬指の二本。
その二本に、灯希は想波を送り込んだ。
シャ・リューの目から光が消えた。すべてが手遅れだと、この一瞬で悟ったのだ。
「見事だ……地上人……」
「お前のことは忘れないよ」
それは、決着の寸前とは思えないほど穏やかなやり取りだった。
灯希の指にすべての想波が集中する。
相手の体内に灼熱の想波が流れ込んで火炎に変わる。
シャ・リューの口から炎が噴き出し、その体が爆散した。竜将の体は火柱となって路地を照らし、無数の破片になって地面に落ちていった。
相手の体内で炎を膨れ上がらせる〈咲焔饗華紅吹柱〉の想術。自分の体か武器が相手とつながっていなければ発動できない、難度の高い術式だ。
虚人相手にこの術式の氷版〈凍空彫氷樹〉を使っていたから、決められる自信はあった。
接近戦を挑んでくるシャ・リューに遠距離系想術は使えなかった。ならば、これで倒すしかないと灯希は決めていたのだ。
「ぐっ……」
灯希の体がすとんと落ちた。
竜の打撃を何度も受けたのだ。想術の硬化能力があったとはいえ、貫通してきたダメージはあまりに重い。それはセルナフカの打撃とはまったく異なる痛みだった。四年前じゃなくてよかった、と灯希は心底思った。あの頃の自分だったら、きっと耐え切れずにやられていた。
「さあ、あとは兵士を片づけるだけだな」
自分を奮い立たせ、灯希は立ち上がる。
そして、ふらつく足で仲間のもとを目指した。
絶対に勝つ。
誰も死なせない。
みんなで、目前に迫っている朝焼けを浴びるのだ。




