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ダイアモンド・ベイビーズ  作者: 雨地草太郎
新東京攻防戦
30/50

イチカワ作戦(2)

 橋が落ちて軍が分断された時、シャ・リューは「やはり」と思った。


 何かしらの策略は仕掛けてくるだろうと思っていたのだ。だが橋が一本なくなった程度でこちらの進撃は止められない。竜族はもっと起伏に富んだ環境で生活してきたのだ。川を突破するくらいわけはない。


 ただ、敵の抵抗も予想以上に激しいようだ。


 シャ・リューは、近くのゾルネア族長に声をかけた。


「私も向こうへゆく。ここの指揮は預ける」


「はっ、お任せください」


 皆、シャ・リューの実力をよく理解してくれている。ゆえに止めてくることは絶対にないのだ。


 シャ・リューは騎竜から降りた。橋よりやや南から、一息に川を飛び越える。右手には槍を持っている。


 複製者が数人いる以上、まとめている人物がいるはずだ。まずはそいつを狙い、敵の動きを硬直させる。


 一つ隣の通りを味方が進撃しているが、建物の上方から攻撃を受けているらしく、思ったよりも足が鈍い。


 ……そちらも片づけるか。


 そう考えた瞬間、横合いからすさまじいエネルギーが迫ってきた。


 シャ・リューは足を止めて槍を構える。


 建物の陰から、少年がスッと出てきた。


 黒髪、黒い瞳、そして黒い服。


 夜明け前の薄闇に溶け込むような色合いで、彼はシャ・リューの前に立ちはだかった。


「お前がシャ・リュー将軍か?」

「ほう、私の名を知っているのか」

「人から教えてもらったんだ。こっちの大将を狙いに来たのか?」

「そうだな」

「だったらちょうどいい。俺がその大将だ」

「ほう……」

「地上人と竜族、どっちの方が強いのかここで決めようぜ」

「面白い」


 シャ・リューは槍を構えた。


 少年の右手にエネルギーが収束し、剣が発現した。


「この私に一騎打ちを挑むとは、相当に自信があるようだな」

「どうだろうな。ただ、お前を倒さなきゃこっちの勝ちはありえないから戦うだけだ」

「よかろう。全力でかかってくるがよい」

「おう。――いくぜ」


 少年の体勢が落ちた。


 シャ・リューが槍を構える。少年が踏み込む。


 両者の武器が激突し、闘争の火花が切って落とされた。


     †


 キリカはビルの屋上から攻撃を仕掛けつつ、一川(いちのがわ)の様子を見ていた。


 竜族は橋の崩落に動揺を見せたが、すぐに立ち直った。川を飛び越えてくる兵士や、流れをものともせず渡ってくる奴もいる。


 やはり竜人にとってあの程度の流れはなんてこともないらしい。


 大通りではトドロとセッカを中心にした防衛線が張られ、上方から花山、アイネ、キリカが攻撃を行っている。


 灯希が敵の将軍にぶつかり、在歌は通りに出てきた。道路が三人、上が三人という配置に変わった。


 タイミングを見ながらフタマル式も砲撃を行っているが、このペースではもうすぐ残弾がなくなるはずだ。長期戦は避けたい。


 ――もういいな。やっちゃおう!


 とんどん渡河してくる敵兵を見て、キリカはここを勝負どころと判断した。


 子機を口に近づけて呼びかけた。


「時雨さん、出番だよ! R、Tの順番で作動お願い!」


『は、はいっ!』


 時雨の返事を聞くと、通信を切って橋の北側に目を向けた。


 赤い光の玉が飛んで、一川に落ちた。


 ――瞬間、水の上を真っ赤な炎が走った。それは橋の真下も通り、下流の方まで一気に広がっていった。


 開戦直後から、〈獣絞金油(オルアラ)〉の想術で複製した油を、時雨がずっと川に流し続けていたのだ。それが〈炎珠(イラ)〉により点火、すさまじい速度で延焼した。


 竜の悲鳴が響いた。川の前後にいた兵士が炎に焼かれてバタバタ倒れていく。〈獣絞金油〉の灼熱は竜族にもしっかり効いている。


「散々僕らの街を燃やしてくれたんだ。今度はこっちが炎をお返しするよ!」


 キリカは思わず叫んでいた。


 作戦はさらに次の段階に入る。

 時雨がうまくやってくれるとキリカは確信していた。


 ――さあ、あとは道路の敵を止めるだけだ!


 キリカは勢いづいて、真下へ火球を撃ち込んだ。


     †


 時雨は、川に広がっていく炎を見つめていた。


 自分は火炎系の想術を苦手としていた。それでも、使い方次第でこんな火力が出せるのだ。ちょっと信じられないくらいだった。


 ……今のがRだから、次はTだ!


 キリカの指示を思い出し、時雨は川の上流へ少しだけ歩いた。


 両手を胸の前で合わせ、幻界の地上に落ちる鬼の影をイメージする。もくもくと闇が膨れ上がって、人型を作っていく。〈黒尖兵(ジャールス)〉の想術により、全部で九体の兵士が発生した。


「みんな、お願いね」


 時雨は前方を指さした。


 兵士たちが一斉に川を渡っていく。


 草を踏みつぶし、ゆるい斜面を上がっていくと、その先の道路には三台の中型トラックが止められていた。荷台がアルミ製の箱型になっているタイプだ。それが後ろ向きで止められている。


 時雨は意識を集中して兵士を操作し、後輪に噛ませているタイヤストッパーを外させる。道はやや下り坂だ。トラックの車輪が少しずつ動き始める。


 影の兵士が九体、トラックが三台。

 時雨は一台につき三体つかせる。コースを外れないよう左右から調整する二体、フロントを押して加速させる一体だ。


 ……絶対に成功させてみせるっ!


