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ダイアモンド・ベイビーズ  作者: 雨地草太郎
新東京攻防戦
20/50

夜明け前の堕天使たち

 街にはまだ朝焼けが訪れていない。


 灯希はそっと目を開けると、待合室を出た。

 ロータリーには変わらず大勢の人々がいて、それぞれの場所で休んでいた。九月の夜は過ごしやすい。これだけはこの時期でよかったと思う。冬だったら野営などできたものじゃない。


 人々は近くの店から毛布を持ってきて、それにくるまっていた。店には悪いが非常事態なのだ。あとで働いて返すしかない。


 駅前はガイナーが交代で見張りをすることになっている。

 バス停に目をやると、在歌がベンチに座っているのが見えた。


「おーい」

「あ、灯希。起きたのね」

「今はお前の時間か」

「そうよ。何かいい光景は見られた?」

「悪くなかったよ。堕天使との戦いで使えそうなのが見えた」

「それはよかったわ。ゆうべ、花山も覗いたらしいわ。成果は教えてくれなかったけど」

「あいつはそういうの打ち明けてくれなさそうなタイプだよなぁ」

「あと一つは念のため取ってあるの。必要になるタイミングがあるかもしれないし」

「そうだな、予備はあった方がいい」


 灯希は隣に座った。

 目の前では、セッカたち三人もまだ眠っている。


「本当によく寝てるわ。怪我だけじゃなくて、相当無理もしてたと思うし……」

「間に合ってよかったよな」

「うん……」

「時雨にもしたんだな、その話」

「したわ。やっぱりショックだったみたい。すごく顔色悪くなってたし」

「あいつはなるべく堕天使に会わせたくないな」

「ふーん、あたしはいいわけ?」

「なぜ急に不機嫌になるんだ」

「べつにー。寝不足だからじゃない?」

「……まあ、できる限りは男が引き受けるべきだと思ってるよ」


 といっても、男のガイナーは灯希とキリカしかいない。しかもキリカは戦闘よりサポートが得意なタイプだから、前線に立つのは灯希一人だ。


「それとさ、トドロのことなんだが……」


 言いながら彼女の姿を探す。


 ……ホントに謎すぎる奴だな……。


 トドロは、ロータリーにある大きな時計の上に座って眠っていた。あんなところで眠っていたらバランスを崩してすぐに落っこちそうなものだが。


「少しでも高い場所にいた方が敵に気づきやすいからって言って……」

「だからって時計はないだろ……」

「でも、あの寝方だけでも普通じゃないってわかるわ」

「色んな意味で普通じゃないよな」


 睡眠状態であのバランス感覚。かなり身体能力は高そうだ。


「あいつ、一人で突っ走りそうな性格に思えるんだ。誰かが近くで見ていてやらないと危険だ」

「それはあたしも思ったわ。無茶だけはさせないようにしないと」


 無理して突出しすぎた挙句に死んでしまった仲間を、灯希も在歌も四年前に見ている。何度も同じ光景を見たくないのは当然だった。


「……やっぱり、灯希っていい奴よね」

「急になんだよ」


「あたしたち、あのとき誰も貴方の力になってあげられなかった。でも今はこうやって助けてくれるし、周りのこともちゃんと見てくれるから」


「あれはしょうがねえことだろ。ガイナーなんて全体から見ればほんのちょっとしかいないんだ。日本全体を敵に回してまで助けてほしいなんて思わなかったよ」


「そう……。でも、あたしは灯希の一件で強く思ったの。世界を変えなきゃって。あたしたちはただの中学生だったはずなのに、いきなり戦争に参加しなきゃいけなくなって、終わったら今度は差別に遭う……。おかしいじゃない。あたしたちは命を削って戦ったのに」


「世間のほとんどはそういう風に思わなかったんだよ」

「そうね。だから今度こそ認識を変えさせてみせるわ。あたしたちがまともな家で暮らせる社会を作るために、この戦いに勝つのよ」

「…………」

「そこは返事してほしかったかも……」


「いや、すまん。そうじゃなくて、生き物の気配が近づいてるんだ」


「え?――そ、それを先に言ってよね!」


 在歌が立ち上がってキョロキョロした。


「どっちから?」

「青南市の方からだ。――速いな、飛んでるっぽいぞ」

「どうする? 全員起こす?」

「起こそう。でも落ち着いた声を意識してくれ。声かけた方が焦ってるとすぐ全員に伝わっちまうからな」

「わかった」

「俺は先に通りへ出てる。起きた奴からすぐ来るように言ってくれ。時雨とキリカには市民のサポートを優先させるんだ」

「了解。説明しとく」


 灯希と在歌はすぐに別方向へ走った。


「起きてください! 敵が接近してると思われます! 起きてくださーい!」


 そんな呼びかけを背に、灯希は南へつながっている通りへ出た。


 片側三車線の広い道路。敵はこの通りを上がってきている。


 灯希は歩道橋に駆け上がった。

 高い位置からだとよりはっきりとわかった。


「堕天使か……!」


 それは道路の真上を高速で接近してくる堕天使の集団だった。まだ朝日が昇ってくるには少し早い。そんな薄明りの中でも、敵が二十体以上いるのがわかった。


「また数の暴力か。結局は女性陣に頼らなきゃいけない流れだな……」


 ぼやいていると、誰かが階段を上がってきた。


「敵?」

 花山だった。


「ああ、堕天使の部隊だぜ」


「そう……」

 花山はパーカーのポケットからシュシュを出して髪を結んだ。


「灯希さん!」


 カン、と音がした。トドロが歩道橋の欄干の上に立っている。この少女は常識が抜け落ちすぎていやしないか?


「敵襲と聞きました。自分も戦います!」


「灯希ー!」

 今度は歩道橋の下だ。

 道路を見ると、在歌が手を振っている。


「市民は関城さんたちに任せたわ! 防御は時雨とキリカに!」


「よし! 全員で迎撃するぞ!」


「散開するべきかな」

「そうだな」

「私はあっちのビルへ行くから」


 花山は〈鬼身(ボーガ)〉を纏い、歩道橋から雑居ビルの屋上へ跳んでいった。


「では、自分が反対側から狙うでありますっ!」

 同じようにしてトドロが右側へ移動していった。


「在歌、正面は俺とお前だ! 接近される前に可能な限り撃ち落とすぞ!」

「わかった!」


 灯希は在歌を見たままトドロを指さした。気にしてやってくれ、という合図だ。在歌は理解してくれたようで、「任せといて」と返事をくれた。


 灯希は正面を睨む。


 堕天使の影がどんどん大きくなってくる。もうすぐ、遠距離攻撃系の想術の射程圏内に入る。


 ――今日もハードな一日になりそうだな。


 灯希は全身に力が入るのを感じた。


 ――全員生き延びて、明日につなげるんだ。


 灯希は想波を発生させた。


 接触まで、あと数十秒。

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