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ダイアモンド・ベイビーズ  作者: 雨地草太郎
新東京攻防戦
21/50

矛と矛(1)

 堕天使たちはこちらに気づいたのか、高度を変えた。


 高い位置から飛行してくる奴と、低空から路面すれすれを飛んでくる奴に分かれた。


 在歌が低い位置から〈青尖氷槍(アクルピス)〉を放った。氷の槍が堕天使を二体撃墜する。しかし殺したわけではないようだ。起き上がって羽ばたこうとしている。あの細い体からは信じられないような頑丈さ。まったく厄介な相手だ。


 側面からは花山が〈砂礫錬貫槍(サドラス)〉を発現させた。砂の槍は低空飛行してくる堕天使を貫き、地面に縫いつける。昨日水晶を覗いたからか、花山の想波が以前より強力になったように感じられる。この状況では心強い。


 灯希は高度を上げた堕天使に対し〈炮烈波(ヴォール)〉を撃ち込む。正確な射撃で一体を撃ち落とした。


「敵はぶっ潰すのでありますっ!」


 ――ぞくっ、と灯希の肌が一瞬冷たくなった。


 トドロの全身から驚くほどに濃い想波が発生したのだ。


 彼女の周囲に白い塊が浮いている。それは雪の結晶だった。


「飛んでる奴は羽を削ればただの雑魚! 自分にお任せください! いっけええええええ!」


 一人で盛り上がるトドロが大量の結晶を飛ばした。


 キイイイィ……と甲高い飛行音。

 結晶が堕天使の群れに激突する。奴らの体が次々に切り裂かれていった。四肢をやられ、あるいは羽を裂かれて堕天使が落ちていく。


 超硬の結晶を高速回転させて放つ〈六花鹿鳴白輝晶(ノスタ・リウス)〉の想術だった。知識としてはあったが、使える人間を見たのは初めてだ。

 やはりトドロは並のガイナーではなかった。


「地上人どもめ、刃向かうか」


 そんな声が腹の底に響いてきた。

 高い位置から堕天使が一体、舞い降りてくる。


 ――八枚の羽!


 灯希はすぐに、奴こそがセルナフカ将軍だと理解した。


 東京攻撃の指揮を執っている敵の大将。倒せば一気に戦況を逆転させることも可能だ。


 セルナフカの赤い眼は、薄闇の中で一際赤く輝いて見えた。ゆっくりした動きからは余裕が感じられる。人間など敵ではないと思っているかのような……。


「複製者の雌たちよ、我々堕天使のために協力してほしいのだ」


 ――協力。


 考えられることは一つしかない。


「誰があんたらなんかにっ!」


 在歌が怒鳴り返し、特大の〈炸炎珠(フラーボル)〉を放った。火球はセルナフカを直撃する。躱す素振りすら見せなかった。


「うそ……」


 しかし、爆炎が晴れると、そこには何事もなかったかのようにセルナフカが浮いていた。


 あの大きさの〈炸炎珠〉で無傷?


 そんな敵は見た記憶がない。


「抵抗するなら力づくで押さえなければならん。――残念だな、余計な痛みを味わわずに済んだものを」


「待った」

 歩道橋の上から灯希が言った。


「お前の相手は俺がする」


「雄には興味がない」


「興味は持ってくれなくていい。俺がお前の邪魔をするだけだ」


「ほう? 前にも貴様のような雄がいたが、一歩も動けずに死んだのだぞ?――このようにな」


 ピン、と音がした。


 灯希は目を見開いて右手を出す。二本の指で漆黒の針をつまんで止めた。眉間を的確に狙ってきていた。悲鳥(ひちょう)が使っていたのと同じ〈獄鬼魂吐針(パーガドル)〉だ。しかし速度は桁違いだった。〈鬼身(ボーガ)〉を使っていなければ即死だっただろう。


「ふむ、止めてみせたか」

「お前が思ってるより人間はできるんだよ」

「どうしても邪魔をすると言うのだな」

「ああ。うんざりするくらい嫌がらせしてやる」

「では殺してやろう」


 セルナフカの体から想波が膨れ上がった。それだけで強風が巻き起こる。周囲のビルが振動し、窓ガラスがカタカタ音を立てた。


 まっすぐ向かってくるセルナフカに、灯希は〈紅炮灼烈波(ヴォル・ゲイル)〉を放った。セルナフカが腕を振る。熱波が一振りでかき消された。


 ――強いとかいうレベルじゃねえな。


 それでも灯希は冷静に相手の動きを見ていた。


 上空からセルナフカが〈獄鬼魂吐針(パーガドル)〉をばらまいてくる。灯希は歩道橋を走って針を回避していく。敵が飛んでいるからこちらも手を打たなければ。


 灯希は欄干を足掛かりにして跳んだ。両足に想波を流して〈吹翔(ブレッサ)〉を発動。足の先から突風が噴き出してセルナフカとの距離が詰まる。灯希は右手に〈竜四肢(ドラテア)〉を纏わせて殴りかかった。


