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ダイアモンド・ベイビーズ  作者: 雨地草太郎
新東京攻防戦
24/50

少女たちの撤退戦(2)

 竜族の将軍、シャ・リューは隊列の最後尾で騎竜に乗っていた。


 ……まさか本当に敗れるとはな。


 偵察兵からセルナフカの敗北を聞き、シャ・リューはすぐに軍勢を動かした。海沿いの街にはすでに大部隊を上陸させていたので、あとはどこに向かうかを決めるだけだった。そこで、どうも堕天使軍が苦戦しているようだとの報告があったので、彼らの辿った道を北上していった。


 ……地上人ながら大したものだ。


 シャ・リューは感心せずにはいられなかった。セルナフカは相当な腕の持ち主だ。たとえ彼に油断があったとしても、地上人には倒せないと思っていた。だが奴らの力は想像以上だった。


 ……礼を言うぞ。


 シャ・リューは内心で笑った。


 これで東京攻撃部隊の全指揮権がシャ・リューのものになったのだ。セルナフカとはどうにも性格が合わなかった。それを消し去ってくれたのだから、地上人には感謝したいくらいだ。


 ……まあ、これから叩き潰してしまうのだがな。


 前方から伝令の騎竜兵がやってくる。


「敵は民衆を連れて大規模な移動を開始したようです」

「つかず離れずでついてゆけ。敵の中に脱落者が出始めた頃に突撃を開始せよ。速度に変化が出なければ降下隊を使え」

「承知いたしました」


 伝令が来た道を戻っていく。


 ……戦場とは非情な場所なのだ。


 敵は皆殺しにし、通り過ぎるのみ。それが竜族のやり方だ。堕天使どものように、敗者に群がって尊厳を犯すようなやり方は好まない。


 ……悪く思うな、地上人よ。


     †


 竜族の隊列には変化が見られた。


 先頭の兵士が変わっているのだ。首から数珠のような物をさげた竜族が横一列に並んで進んでくる。歩兵はその後ろだ。

 数珠を持った竜兵は口の前に右手を持っていって、何かを唱えているように見える。


 大軍だけでも圧力が尋常じゃないのに、あんな不気味な兵士までいられたらますます気力が削がれる。


「なかなか進んでいかないわね」

「仕方のないことだ。何せ突然だったからね」

「関城さん、眠れました?」

「多少は。少なくとも行動するのに支障はないよ」


 多くの民衆はきっとそうではないのだろう。眠れず、体力を消耗した状態で歩いているはずだ。最初の襲撃から、安心して眠れる時間など誰もとれていないはずだった。


「在歌」

 花山が声をかけてきた。

「どうかした?」

「少し攻撃した方がいいかも」

「……確かに」


 竜の軍勢はやや歩調を上げてきた。あれが一斉に走り出したらすべてが手遅れになる。あれだけ密集しているのだ。先頭が転べば後方の進軍にも影響が出るだろう。


「よし、やってやろうじゃないの」

「自分も手伝うであります!」

「待って、トドロは手を出さないで」

「なぜですっ⁉」

 ショックを受けた顔だった。

「あなたの攻撃は広い範囲に届くから、本当にまずい状況になるまで温存しておきたいのよ」

「はあ……」


 納得いかない顔をしているが、ここは我慢してもらいたい。

 トドロはすでに高火力の想術を連発しているのだ。いつ限界が来てもおかしくないと在歌は考えていた。


 在歌と花山は最後尾から離れた。


 迫りくる竜族軍に対し、同時に〈炸炎珠(フラーボル)〉を発現して放つ。狙いは先頭の足元だった。火球が飛んでいき、路面に着弾――

「え?」

 ――しなかった。


 数珠を持つ竜兵が右手で印を切ったのだ。透明な幕が膨れ上がって火球を飲み込み、消滅させた。遠距離攻撃系の想術を吸収する〈限透明近青幕(メーテント)〉だ。


「あいつら竜法師(りゅうほうし)か」

 花山が冷静に言う。

「やっぱり考えて列を組んでるね。だったらもっと上を狙おう」

「上?」

「灯希がやってたでしょ。〈炸炎珠(フラーボル)〉に別の想術を当てて火の雨を降らせるやつ」

「あ、ああ、そうね」

「じゃあ在歌が先やって」

「……わかった」


 在歌は〈炸炎珠〉を練り上げる。さっきより巨大な火球を作って、竜族の上空に飛ばした。


 花山が追撃の〈炮烈波(ヴォール)〉を放つ。


 竜法師が反応した。一体が上空に〈炮烈波〉を撃つ。それが花山の熱波と激突して相打ちになった。火球の爆散は失敗に終わり、宙に舞った火球は〈流砲(ミレイズ)〉の水流によって消滅させられた。


