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ダイアモンド・ベイビーズ  作者: 雨地草太郎
新東京攻防戦
29/50

イチカワ作戦(1)

 もうすぐ日が昇る。


 うっすらと明るくなってきた中で、シャ・リュー将軍は正面に街の姿を捉えていた。追っていた地上人どもはそこに逃げ込んだ。人の気配が確かにあるので、大勢がここにとどまっているはずである。大軍をもって一気に叩き潰したいところだ。


 街の手前を川が走っているので、どうしてもそこを渡る必要がある。


 だが……。


 シャ・リューは橋を睨んでいた。そこそこ横幅のある橋だ。あそこの防備が薄いとは考えにくい。自分が敵ならば伏兵を置くだろう。


 川は両岸とも緩やかな斜面になっている。足の長い草が生い茂っているため、歩いて抜けるには少々手間がかかるか。


 ……また降下隊が必要になりそうだな。


「将軍」


 騎竜を駆ってガルネアが現れた。


「傷はどうだ」

「回復いたしました。あの程度、大したことはございません」

「ならばよい。して、何かあったのか」

「最前線が突撃の命令をいただきたいと言っております」

「そうか。しかしこの地形だ、敵が潜んでいることは間違いない」

「我々と地上人ならば、こちらの方が夜目は利きます。この明るさならば不意打ちを受けても敵がどこにいるのか気づけます。それで五分五分かと」

「うむ……。法師を前に送り、突撃部隊の援護をさせよ。――複製者が固まっている。ここが勝負どころだ」

「心得ております」

「よい。――あまりに抵抗が激しければ私も前に出る。そのつもりでおれ」

「はっ」


 ガルネアが最前線へ向かった。


「複製者ども、決着をつけようではないか」


     †


「来た」


 それは堕天使の時と同じ、夜明け前の時間帯だった。花山が敵の接近を察知し、即座に各自が持ち場に着いた。


 ここまでの数時間、できる限りの準備はした。


 避難民やこの街にとどまっていた住人にも手伝ってもらい、役に立ちそうな物はとにかく前線に持っていった。


 敵の数は一〇〇〇を超える。


 それを九人のガイナーと三人の自衛隊員で防ごうというのだ。物資はどれだけあっても多いということはない。


 灯希は一川橋から離れた雑居ビルの屋上にいた。キリカも同じ位置にいる。


 橋から中央病院までまっすぐ続いていく中央通り。見通しが利くが、ビルの陰など死角も多い。迎え撃つにはこれらの地形をうまく使う必要がある。


 通りにはフタマル式戦車も待機している。その横にシーナ。彼女が戦車の護衛を担当する。


「すげぇ数だな。一〇〇〇なんてもんじゃなさそうだが?」

「花山は一〇〇〇以上って言っただけだからね。あくまでめちゃくちゃ多いってニュアンスだから」

「そうだな……あれじゃ数えられるわけねえな」


 黒々と蠢く影を見て、灯希はため息をつく。


 敵影は川の正面を埋め尽くし、その向こうの道路まで続いていた。一川に架かっていた他の橋はすべて落としてある。それを見て敵がこの橋へ向かってくるかは賭けだった。だが、ひとまずその賭けには勝ったようだ。


 この圧倒的な戦力差を覆して勝利する。

 それが成功する確率は何パーセントくらいだろう。


「動くね」

 キリカが言った。


 竜族軍の中から、骨笛の重低音が響き始めた。


 グオオ、グオオォ、と呼応する声が充満する。


 やがてその声が喚声に変わった。


 先頭の歩兵が突撃を始めたのだ。


 同時に、川岸から光が発生した。〈炮烈波(ヴォール)〉の想術だ。そういえば竜法師という遠距離攻撃専門の竜族もいると聞いていた。


 熱波は対岸のビルを破壊していったが、反応するものはない。


 歩兵たちがどんどん中央通りへ入ってくる。キリカが子機を口に近づける。


「藤丸さん、来ました」


『了解。――全員に通達、現時刻よりイチカワ作戦を開始する』


 フタマル式の砲口が火を噴いた。中央通りで爆音と黒煙が上がる。砲弾は竜兵をまとめてなぎ倒し、道路に穴を開けた。


「よし、灯希君やろう!」

「おう!」


 キリカと灯希は屋上に並び、同時に〈炸炎珠(フラーボル)〉を放った。火球が道路ではじけ、歩兵を倒していく。


 近くのビルからは花山の〈砂礫錬貫槍(サドラス)〉が発現して竜兵を貫く。


 敵が密集しているので、一体転ぶだけでも進軍に影響が出る。まずはどんどん仕掛けていくのがベストだ。


 竜法師がビル屋上へ〈炮烈波(ヴォール)〉を撃ってきた。想波の位置からこちらの場所を割り出してきたのだ。狙われた花山は素早く隣のビルに移動する。


 フタマル式が二度目の砲撃を行った。道路の真ん中に着弾し、竜兵を吹っ飛ばす。


 だが、中には盾を持っている兵士もいた。衝撃を防ぎ、進んでくる。身軽な兵士も多く、砲弾や想術をギリギリで回避しながら進んでくる奴もいる。


『在歌です、法師が川を渡ったわ。注意して』


 無線から声が聞こえた。


 キリカが「了解」と返す。灯希以外の全員が無線で交信できるよう準備されていた。


 すぐ、大きな想波が近づいてくるのがわかった。そいつらが竜法師だ。


「ぶっ飛ばしてやる」


 灯希が下を見た瞬間、〈青尖氷槍(アクルピス)〉が飛んできた。灯希はのけぞって回避する。


「くそ、察知してやがる……」

「ビルを上がってくる奴はいないよね?」

「ああ、いなさそうだ」

「じゃあ、とにかく街の奥を目指すつもりかな」


 道路では想波が膨れ上がっている。


 竜法師がフタマル式に向けて〈炮烈波(ヴォール)〉を撃った。シーナが〈流砲(ミレイズ)〉で水流を放って熱波をかき消す。


 反対の屋上から花山が〈砂礫錬貫槍(サドラス)〉を使った。一本だけ複製して、狙撃手のように正確に放つ。竜法師が一体、背中を貫かれて倒れた。別の法師が屋上に〈炸炎珠(フラーボル)〉を放ったが、花山はもう別のビルへ移っている。


