少女たちの撤退戦(1)
「大軍……?」
在歌が首をかしげる。
その横で花山の顔が青ざめていった。
「ほんとだ……堕天使に気を取られて……」
めったに感情を見せない花山が動揺している。それだけで相当深刻な事態だと理解できた。
「とにかく引き上げましょ! みんなで駅の守りを固めて――」
「無理」
「な、なんで?」
花山が道路の向こうを指さした。
「もう来てる」
青南市へ続く道路。その下り坂から小さな影が上がってくる。ようやく昇った朝日に照らし出されたのは竜騎兵だった。
二足歩行の首長竜に、竜族の兵士が乗っている。横に広がった隊列。全員が手に槍を持っている。
「先遣隊だ」
キリカが言った。
「足の速い奴らに足止めさせて、その間に本隊が追いつく」
「なんでもいいから退くわよ! 〈鬼身〉を使えば逃げ切れるはず!」
「それだと駅まで敵を誘導することになりかねないけど」
「むむ……花山、本隊がどのくらいいるかわかる?」
「たくさん」
「もっと具体的に!」
「一〇〇〇は確実にいる」
「そんなに……」
想術を撃ちまくっても殲滅できるかわからない数だ。しかも相手は硬い上に身体能力の高い竜族。明らかにこちらが不利だ。
「在歌さん、騎兵だけでも倒すべきであると提言いたします!」
「それもそうね。みんな――」
頭上から鳴き声が響いた。
ビル街の上空に巨大な羽を持った飛竜が現れる。その巨体から黒い影が大量に降ってくる。
「降下部隊までいるのか。これは迎撃するしかないね」
「キリカ、あなたは灯希を連れて駅へ戻って」
「手が足りないだろう?」
「それより連絡者が必要よ。駅の人たちに伝えて。行動する用意をしておいてって」
「駅は捨てるのかい」
「持ちこたえられると思う?」
「思わないね。――わかった、みんな無理に踏みとどまらないで戻ってきてくれよ」
「わかってるわ」
キリカが走り出すと同時に、降下部隊が路面に着地した。剣や槍を持った竜族の歩兵だ。
「敵の隊列を乱したらすぐ引くわよ。オーケー?」
「うん」
「了解であります!」
「じゃ、絶対に死なないこと!」
在歌、花山、トドロの三人が同時に〈鬼身〉を発動させた。
在歌はさらに〈想錬槍〉の想術で槍を複製し、両手で構えた。
竜族の兵士が飛びかかってくる。在歌は槍を振るって柄で打撃を加えた。細かくステップを踏んで小刻みに位置を変える。前方へ突きを放ち、抜きながら背後へ石突きを打つ。前後の敵を一瞬で倒した。倒れる竜兵の背後から新手が顔を出す。在歌は突きと打撃を的確に繰り出して兵士を仕留めていった。
幻界の火山帯に棲む鬼は、その槍で竜をも狩る。尖端は研ぎ澄まされ、竜の鱗も貫くほどだ。在歌は剣よりも槍の複製を得意としていた。
「騎兵は引き受けますっ!」
トドロが爆発的な想波を解放する。
堕天使軍に大打撃を与えた〈六花鹿鳴白輝晶〉が二度目の発現。高速回転する雪の結晶が騎兵に襲いかかる。騎竜が足や首を裂かれて次々に倒れていく。騎乗していた竜兵たちもバタバタ落ちていった。落ちた騎兵に後方の騎竜が巻き込まれ、隊列が大きく乱れる。快速だった足並みがようやく鈍った。
騎兵たちは三人のすぐそこまで迫っていた。トドロが片づけてくれなければ危なかった。接近戦を続けているとどうしても視野が狭くなる。年下の方が周りを見ているなんて、と在歌は情けなさを感じた。
「在歌、もう引こう!」
花山がめずらしく声を張り上げた。
彼女に竜兵が斬りかかる。花山は剣を躱して腕を掴み、体を回転させた。竜兵を振り回して敵が密集しているところに投げつける。巻き添えを食って三体が転んだ。
「よーし、撤収よ!」
「りょうかーい!」
走り出した在歌の右にトドロが来た。反対に花山だ。
三人は通りを必死に走った。自分の呼吸音が大きく聞こえる。周りの音が遠く感じる。そのせいで敵がどこまで迫っているのか掴めない。
やがて東都駅へと続く十字路に差し掛かった。右へ折れなければいけない。
在歌は振り返り、そして愕然とした。
往復合わせて六車線の通りを、竜兵が埋め尽くしている!
