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ダイアモンド・ベイビーズ  作者: 雨地草太郎
新東京攻防戦
3/50

新東京市街戦(3)

「灯希!」


 背後から呼ぶ声がした。

 全壊した民家の向こうから、時雨に肩を貸した在歌がやってきた。時雨はダメージが深く、明るい表情も無理して作っているように見えた。


「灯希君、来て、くれたんですね……。おかげで、救われました……」

「ああ、間に合ってよかったよ」

「……出てきてくれたんですね」

「在歌がしつこかったからな」

「なっ、あたしそんなにしつこくは言わなかったでしょ⁉」

「灯希くーん、ねえ灯希くーんってまとわりついてきただろ」

「やってない! 捏造すんな!」


 バシバシと腕を叩かれる。

 こうしてやり取りをするのも、本当に久しぶりのことだった。


「それにしても、すごいですね……。わたしなんて、全然かなわなかったのに……」

「うん、あたしもびっくりしたわ。本当にここまで変わってるなんて」

「本人が一番びっくりしてるよ」


 四年間のブランクなんてこれっぽっちもなかった。


「まあこれで、戦力になるって証明はできたよな。この調子でどんどんガイアの使いをぶっ潰してやるよ」


「なんか、勝てる気がしてきた」

 在歌が嬉しそうに言う。


「そうですね。在歌ちゃんが戻ってこなかったら、どうしようかと思ったんですけど……」

「時間がかかったのは本当に悪かったわ。まさか時雨一人で戦ってるとは思わなくて」

「相手に、チームを分断されてしまったんです……。奴ら、前よりもずっと賢いですよ……」

 傷が痛むようで、時雨は話すたびにつらそうな顔をする。


「とにかく、どこか休める場所を探そう。時雨の手当てをしないと」

「そうね。そのあとみんなと合流しましょ」

「すみません……足手まといで……」

「なに言ってんの。あんたは大切なムードメーカーなんだから、こんなところで死なせないわよ」

「あはは……、もう戦闘は諦められてる……はは、あ、いたたた……」

「とにかく進もう」


 灯希は在歌に歩調を合わせて歩いた。彼女が時雨に左肩を貸しているので右側を歩く。本当は彼が時雨を抱きかかえて歩くのが一番早いのだが、彼女の服がボロボロに破れて肌が露出しているので、言い出しづらいのだった。


 三人は半壊した民家の陰に移動した。


「時雨、ちょっと沁みるけど我慢しなさいよ」

「う、うん」


 灯希が周囲を警戒している横で、地面に座り込んだ在歌と時雨が話している。在歌が時雨の太ももの傷に触れる。右手が青く発光し、水色の泡がぼこぼこと噴き出した。


「うぐっ、い、いたっ……くうぅ……」


 時雨が片目を閉じて苦しそうに呻く。水色の泡が時雨の太ももを覆って、じゅわじゅわと音を立てる。


 数十秒もその状態が続いたあと、在歌が泡を消し去った。


 傷跡が完全に消滅している。


「さすが、手際いいな」

「まあ、このくらいはね」


 外傷を治癒する〈傷癒泡(メディブル)〉の想術が、在歌は以前から得意だった。


 ガイアの使いが持っている水晶を覗き、ガイナーはガイアの親指内部の世界――幻界(げんかい)の風景を見る。


 風景を見るには想波を大量に消費するため、長時間見てはいられない。限られた時間の中でいかに多くの光景を記憶に焼きつけるか。それがガイナーにとって重要なのだ。どの区域の光景が見えるかも、法則性がわからず毎回バラバラだから、ガイナーが使える想術の種類にも差が出る。