 失敗したらみんなの命が危険に晒される。みんなの力になりたい。――そして、戦いに勝ったら、褒めてもらいたい。自分だって戦力になるんだと、認めてもらいたい。こんな時に自分勝手すぎるのは自覚している。でも、みんなに戦いを任せてばかりの自分でいるのはもう嫌だ。役に立ちたい、この状況だからこそ!


「さあ、押して!」


 影の兵士たちがトラックを押していく。いい調子だ。まっすぐ進んでいる。時雨も来た道を引き返していった。草に足を取られて転びそうになるが、なんとかこらえて、兵士のコントロールにだけ意識を傾けた。


 トラックはどんどん加速していく。


 げあっ、げああっ、と竜族軍がこちらに気づいた。だけどもう遅い。トラックのスピードはかなり上がっている。


「いっけええええええ!」


 時雨は叫んでいた。


 トラックが兵士の手を離れた。


 川沿いの道路は竜兵であふれかえっている。外す心配だけは絶対にない。


 そして、トラックはコンテナの方から群れに突っ込んでいった。兵士がなぎ倒され、あるいは轢き倒された。


 兵士が密集しすぎているせいで、トラックはすぐに止まった。停止の反動でコンテナのドアが勢いよく開く。ロックはかけていなかった。


 ――ここが勝負っ!


 時雨は影の兵士たちに突撃を命じた。


 彼らは倒れた竜兵を踏み越えてコンテナの中を目指す。途中で三体がやられた。しかし、無事だった兵士が入り込んだのを、時雨はちゃんと確認した。


 ――刺突!


 さらなる命令に兵士が従う。右腕を剣に変化させた。


 コンテナの中には、ホテルで使われている観賞魚用の大型水槽が重ねて入れられていた。


 兵士が剣で水槽を切り裂く。ガラスが割れて、入っていたガソリンが道路に流れ出した。二台目、三台目のトラックも水槽を割ることに成功する。


 ガソリンはたちまち道路にあふれて、竜兵の足を滑らせる。


 時雨は〈源生眼(シアル)〉で視力を強化し、ガソリンが敵陣深くまで流れていくのを確認した。その時にはもう、影の兵士たちは全滅していた。


 しかし、彼らのおかげで次の手が使える。


 時雨は〈炸炎珠(フラーボル)〉を発現した。火球を対岸に投げつける――着弾! 道路が火の海に変わり、密集していた竜族軍はとんでもない混乱に陥った。倒れる兵士、逃げる兵士、川に落ちていく兵士……。


 川と対岸はすべて火に包まれ、竜族は戦線を維持できなくなった。鳴き声が飛び交い、兵士たちが後方へ下がっていく。


 ――やった!


 時雨は思わずガッツポーズした。


 与えられた使命はこれで果たした。成功したのだ。


 早くみんなのところに戻ろう。自分も加勢して、敵を一気に押し返すのだ。


 時雨は斜面を駆け上がった。


「火計を行ったのは貴様か」


「うっ――⁉」


 そして、いきなり首を掴まれた。


 そこに立っていたのは、前にも一度見た竜族――ガルネア族長だった。


「鮮やかな手際だった。ゆえに、貴様には死んでもらう」


 首を絞める手に、力が加わった。


「あ、かっ……」


 時雨の足が宙に浮いた。ばたつかせても地面に当たらない。彼女は両手で、相手の右手を掴んだ。ざらざらした鱗の感触。この腕力には勝てっこない。


 だけど。


 何度も同じようにやられるわけにはいかない。


 すでに一度、堕天使にも同じことをされているのだ。そこから何も学習できなかった――ではこの先を生きていけない。


「くううううっ……」


 時雨は敵の右腕を強く握りしめた。


「むっ――」


 警戒したのか、ガルネアの左腕が動いた。


 だが腕を掴んだのは囮。本当の狙いはこっちだ――!


 時雨は目に想波を集め、思いっきり見開いた。


 夜明け前の闇が、わずかな間だけ振り払われた。真っ白な光が辺りを染め上げ、あらゆる生物から完全に視界を奪う。


 時雨の持つサポート系想術の中で、とっさに使えると判断できたのはこの〈白閃(ミネイ)〉だけだった。


「かぁっ……」


 閃光を食らい、ガルネアの握力が弱くなった。


 時雨は持てる最大の力を発揮して指をほどき、駆け出した。


「ううっ……、みんな……」


 相手が回復する前に離れなければ。時雨は走った。ただひたすら走った。狭い路地を駆け抜け、大通りへ飛び出す。


「おおっ、時雨さんご無事で!」


 右手にトドロの姿が見えた。在歌とセッカも近くに立っている。竜族軍は三人の向こうだ。


 ――戻って、こられた……。


 時雨は座り込みそうになったが、懸命にこらえた。

 まだ戦いは終わっていないのだ。


「時雨!」


 在歌が走ってきた。


「襲われたのね? よく逃げ切ったわ、えらい」


 彼女はいたわるように言って、頭を撫でてくれた。


「時雨のおかげで後続が完全に切れたの。大戦果よ!」


「そっか……、よかったよぅ……」


 泣きそうな声になってしまう。


「ああもう、よしよし。時雨、あなた最高よ」


 在歌が、今度は抱きしめて背中をさすってくれる。


「さあ、フタマル式のところまで下がってシーナと合流して。あなたの活躍、絶対ムダにはしないからね」


「うん、お願い……」


「任せなさい!」


 在歌はグッと親指を立ててみせた。

 時雨もやっと笑顔を取り戻し、親指を立てて返した。

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