「だめだ、守りに特化しすぎてる」

「何か、次の手を……」

「たぶん、何をやっても無駄撃ちになる。おとなしく退くべき」

「でも、このままじゃ……」

「じゃあここで想波を涸らす?」

「う……わかった……」


 それ以上の攻撃を諦め、在歌と花山は移動列に戻った。


 民衆たちは先を急いでいるはずだが、なかなか進んでいかない。竜族は歩くスピードを変えて、こちらと一定の距離を保っている。まだ攻め込んでくる気配はない。


「まいったな、こちらが疲れてくるのを待ってるんだ」

 関城が苦々しげに言った。額には汗が噴き出している。


 悔しいが、竜法師がいる以上、有効な反撃が出せない。


 在歌たちはただ歩くしかなかった。


 民衆の列は懸命に前へ進んでいる。後方で竜が吹き鳴らす笛の音が聞こえるのだろう。恐怖心がエネルギーを生んでいるのだ。


 やがて巨大な十字路にぶつかった。


 標識を見る。正面へ進めば一川市(いちのがわし)だ。左へ行けばまだ無事な街があるかもしれないが、そこにあの大軍を連れていくわけにはいかない。


 トドロがぴょんぴょん飛び跳ねて前の様子を確認している。


「どんな様子?」

「やっと半分が十字路を渡ったところですね。我々があそこに着くまでにはもうちょっとかかりそうであります」

「時間がかかりすぎるわ。このままだと――」


 竜の吼える声が響き渡った。


 上空に目をやる。――またあの飛竜だ。


「まずいっ、降下部隊が来るわ!」


 飛竜が十字路の上を滑空していった。その背中から竜兵が飛び降りてくる。笛が一際強く吹き鳴らされた。


 雄たけびが上がり、背後の歩兵たちが突撃を開始した。


「仕掛けられたね」

「いやいやいや、クールに言ってる場合じゃないでしょ⁉ 下手したら皆殺しにされるのよ⁉」

「戦うしかない」

 花山は振り返った。

「竜法師は先頭を譲ったみたいだし」


「おーい誰かっ!」

 列の横からキリカが走ってきた。


「僕が〈黒尖兵(ジャールス)〉で向こうを足止めする! だから誰か降下部隊の相手を頼めないか⁉」


「自分が行きましょうっ!」

 言うが早いか、トドロが前方へ走っていった。


「とにかく食い止めるんだ。十字路さえ越えてしまえば、相手は狭い道路の一方向からしか攻め込めなくなる」


 キリカが胸の前で握り拳を合わせ、影の兵士を大量に発生させる。右腕がそのまま剣の形をした人型の兵士。


「行け!」

 出現したのは三十体ほどだった。それだけでもかなりの技量だが、この状況では明らかに兵力が足りていない。


「在歌、援護するよ」

「ええ!」


 在歌が〈青尖氷槍(アクルピス)〉を、花山が〈砂礫錬貫槍(サドラス)〉をそれぞれ発現。

 氷の槍と砂の槍が竜兵を貫いて倒していく。敵の隊列が乱れるが、死体を踏み越えて次の兵士たちが突っ込んでくる。そいつらはキリカの影兵(えいへい)が引き受けた。果敢に剣を振るって竜族と打ち合う。


 在歌は〈炸炎珠(フラーボル)〉を上空に放つ。角度は浅めだ。火球は山なりの軌道を描いて隊列の真ん中に着弾した。爆風が生まれ、炎がはじけて竜族が倒れていく。


 キリカは休みなく兵士を発生させて前線に送り込む。だが、やられる数の方が多く、生成が間に合っていない。


「できるかな……」

 花山がつぶやいて右手を出した。

 右腕で風が渦を巻き始める。


「はあああああああっ!」


 花山が大声とともに竜巻を撃ち出した。〈旋浄渦(ツードルト)〉の想術だ。暴風が竜兵を巻き上げて最前線を大きく乱した。だが維持しきれなかったのか、竜巻はすぐに消失してしまった。


「だめだ、イメージが弱すぎる」

「でも今のは大きかったわ!」


 竜族の隊列は完全に崩れている。これで時間が稼げるか――と思ったが、そんな期待は早くも打ち砕かれた。


 最前線の兵士が脇に避け、後方の第二陣が前に出てきた。こちらは被害を受けていないから足並みがそろっている。彼らは最前線に立つと同時に走り出した。剣を構えて突撃してくる。


「在歌」

「なに花山!」

「少し下がるよ」


 振り返ると、こんな状況でも列は進んでいた。


「わかった! キリカ、後退よ!」

「オッケー」


 キリカも竜族の方を向いたまま下がっていく。


 在歌たちも十字路に出た。降下部隊はトドロと時雨が相手をしていた。


「時雨っ!」

 在歌は灰色の髪に声をかける。


「平気ですっ! わたしだって、戦えますから!」


 時雨は剣を複製して竜族と渡り合っている。降下部隊はそこまで多くなかった。在歌と花山が加勢して一気に壊滅させる。


「在歌ちゃん、みんなも大丈夫ですか⁉」


 時雨が在歌のもとに駆け寄ってきた。顔や腕に血がにじんでいる。相当無理をしたのだろう。


「平気。時雨こそ、みんなを誘導してくれてありがとね。助かったわ」

「いえ、わたしなんて……」

「はいそこで自虐はやめ。あたしたちも移動よ!」


 在歌は時雨の手を引いて歩き始めた。

 十字路を越えて反対の道路へ入っていく。


 ここもまた、片側二車線である。両側にビルが立ち並び、歩道は狭い。戦えるガイナーは在歌、花山、時雨、キリカ、トドロの五人。このメンバーで弾幕を張れば竜族の進軍を遅らせることはできるはずだ。


 五人は最後尾に一列になって、突撃してくる竜族を睨んでいる。


「いい⁉ 奴らがこっちの道路に入った瞬間一斉攻撃よ!」


 四人が頷いた。


「カウントちょうだい」


 花山が言うので、在歌は声を出した。


「五、四、三――」


 竜族軍の先頭が十字路に入る。後続もどんどん渡ってくる。


「二、いち――」


 今、と言いかけた瞬間に爆音が轟いた。


 十字路の中央で黒煙が上がり、竜兵たちが吹っ飛ばされる。数十体が一気に肉塊に変わり、倒れる兵士が続出した。


「な、なに?」


 今のはなんだ?

 右方向から飛んできたようだが――


 やがて新たな音が加わった。


 機械的な音がどんどん大きくなり、十字路に姿を現した。高速で走ってきて、ためらいなく竜兵を轢き潰していくそれは、戦車の形をしていた。


 在歌は思わず叫んでいた。


二〇(フタマル)式!」

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