「なかなかやる」

「ちっ――」


 しかしその一撃は片手で止められた。


「飛べないとは哀れなものだな」

「ぐっ⁉」


 反対の手が振り下ろされて灯希の肩を直撃した。灯希は地上へ真っ逆さまに落ちていく。だがここまでは覚悟していた。


 灯希はイメージする――天使族/光/鞭/拘束――竜をいともたやすく捕らえた鞭の光景を思い出し複製する。


光鞭(フォス)〉の想術が発現し、光の鞭がセルナフカの両足に絡みついた。じゅうううっと何かが焦げるような音がした。


「ぐっ……貴様あっ!」

 セルナフカが呻いた。


 灯希とセルナフカは鞭でつながったまま落ちていく。


「灯希!」


 落下点に在歌が入ってきた。強化された腕でがっちり受け止めてくれた。在歌にお姫様抱っこされてしまった灯希は、抱えられたまま移動する。すぐそこにセルナフカも落ちてこようとしていたからだ。


「食らえ将軍めっ!」


 ビルの上からトドロが叫び、〈紅炮灼烈波(ヴォル・ゲイル)〉が発動した。灼熱の一撃がセルナフカの胸部に叩き込まれる。将軍の体が路面に叩きつけられ、アスファルトを割ってめり込んだ。


「あの子、〈紅炮灼烈波〉まで使えるの⁉」

「何もかも予想外すぎるな。――よし、ありがとう。そろそろ下ろしてくれ」

「あっ、そ、そうね」


 在歌が焦ったように灯希を下ろしてくれた。


「あれでも死んでないはずだ。在歌は他の敵を頼む」

「わかった」


 灯希はセルナフカに向かって走った。

 将軍がアスファルトを振り払って立ち上がる。あの熱波を食らっているのに傷が見えない。


「こざかしい真似を……」


 灯希は〈想錬剣(エスワード)〉で刀を発現させ、問答無用で斬りかかる。セルナフカが右手で止めた。むりやり引き抜いて次の斬撃。相手は腕で止めてくる。防がれるたびに金属音がなった。ありえない硬さだ。何でできているのだろう。


「思い上がるなよ」


 灯希が一歩引いた瞬間、セルナフカが〈影迫波(シャムード)〉を放ってきた。灯希は問題なく躱す。踏み込もうとしたが、相手の方が速かった。超高速で懐を取られ、強烈なアッパーが灯希の腹に入った。

「ぐふうっ……」

 灯希の体が舞い上がった。歩道橋を越えて反対側へ逆U字を描いて落ちていく。


 そこをセルナフカが待っている。


 強烈な踏み込みから二度目の攻撃。掌底が灯希の胸を捉えた。今度は声すらあげられずに吹っ飛ばされる。一直線の路面を滑っていき二転三転してやっと止まった。


「おお、いってぇ……」

 それでも〈鬼身〉で強化しているから、重傷まではいかない。これもまた、想波の密度が濃い灯希の長所だ。


 正面を見た。

 セルナフカが低空から高速接近してくる。


「これ使うと反動がやばいんだよな……」


 灯希は立ち上がって、全身に想波を行き渡らせる。


「けど、そんなこと言ってられる相手じゃねえか」


 膝を曲げて体勢を下げる。


「死ね、無様な雄よ」


 セルナフカが指を突き出している。硬い爪でこちらの腹をぶち抜くつもりだろう。だが、そうはさせない。


 灯希はイメージした。竜の屈強な体を。その四肢を。そして――殻を破り、さらに成長していく竜の姿。あふれるほどのパワーで満たされた、最強の両腕、両足。

〈竜四肢〉の上位術式――〈脱殻竜四肢(ドラテアル)〉が灯希の体を支配する。


「その言葉――お返しさせてもらうぜ!」


 灯希の両腕に電撃のような光が迸る。ずん、と圧力でアスファルトにヒビが入る。


 灯希は引いた右腕を全力で突き込んだ。


 セルナフカの爪と灯希の拳が激突する。


 拳が押し込む。


 敵の爪が割れ、指が千切れ、腕が折れ曲がった。


「ぐおおおおおおおっ⁉」


 セルナフカが押し返されて路面を転がっていく。かはぁ、とえずくような息が漏れた。将軍はすぐに起き上がったが、自分のひしゃげた腕をただじっと見るだけだ。


「馬鹿な……地上人に返されるなど……」


「そうだよ。お前は馬鹿なんだよ」


 灯希は相手に、握り拳を見せつけた。その手には傷一つついていない。


「お前が相手にしてるのは地上人最強の男だ。舐めてもらっちゃ困るな。――さあ、立てよ。第二ラウンドを始めようぜ」

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