 以前在歌が覗いた時、泉の風景が映り、そこでは現れた獣が泉から噴き出す泡で傷を癒している光景が見られた。おかげで彼女は〈傷癒泡〉を使えるようになったのだ。


 灯希がかつてのことを思い出しているうちに、在歌が時雨の傷をすべて治し終えていた。


「在歌ちゃん、ありがとうございます……」

「臓器とかへのダメージには効果ないみたいだから、あんまり無理しないように」

「わかりました」


 時雨は頷いて立ち上がった。それから灯希を見て、「あっ」と慌てて下腹を両手で押さえた。それでも服に開けられた穴が大きすぎて、白い肌は隠しきれていない。


「お見苦しいものを……」

 顔が真っ赤になっている。


「いや……ごちそうさまです」

「え?」

「いやなんでもない」

 とにかく、と灯希は話の矛先をそらす。

「服を探した方がいいと思うな」

「そうね、そんな恰好じゃ恥ずかしいでしょ」

「でも、余計なことに時間をかけていては……」

「じゃあその格好でみんなに会いに行ける?」

「……行けません」

「だったら探しましょ。確かこの先の交差点にファッションセンターがあったはず」

「本当にすみません……」

「いいのいいの。ね、灯希」

「もちろんだ。行こうぜ」


 そうして三人は移動を始めた。


     †


 ファッションセンターも壊れかけていて、誰もいなかった。


 駐車場には逃げ遅れたと思わしき人の死体が二つほど見つかった。在歌と時雨が服を選びに行っている間、灯希は死体を人目につかない場所に移動させた。ガイアの使いの中には人肉を喜んで食う種族もいる。奴らに見つかってほしくなかった。


「遅くなりました!」


 一仕事終えたところに在歌と時雨が戻ってきた。時雨は膝上丈のスカートに半袖シャツという動きやすい服装になっていた。


「スカートでいいのか?」

「わたし、絶対スカート主義者なんです」

「こんな時までそんな主義……」

「いつ死ぬかわからないんですから、せめて好きな格好をしておきたいじゃないですか」

「……そっか」

 そういう考え方もある。


「よーし、それじゃあ進軍するわよ」

 在歌が気合の入った声で言う。


「まずはミツルギシまで行って――」

「どこだそれ」

「あ、灯希は知らないんだっけ。東京二十三区は終戦後の再編で消滅したのよ。今は二十二の市に分かれているの」


 そして、今から向かおうとしているのが三鶴木市という場所らしい。


「あたしたちは最初そこで襲われたの。まだあそこに残ってる仲間がいるはず」

「途中に、分断された仲間もいるはずです」

「わかった。近い順に合流していこう。案内よろしく」

「ええ、ついてきて」


     †


 香月(こうづき)花山(かざん)は正面を睨みつけていた。


 彼女の目の前に立っているのは真っ黒な存在だった。影が立体化して自立歩行している存在とでもいうのだろうか。


 目のあたりに丸い穴が開いていて、そのせいで表情があるように見えないこともない。ただし、ひどく虚ろだ。まさに彼らの種族名――虚人(きょじん)にふさわしい面構え。


 風が吹きつけて、花山のポニーテールを揺らした。虚人を挟んだ向こう側に立っている、キリカという少年がくれたシュシュで髪を結んでいる。


「我々の邪魔をするのか……」

 気だるそうに虚人が言う。

「地上人の居場所は、もうこの地にはない。去るがいい」


「そうはいかない」

 花山は冷たく言った。

「あとから現れた連中にやすやすと譲れるほど、人間は寛大じゃない」


「武力衝突もやむをえない、と言うのか」

「そう。少なくとも、私は戦うよ」

「よかろう。勝った者がこの地の所有者。実に明確である」

「花山……」

「キリカ、戦うのは私だけ。貴方は下がってて」

「でも――」

「死にたくないでしょ」


 キリカはためらった表情をしている。花山としてはどっちでもいい。自分はこいつと戦う。それだけだ。


 虚人の体から想波が噴き出した。尋常じゃない圧迫感が花山を襲う。一瞬、気力を抜かれかけた。体勢を落とし、戦う構えに入る。


 ――前のとは、違う。


 間抜けそうな顔からは想像できない想波の密度だ。下手をすれば一撃で殺される。

 花山は全身に〈鬼身(ボーガ)〉を纏った。


「ただの真似事であるな」

「――ッ⁉」


 虚人が目の前にいた。

 ほんのわずかな瞬間で距離を詰められている。花山はとっさに左へ跳んだ。虚人の腕が薙ぎ払いをかけてくる。躱して背後を取る。超至近距離から〈炮烈波(ヴォール)〉の想術を放つ。振り向いた虚人が広げた右手で受け止めた。


「なっ……」


 片手で止める?

