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ダイアモンド・ベイビーズ  作者: 雨地草太郎
新東京攻防戦
25/50

少女たちの撤退戦(3)

 在歌たちの前に姿を現したのは、陸上自衛隊の最新式戦車だった。


 茶色と緑を基調とした戦車は、竜兵を踏みつぶしながら強引に方向転換した。そして跳ねるようにしてこちらへバックしてくる。


「みんな避けて!」


 在歌たちは慌てて散開した。


 戦車は在歌たちが立っていたやや手前までバックしてくると、そこから二度目の砲撃を行った。


 轟音が響き渡って大気が震える。在歌は耳をふさいでこらえた。


 砲弾は竜族の隊列後方で炸裂した。黒煙がだいぶ向こうに上がった。進軍を遅らせるには充分な威力だ。


 ハッチが開いて三十代と思われる男が顔を出した。


「大丈夫ですか!」


「平気です!」

 在歌が応じた。

「あたしたちはガイナーなので!」


「そうですか! 我々は東望(とうぼう)駐屯地から退避してきたのです!」

「こちらは東都駅の難民キャンプを攻撃されたので移動中です! 防御に適した一川市(いちのがわし)まで向かいます!」

「では我々も護衛に協力しましょう!」

「お願いします!」

「了解!」


「みんな聞いて!」

 エンジン音が大きいので在歌も大声を張る。

「あたしたちは戦車に近づく敵を片づけつつ、隊列にも攻撃を仕掛けましょう! それから上空に飛竜を見つけたら可能な範囲で攻撃して!」


「わかりましたー!」

 時雨が全力で返事をしてくれる。


「自衛隊と共同戦線……腕が鳴るのでありますっ!」

 トドロはテンションが上がっているようだ。


 在歌は戦車の側面から竜族の隊列を見た。


 彼らは突然現れた新戦力に戸惑っているようだ。すぐ進撃を再開しようとはしない。


 彼らの中から竜法師が数体出てきた。

 体の前で印を切って〈炮烈波(ヴォール)〉を放ってくる。


「迎撃っ!」

 在歌が叫ぶ。


 花山が〈炮烈波〉を撃ち返して相殺する。熱波が他にも飛んでくるが、キリカが〈限透明近青幕(メーテント)〉で二つ一気に吸収した。


「わたしだって……!」

 時雨が発動したのは〈飢餓煙(モークト)〉の想術だった。熱や火炎を食らう煙を発生させる術式だ。熱波が薄灰色の煙に巻かれて消滅する。


「今度はこちらの番でありますな!」

 トドロが両手で〈紅炮灼烈波(ヴォル・ゲイル)〉を放った。軌道上の竜兵が次々に呑まれていく。


「後退しましょう! 乗ってください!」

 自衛隊員がハッチから声をかけてくる。


 在歌たちはすぐに動いた。

 全員が戦車の車体に飛び乗る。これは四年前の作戦で何度もやったことだ。みんな流れは理解している。初めての経験だろうトドロもちゃんとついてきた。


 フタマル式が後退を始めた。砲身は依然として竜族軍を睨みつけている。


「自分は車長のフジマルと申します。藤原の藤に丸です」


 藤丸と名乗った自衛隊員が話しかけてきた。


「フタマル式にフジマルさんが乗ってるんですね」

「よく言われます」


 藤丸はにこっと笑った。夏場の演習を潜り抜けてきたのだろう、よく日焼けしていた。


「急な襲撃で駐屯地もめちゃくちゃになってしまいまして、避難者を探して移動中だったのです」

「無事な街はありましたか?」


 藤丸は首を振って否定する。


「残念ながら、ここまでに通った街はすべて攻撃された後でした」


「堕天使の部隊かしら……」


「だと思うよ」

 キリカが言った。

「先に拠点を破壊しておいて、生き残りを後から殲滅する考えなんだろう」


「そこまでして地上をほしがるなんて……」

「ガイアの親指の中はかなり狭いのかもね」


 フタマル式はすぐ民衆の最後尾に追いついた。


 戦車と、それに乗っているガイナーたちを見て民衆が歓声をあげた。ガイナーはぱっと見ではわからないが、戦車の存在は明確な心強さを生む。ここで来てくれて本当に助かった。


「敵の進軍が止まりましたね」

 藤丸が言う。


 確かに、竜族軍は十字路から先に入ってこない。こちらの砲撃を警戒しているのか、それとも別の手があるのか――


 在歌は上空に目をやった。


「来た! 飛竜がいるわ!」


 空を指さす。さっきの飛竜がまたしても飛んできた。


 花山が〈炸炎珠(フラーボル)〉を撃ったが、高速で回避される。


「ここで撃ち落とさないと厄介だ」

 キリカも同じ想術で火球を作って撃ち込む。在歌は〈青尖氷槍(アクルピス)〉を六本発現させて飛ばした。一本が竜の左足をとらえたが、ほぼ無反応だ。


「く……想像以上に面倒な相手だわ」


 飛竜の背中から竜族が降ってくる。一体だけだ。


 相手は雑居ビルの屋上に着地し、俊敏な動きでこちらに飛んできた。緑の鱗。片手に剣を持った姿には見覚えがある。


 ――ガルネア!