「真打登場ッ! 貴様ら覚悟しなさーいっ!」


 竜族軍とフタマル式の間にトドロが飛び出した。


 何度も味方の窮地を救った〈六花鹿鳴白輝晶(ノスタ・リウス)〉が発現。雪の結晶が竜兵に襲いかかり、胴体や四肢を切り裂いて倒す。そこに灯希とキリカ、花山が火炎系想術をぶつけて倒していく。


 灯希は川を見た。

 敵はまだ半分も渡ってきていない。


「まだ四割くらいかな」

「もうちょっと引き込みたいよな」

「そうだね。激しく抵抗しまくって、もっと兵を送り込まなきゃって気分にさせてやろう」


 地上人の猛攻を受けながらも、竜族軍はひるまず進んでくる。フタマル式は距離を詰められ、最初のポイントからやや後退した。


 やはり身体能力が高い。走る速度も人間とは比べ物にならないのだ。


 戦列の中から槍を持った竜兵が出てきた。一瞬ガルネアかと思ったが別の奴らしい。竜兵が槍を振り回してトドロに接近する。彼女は相手の突きを身軽に回避し、五回目の突きを躱して槍を掴んだ。


「ほあっ!」


 槍を奪い、逆に突き出して竜兵の腹を貫く。


 敵は倒れたが、続けて三体、四体とトドロに殺到する。


 だが彼女は焦ったりしない。敵の剣を槍でさばき、一体を突き、隣の奴を殴り、次の一匹には尖端で斬撃を加える。


「あいつ、なんでもできるな……」


 末恐ろしい少女だ。


 トドロが一体を突き伏せた直後、後ろから新手が迫った。トドロは左腕を上げる。彼女の脇の下を針が通過し、竜兵に突き立った。


 げあっ……と呻いて竜兵が倒れる。


「もう一人いるんだよね!」


 駆けつけてきたのはセッカだった。右手には〈想錬剣(エスワード)〉で複製した剣を持っている。道路はトドロとセッカが受け持ってくれた。迫りくる竜兵に果敢に立ち向かい、少しずつ仕留めていく。


 灯希たちは屋上から想術を連発するが、敵は前の兵士を押すようになだれ込んでくるので減っている気がしない。


「いったん退避であります!」


 トドロが大声を上げた。


 キリカが子機を構える。


「藤丸さん、動きます!」


 了解、と返事。


 トドロとセッカが道路の両脇に跳んで隠れた。


 同時にフタマル式が砲撃し、最前列の竜兵が一気に十数体倒れた。


『アイネっす、氷塊落としまーす』


 軽い調子の声が流れてくる。


 灯希たちの向かいのビルで巨大な氷塊が発生した。〈凍塊彗星(アグラス)〉により発現したかたまりが地面に落下していき、地響きが起きる。氷塊が道路の片側車線を封鎖し、竜兵を数多く下敷きにした。


 しかし敵の対応も早かった。後方からやや大型の竜兵が現れ、拳で氷塊を破砕する。やはり竜族の腕力は人間の常識で測ってはいけない。


 竜法師たちがそれぞれの方向へ〈炮烈波(ヴォール)〉を放った。アイネが移動し、花山も別の場所へ退避した。灯希たちも川の方へと動く。


「おい、もういいんじゃないか?」

「そうだね」


 キリカが子機を構えた。


「在歌さん、そろそろお願い」


『引き受けたわ』


 川岸の草むらが、一瞬赤く光った。


 直後、二筋の光が走る。


 同時発現した〈炮烈波(ヴォール)〉が一川橋の両端を撃ち抜き、崩落させた。


 橋の上にいた竜兵たちが一気に川に転落し、続こうとしていた兵士たちも巻き添えを食って斜面を転がり落ちた。奴らは押すように前を目指していたから、前列の兵士がどんどん突き飛ばされて一川へ転がっていく。


 竜族の隊列に困惑が見られた。渡り切ったばかりの兵士たちがみんな振り返っている。


「やった! まずは分断完了だ!」


 キリカが嬉しそうに言った。


「――よし、俺は在歌の援護に行く。攻撃続行で頼むぜ」

「オッケー、安心して行ってきて」


 灯希はビルを飛び移って川岸へ着地した。在歌が剣で竜兵を倒しながら斜面を上がってくる。


「在歌、こっちだ!」

「ええ!」


 在歌の伸ばしてきた手を、灯希はしっかり握りしめて引き寄せた。


 二人は追撃を回避して裏路地へ入る。


「これでガルネアかシャ・リューが動くかもしれない。そしたら俺はここから離脱する」


「わかってる。気をつけてよね」


 並走しながら在歌が言った。


「あなたが生きててくれなきゃなんの意味もないんだから」


 灯希は、その言葉をしっかり胸に刻みつけた。


「大丈夫だ。――俺は絶対に死なねえよ」

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