竜歩兵たちが右手に剣を持ち、続々とこちらへ向かってきているのだ。あまりの密度に、その隊列がどこまでつながっているのか見当もつかない。
――あんなの、防ぎ切れるわけないじゃない!
「駅はもう無理だね」
花山は淡々とした態度を取り戻している。
「キャンプ地を変えるしかないわ。もうみんな動いてるかしら?」
「行けばわかるよ」
「……そうね」
三人は走るのを再開した。
道は片側二車線に変わった。これでも充分広いが、あの大軍が進むには窮屈だろう。
駅のロータリーに駆け込むと、民衆はすでに移動を開始していた。
時雨とキリカが誘導している。やや離れた場所からそれを見ている痩せた背中は関城だ。秘書の滝本が眠ったままの灯希を背負っている。
「関城さん!」
「おお、在歌ちゃん! 無事だったか!」
「はい、なんとか。もう動き始めたんですね」
「ああ、向かう先は一川市に決まった」
「え? でもあそこはセルナフカ将軍の攻撃で――」
「確かに壊滅したようだが、柿崎博士の意見では廃墟の方がいいらしい」
「なぜですか?」
「竜族の兵士は基本的に足で移動するから、障害物が多い崩壊都市の方が守りやすいんだそうだ。そしてガイアの使いはゴーストタウンにはあまり興味を示さず、常に人間がいる場所を探している。だから敵がいたとしても少数だろうとの判断だ。キリカ君もその意見に賛成していた」
「なるほど……」
「我々はとにかく東を目指す。敵の足はどうだった?」
「大部隊なのでそこまで速くはなさそうでした」
「そうか。追いつかれないことを祈りたいね」
「関城さん、ワゴンは使わないんですか?」
「いやいや、こんな時に議員様だけが車に乗って逃げたらそれこそ支持率急落だよ」
なんとも関城らしい考えだった。
「というか、もうガソリンがないんだけどね……」
本音はそっちか。
「三人には最後尾を守ってもらうことになりそうだけど」
「ええ、引き受けます」
「自分らにお任せください! どーんと大船に乗った気分でいていただいてかまいませんので!」
この少女の言葉の選び方は謎すぎる。
民衆の列は、東都駅から東へ続く道へと移動している。足の悪い人、高齢者などには若い人が手を貸している。
「念のためあれも貼っておいたよ」
関城がバス停の壁を指さした。
〈この難民キャンプは敵の攻撃を受けたため一川市に移動しました〉と書かれている。
キリカが貼ったポスターを見てここに来た人への配慮も忘れない。やはり関城はできる男だ。
ようやく最後尾の民衆がロータリーから道路へ移っていった。
「あたしたちも行きましょ」
「上空の警戒も忘れずに」
花山がぼそっと言った。
「そうね、さっきみたいな部隊がいるかもしれない」
人の消えたロータリーには、毛布や食料のゴミなどが転がっていた。毛布はこれからも必要になるだろうが、持っていく余裕はない。諦めるしかなかった。
在歌たちがロータリーを出た時だった。
突如、耳がしびれるような低音が響いた。
「なっ、もうあんなとこまで……」
竜族の軍勢が四車線にまたがって進軍してきている。隊列の中に、竜の頭骨で作ったのだろうか、笛のような物を持った兵士がいる。奴らがそれを吹き鳴らしているのだ。こちらに恐怖を与えるつもりか。それとも味方を鼓舞しているのか。
なんにせよ敵にはかなり距離を詰められている。
こちらの足が鈍った瞬間、奴らは堰を切ったように襲いかかってくるに違いない。
在歌は、前を行く滝本の背中を見た。彼に背負われている灯希は、まだ目を覚まさない。
――なんでも灯希に頼っちゃダメでしょ!
在歌は拳を握りしめて自分に言い聞かせる。
彼にはもう幾度となく助けてもらった。今度は自分たちだけで人々を救ってみせるのだ。
在歌はもう一度振り返った。
敵との距離は、さらに縮まっている。