 東都駅を奪った時に戦った竜族の族長だった。


「藤丸さんハッチ閉めて!」

「あ、はい!」


 閉まったハッチの上にガルネアが着地した。


「面倒な物を持ち出してくるではないか」


 いきなり斬りかかってくる。在歌は躱そうとしてバランスを崩し、車体から転落した。地面に肩から落ちて頭を打つ。わずかに視界が白く染まった。


「在歌ちゃん!」

 時雨が飛び降りて走ってくる。正しい判断だ。彼女の腕ではガルネアにはかなわないだろう。


 車体の上では花山とトドロがガルネアと戦っている。花山が〈竜四肢(ドラテア)〉を使って殴りかかっているが、あまりダメージは与えられていないようだ。


「在歌ちゃん、大丈夫ですか⁉」

「平気、ただ落っこちただけだから。すぐ戻って援護するわよ」

「ですね!」


 在歌と時雨は戦車を追いかけた。直線上に花山とトドロが重ならない瞬間を狙う。


 ――今っ!


 在歌は〈炮烈波(ヴォール)〉を放った。ガルネアの背中に熱波が命中する。相手は大きくバランスを崩した。


「であああああっ」

想錬剣(エスワード)〉で複製した剣を使いトドロが斬りかかる。ガルネアは強引に受けた。二つの剣が激しく打ち合って火花が散る。


「小娘がっ!」

「うあっ――」

 トドロの脇腹に斬撃が入った。彼女は横に傾いて戦車から落ちていった。


「このっ……」

 背後から拳を浴びせた花山だったが、振り返りざまに左手で受け止められる。ガルネアが握力を込めて、花山が呻いた。むりやり手を抜こうとすると、ガルネアがパッと離した。そのせいで花山が体勢を崩す。追撃の蹴りが花山の胸に叩き込まれた。


「がはっ!」

 花山はビルの壁に叩きつけられ、地面に落ちてきた。


「あたしが花山に行くわ! 時雨はトドロを!」

「は、はい!」


 在歌は花山に駆け寄って抱き起こす。


「花山、しっかり!」

「平気だか、ら……」


 ぐっ、と花山が呻き、激しく咳き込んだ。つばに混じって血が飛び出す。


「うわっ!」

 さらに声がした。キリカも剣の刺突で肩を突かれ、戦車から転落した。


 ガルネアが車体から跳んで、在歌たちの前に着地する。


「貴様らだけでも殺しておこう」


 竜の体勢が下がり――もう懐を取られていた。斬撃が迫る。在歌は〈竜四肢(ドラテア)〉を左手に宿す。竜の皮膚をイメージして腕を硬化、剣を受け止めた。ガルネアが剣を手放す。一歩前にくる。右の拳が在歌の腹に入り、続いて左、右、左と容赦のない拳を食らう。腹、胸、肩とまんべんなく打ち抜かれて意識が飛びかける。大きく後ずさったところに渾身の一撃を叩き込まれ、在歌の体がビルの壁に激突した。体は崩れ落ちていかない。パワーが強すぎて壁にめり込んでいるのだ。


「あ、ぅ……」


 力が入らず、口からだらだらと血がこぼれた。


「在歌っ」


 花山が駆け出そうとしたが、その前にガルネアが立ちはだかる。彼は何も言わず襲いかかった。右手が伸びて花山の首を掴む。そのまま体をひねる。花山の体が半円を描いて地面に叩きつけられた。ガルネアが剣を拾い、花山に突き刺そうとする。


「させませんよっ!」


 トドロが叫んで〈炮烈波(ヴォール)〉を放った。刀身が熱を浴びて溶け落ちる。ガルネアはひるまず、剣の柄を投げつけた。


「うっ――!」


 竜が物を投げればなんでも弾丸になる。剣の柄がトドロの額を直撃した。小さな体が後方に吹っ飛んで地面を転がり、動かなくなる。


 呆然と立ち尽くす時雨が次の標的だった。ガルネアが時雨の顔に手を伸ばした。大きな手が時雨の顔面を掴んで持ち上げる。時雨が暴れるがびくともしない。彼は時雨の体を振り下ろした――花山の真上に。人体が叩きつけられて花山が獣のような唸り声をあげた。


「このやろっ……」


 キリカが〈赤蜘鎖(チェレッダ)〉の想術を発動させた。六本の鎖が多方向から接近してガルネアを拘束する。相手の四肢の自由を奪った――

「くだらん」

 ――のは一秒足らずの間だけだった。鎖がたやすく引きちぎられ、キリカは相手の接近を許した。腕を掴まれ放り投げられる。キリカの体が上空を舞って、ビルの看板を突き破る。彼の体は在歌のすぐ横に落ちてきた。激突の衝撃でメガネが割れ、左腕がおかしな方向に曲がっている。


