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ダイアモンド・ベイビーズ  作者: 雨地草太郎
新東京攻防戦
27/50

それぞれの夜

 ビル街を、竜族軍はゆっくり進んでいる。

 伝令の騎竜がシャ・リュー将軍のもとにやってきた。


「敵は川を越えて街に入りました。道を塞がれたため我が軍の進撃が遅れております」

「そうか……」


 シャ・リューは少し考えた。


 先行して複製者を狙ったガルネアも負傷した。奴は竜族の中でも上から数えた方が早い実力者だ。それがやられたのだから、やはり地上人は侮れない。


 これからどんどん暗くなっていく。無理に進んで奇襲を仕掛けられたら厄介だ。あの戦車とかいう兵器も民衆と合流したようだし、強行軍で成果を挙げられるとも思えない。


「歩きやすい道を探し、そちらから進む。先頭に伝えよ」

「承知いたしました」


 伝令が騎竜を走らせていった。


「決戦は明日、か……」


     †


 夜になっても、街は静かなままだった。


 竜族の軍勢が近くまで来ている様子もない。


 四年前の戦争で、セルナフカとはまた別の堕天使が空襲を仕掛けてきた。それによって隅田川に支流が生まれた。戦後、巨大な溝は整備されて川となり、一川(いちのがわ)と名付けられた。その川の東側に広がるのが、ここ一川市である。


 民衆を追いかけてきているのだから、竜族も西側から現れるはずだ。街に入るためには一川に架けられた橋を渡る必要がある。そのため、今は一川橋をトドロが見張ってくれている。


「ああ、やっと安眠した感じだわ」


 夜十時を回った頃、在歌が病院から出てきた。後ろから花山もついてくる。二人とも服は血で汚れていたが、目立った傷はない。

 病室で〈傷癒泡(メディブル)〉をかけてきたらしい。


「灯希、あなたも起きたのね」

「おう、大変だったみたいだな」

「まあね。でもみんなよく歩いてくれたわ。全員を守り切れればよかったんだけど、うまくはいかないものよね……」


 竜兵の降下部隊によって、十数人の犠牲が出ていた。


「でもあれだけの人数をよく動かしきったと思うぜ」

「あたしも、正直もっと被害が出るかもって覚悟はしてた」

「キリカから話は聞いたよ、お前がまとめてくれたって。ありがとな」


 灯希は在歌の頭を撫でる。


「ちょっ、灯希……⁉」


 彼女は驚いたような声を出した。そこでようやく、灯希は自分の無意識の行為に焦って手を離した。


「す、すまん。ついノリで……」

「う、ううん……別に、いいっていうか……」

「…………」

「…………」


 気まずい沈黙が挟まった。


 そんな二人を、花山がじっと見ていた。


 それから彼女は、ついついっとキリカの横に移動した。


「どうしたの?」


「…………」


 キリカの問いかけに、花山は上目遣いを返した。そして視線をちょっと外し、また上目遣いをする。チラッ、チラッ、と視線がキリカに飛ぶ。そうされているうちに、キリカはようやく悟ったらしい。


「ああ、うん……花山、本当にお疲れさま」


 キリカは花山の頭を撫でた。ちょっとさすって手を離す。花山はじっと無言でキリカを見つめている。見つめ続ける。


「あー……えっと、足りないかな?」


 キリカは花山の頭を何度も撫でた。花山の目がやや閉じられて、とても心地よさそうな顔に変わる。唇の端がちょっと上がった。彼女がそんな表情を見せるのは初めてのことだった。


 ……おい、完全に落ちてるじゃねぇかよ。


 灯希は文句を言いたくなった。


 キリカがこちらに困った顔を向けてくる。


 灯希は、

 ――好感度は振り切れてる、このチャンスは絶対に逃すな、逃せば確実に後悔する、お前のためにも花山のためにもここは全部受け入れるべきだ――

 と若干怨念のこもった視線をキリカに返した。


「あのー!」

 時雨が中央通りの方から歩いてきた。

「銭湯が使えることがわかりましたー!」


「え、ホントに?」

 在歌が嬉しそうな声を出した。


「はい、ソーラーパネルが無事だったので使えるみたいです」

「いいわね、入りに行きましょ! あたし、もう血でベトベト」

「私も」

「俺も入っときたいな」

「もうけっこう入ってないもんねえ」


 とはいえ全員で入ると急襲に対応できなくなるので、男女で分かれて見張りを行うことになった。


     †


「ふあー」


 在歌は湯船に浸かって脱力した声を出した。


「やっぱり、人間にはお風呂って必要だわー」


「そうですねえ」

 隣で時雨が言う。


 他にも入っている女性が何人かいて、それぞれの話題に興じている。


 温かい湯と、もくもくと上がる湯気に包まれていると、それだけで戦いの疲れが癒されていく。〈傷癒泡(メディブル)〉で傷を塞いだからどこにも沁みたりしないし、湯を汚す心配もない。


「それにしても……」


 在歌は一緒に入っている三人を見る。視線は、どうしても胸に行く。


 時雨は言わずもがなだが、花山はそれより主張しているし、年下のトドロですら、すでにけっこう出てきている。


「あたし、もう成長しないのかな……」

 思わずつぶやいてしまった。


「平たい方が楽でしょ」


「ちょっと、喧嘩売ってるわけ⁉」


 花山の容赦ない突き刺しっぷりに在歌は大声を上げた。


「ま、まあまあ、在歌ちゃん落ち着いて」


 そういう時雨の胸の上を、雫が滑っていく。


「くっ、これが強者の余裕……」


「灯希は大きい方が好きなのかな」

「え?」

「気になるんじゃないの?」

「なっ……ならないわよ! 別にそんなの気にならない!」

「ふーん」


 花山が細目で見つめてくる。


「灯希のこと、気にしてないの?」

「う、そ、それは……」


 返事に詰まった。


 灯希に対して持っているこの感情がなんなのか、自分でも説明できないのだった。仲間としての意識? ただの友達関係? それとも憧れ? あるいは……恋愛感情――


「いや、ないでしょ!」


「急に大声出さないで」

「あたしはその、灯希はただの戦友としか思ってないから! それ以上は別に……」

「まあなんでもいいけどね」

「ちょっ⁉ 自分から振っといてそれはないんじゃない⁉」

「うるさい。静かに」

「くっ……!」


「ですが在歌さん」

 トドロが輪に入ってきた。


「状況が状況ですし、素直になってしまってもいいと思いますが」


 ごふっ、と在歌は吐血しかけた。


「と、年下に諭されるとか……」


「でも、素直になってもまな板に興味はないとか言われるかもね」


「か、花山ちゃんってけっこうSっ気あるよね……」

 時雨がちょっと引いている。


「もういい……まな板は死ぬ運命なのよ……」

「在歌さん、悲観的になりすぎでは……」

「大きいのにあやかってみる?」

「え?」

「はいどうぞ」

「むぐっ――⁉」


 在歌の顔が引き寄せられて、花山の胸に沈み込んでいた。


 ……あ、すごい、あったかい……。


 なぜかとても安心してしまった。


「花山ちゃん、すごい……」

「恐れ知らずの行為ですな……」

 時雨とトドロが感心したように言っている。


 在歌はすべてがどうでもよくなっていた。


 ……あー、このままもう一回眠りたいわ……。


 同性の胸の中で癒されるのも悪くないな、と思った在歌だった。


     †


「……女性陣の風呂、長すぎじゃねえか?」

「しょうがないよ。もうちょっと耐えよう」


 銭湯の外、街の外れでは男二人が夜風に吹かれていた。

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