 意味がわからない。


 前の戦争では確実に敵を葬ってきた〈炮烈波〉がたやすく防がれた。


 花山は地を蹴って殴りかかる。連続で両の拳を繰り出すが、虚人が合わせるように手を出してきて、すべて防がれる。


「実にゆっくりした動きであるな」

 しかも、余裕そうな話し方までしてくる。


「くっ、こいつ――!」


 花山はバックステップで距離を置き、再び〈炮烈波〉を撃ち込んだ。虚人は軽々と躱し、急接近してくる。


「ぐうっ」

 下からえぐるように伸びてくる虚人の右手が、花山の腹にめり込んだ。すさまじい威力に両足が一瞬、地面から浮く。ギリギリ倒れずに済んだが、大きく後退したところに追撃を許した。


 相手の回し蹴りが飛んできて左腕を直撃した。右へ体を傾けることでパワーを流し、骨折はかろうじて免れる。不安定な体勢から反撃を試みるが、虚人の方が速い。またしても懐の位置を取られる。右の拳が再び腹を捉え、左の拳が同じ場所に重なる。虚人の体がバネのように跳ねて、膝が花山の顎にヒットした。


 思考が強制的に遮断され、花山は背中から地面に倒れる。すぐに意識を取り戻したが、立ち上がるまではいかない。


 ――つ、強すぎる……。


 四年前の体験などただの戦争ごっこだったのではないかと思ってしまうほど、相手のレベルが違う。〈鬼身〉で体術を強化しているのについていけない。


「我は格闘を得意とする者なのである」


 虚人は花山を見下し、淡々と告げる。


「花山っ!」


 そんな敵の背後から声がした。

 キリカが虚人に突っ込んでくる。


「バカ、勝てるわけ――」


 キリカの右手が赤く光り、真っ赤な鎖が出現した。八本の鎖が空中で複雑な軌道を描いて虚人に殺到する。

 灼熱の鎖で相手を拘束する〈赤蜘鎖(チェレッダ)〉の想術。鎖は虚人の右手と左足に絡みついた。


「花山、撃って!」


 その声に反応して花山は起き上がった。

 片膝をついた状態からすべての想波を右手に集中させ、最高火力の〈炮烈波(ヴォール)〉を放つ。

 熱波が虚人を飲み込み、消滅させたかに見えた。

 が――


「無駄である」


 熱波と鎖を腕の一振りでかき消し、虚人は平然と立っていた。


 風が吹き、わずかに残された熱気をさらっていく。


 カチカチカチ、と音がした。そのとき初めて、花山は自分が震えていることに気づいた。


 何もかもが四年前とは異なっていた。

 状況も、敵の強さも。


 協力してくれる味方はキリカだけで、大人たちも、現代兵器もない。そして眼前にはたった一体の、しかし桁違いな強さを持つ存在が立っている。


 ――だけど、このままじゃ終われない……。


 海城在歌が――あのおせっかいが、颪島灯希を連れてくると言っていたのだ。


 花山は基本的に人間に興味がない。けれど、灯希だけは別だ。あの少年はいつだって花山の前に立って獅子奮迅の活躍をしてみせた。憧れていた時期だってあった。それだけに、彼が地上を去った時のショックは大きかった。


 灯希が帰ってくるというのなら、死ぬわけにはいかないのだ。


 ――こんな奴くらい、倒せなくてどうする?


 花山は、ゆらゆらと上体を揺らす虚人を睨みつけた。

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