 ……勝負に、ならない……。


 竜族は遠距離攻撃を苦手としているが、接近戦には非常に強い。まさにそれを見せつけられていた。兵士級の相手ならいくらでもできるのに、族長級が相手だと五人がかりでも倒せない。


 東都駅で、花山と二人でこいつに挑んだのはあまりに無茶な行為だったのだ。あそこで灯希が戻ってこなかったら確実に殺されていた。


 在歌はちらりと戦車を見た。

 フタマル式は後退を続けている。ガイナーと市民、どちらを優先すべきか、彼らはちゃんと理解してくれている。


 ……まだ、時間が足りない……。


 五人から興味をなくせば、ガルネアは民衆の追撃に移るはずだ。もっと時間を稼がなければ。


 左手方向から怒声が上がった。


 竜歩兵の進撃が再開されたのだ。射線上に在歌たちがいるから、フタマル式は砲撃しないだろう。そこを突いてくるつもりなのだ。


 ……どう、すれば……。


 灯希には頼れない。絶望的な状況だった。


「在歌、さん……」


 キリカの声がした。


「な、に……」

「あと、一回だけ、あいつを止められない、かな……」

「……策があるの?」

「賭け、かな……」


 そう提案されたら、在歌の選択肢は一つしかない。


「やってみる……」


 在歌は全身に〈竜四肢(ドラテア)〉を纏わせた。竜の超力を得ることで意識を強制的に覚醒させる。


 ガルネアが振り返った。


「ほう、まだやる気か」

「……当たり前、でしょ」

「呼吸もまともにできぬ者の言葉ではないな」


 ガルネアが歩いてくる。在歌が〈炸炎珠(フラーボル)〉を作ろうとした瞬間、正面を取られた。拳が伸びてきてみぞおちに入り、息ができなくなった。しかし倒れるのだけはこらえた。絶対に膝はついてやらない。在歌は涙のにじむ目で相手を睨みつける。だが相手は非情だ。右手が手刀を作って迫ってくる。爪が胸の真下に刺さった。


「あ、がっ……!」

「敵は殺すのみ」


 ガルネアの爪が引き抜かれ、在歌の首の前で止まる。それを突き込まれたら確実に死ぬ。


 駄目だ、もう抵抗できない――。


 在歌が目を閉じた瞬間、背後で想波が膨張した。


「む?」


 キリカが立ち上がっていた。


「うおおおおおおおおおっ!」


 彼は全力の〈炮烈波(ヴォール)〉を放つ。熱波が道路脇の七階建てビルを斜めに貫通した。根元に大穴を開けられ、ビルが地響きを立て始めた。どんどん傾いてこちら側に倒れてくる。


「これ以上は進ませねえええええええっ!」


 キリカらしくもない絶叫。彼は〈炮烈波〉を撃ちまくった。ビルが次々にこちらの通りへ倒れてくる。瓦礫が山と積み重なって、竜族の進路を完全に遮断した。


「おのれ、小僧め……」


 ガルネアが在歌から手を離した。


 キリカに向かおうとした彼の背中を、一本の槍が貫いた。


「なに……?」


 それは〈想錬槍(エルアンス)〉で複製したと思わしき槍だった。


 在歌は片膝をついて、後方に目をやった。戦車の脇に立っているのは、黒髪の少女――セッカだった。彼女は意識を取り戻し、〈竜四肢(ドラテア)〉で強化した腕力を使い、槍を投げたのだ。


「ぐ……、私としたことが、不覚……」


 ガルネアはよろめきながら、瓦礫の方へ歩いていった。


「決着は持ち越しだ……」


 彼はそうつぶやき、瓦礫の山を越えていった。


 ガルネアの姿が消えていく。


 セッカは回復したわけではなかったらしく、ガルネアの撤退を見届けた瞬間、倒れ込んでしまった。


 彼女が来てくれなかったら、みんな殺されていただろう。青南市での借りはしっかり返してもらったというわけだ。


「みんな、立てる……?」


「な、なんとか……」

 時雨が立ち上がり、花山を抱え起こした。


「トドロちゃんは、僕が……」

 キリカがふらつきながら歩いていき、トドロを背負った。


 五人で戦車のところまで戻り、在歌が倒れているセッカを抱えた。傷が重すぎて、歩くだけでもひどくつらい。


 しかし、ここが踏ん張りどころだ。


 倒壊したビルのせいで、敵の進軍は遅れる。今のうちに距離を稼ぐのだ。


 在歌は自分を奮い立たせた。


     †


 それから歩くこと一時間以上。


 一行は、ついに一川市にたどり着いた。

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