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ダイアモンド・ベイビーズ  作者: 雨地草太郎
新東京攻防戦
2/50

新東京市街戦(2)

 外に出ると、街は完全に廃墟に変わっていた。

 ビルは崩れ、アスファルトは割れ、信号や電線も壊されている。


 ――同じだ。


 四年前も突然、こうして住み慣れた街が破壊されたのだ。


 ギリッ、と灯希は唇を噛みしめた。


 連中が好き放題暴れていたのに、俺は地下でのんびり過ごしていたのか。

 そう思うと無性に腹が立った。

 かつて社会は味方をしてくれなかったけれど、だからといって蹂躙されるのをいい気分で見ていられるわけがない。


 瓦礫や破壊された車を避けながら走っていくと、右手前方から想波が噴き上がるのを感じた。三階建てビルの向こう側だ。

 誰かはわからないが、ガイナーが戦っている。


「誰だ」

「たぶん、時雨だと思う」

「……あいつか」


 ガイア戦争で、後方支援を中心に味方をサポートしてくれた女の子――火潟(ひがた)時雨(しぐれ)。ぱっちりした目と、灰色に変色したロングヘアーが印象的な女の子だった。


「あいつ、あんまし戦闘向きの想術は使えなかったんじゃ……」


 暴力的なことが苦手な時雨は、イメージにもリミッターをかけてしまうのか、火炎などを鮮明な姿で複製できないのだ。


「そうよ。だから急がないと」

「わかった」


 灯希と在歌は全力で通りを駆け抜け、右手へ折れた。


 六枚の細い羽を持った、人間そっくりの敵が宙に浮いていた。体は不気味なほどに細く、骨と皮しかないように見える。頭蓋骨の形がはっきりわかる頭、深紅に光る目、不揃いな牙、異常に長い腕と指と爪――かつて戦ったガイアの使いそのままの姿だった。堕天使の全身は黒く艶めき、妙にメタリックな印象を受けた。


「羽が六枚――あれは堕天使の族長級(ぞくちょうきゅう)よ」


     †


 火潟時雨は宙に浮いている相手を睨みつけていた。


 昼前。

 在歌がかつての戦友、灯希を連れてくると言って戦線を離れた。それまでなんとか現状を維持しておきたかったのが、ガイアの使いの高火力の前に戦力を分断され、今はこうして一人で敵と向かい合っている。


 在歌があとどのくらいで戻ってこられるのかわからない。灯希に味方が全滅した光景だけは見せたくなかった。


「降伏せよ地上人。私とお前では力の差があることが、すでに証明されている」


 相手は機械のように無機質に話す。骨ばった、殴れば崩れそうな体をしているのに、恐ろしいほどの能力を有している。


 ガイアの使いの中でもかなり厄介な種族――通称、堕天使。


 羽の枚数で階級が分けられていると聞くが、六枚羽の堕天使は初めて見た。以前は四枚がほとんどだったのだ。

 長すぎる腕と指、爪を持つ彼らは、戦略的にこちらを分断してきた。四年前の戦争で戦った相手とはまったく異なる存在のように感じられる。


「返事をせよ。降伏するか?」

「し、しない……」

「ほう、抵抗を選ぶか」

「あ、当たり前ですっ! わたしたちは、ガイアの使いなんかに負けたりしない!」

「では勝ってみせよ」


 堕天使の全身から漆黒のオーラが噴き出す。それは時雨たちガイナーが持つ想波と同じ波長だ。

 同じ想術使いでも、もともと持っている彼らと、複製しているガイナーでは練度に差がありすぎる。そこをどうにか埋めなければならない。


「はあっ――!」


 時雨は気を吐いて、身体能力を大幅に向上させる〈鬼身(ボーガ)〉の想術を発動させた。彼女の全身を赤色の光が包み込む。


 堕天使が突っ込んできた。時雨は後方に飛び退き、ビルの壁面を蹴って堕天使に急接近する。全力を込めた右の拳を打ち込む――が、

「その程度か?」

 相手は人差し指と中指の二本で時雨の右手を受け止めていた。


「くっ」


 時雨は左手を出してゼロ距離から熱波の想術〈炮烈波(ヴォール)〉を放つ。緋色の熱波は堕天使の胴体を直撃し、強引に後退させた。敵は雑居ビルの壁に激突するが、すぐ細い羽をはばたかせて宙に舞い上がる。ダメージはほぼなかったらしい。


 時雨は視線で相手を追った。堕天使は高速で移動してすでに背後を取ってきている。彼女は振り返りながら相手の想波の位置を探り、体をひねって再び〈炮烈波〉を撃ち込む。だが当たらなかった。飛行速度が予想を遥かに上回っている。


 堕天使は時雨の左前方だ。そこで黒いオーラが揺らめく。相手は空中から〈影珠(シャッド)〉の想術を使ってきた。漆黒の球体が堕天使の周囲に現れ、相手の腕の一振りで時雨に殺到する。彼女は防戦一方になった。飛来する球体を避け、あるいは強化された拳で撃墜する。


「うっ……!」


 それでもさばききれず、太ももを球体が直撃した。全身に激しい痛みが拡散され、時雨は片膝をついた。ロングスカートが破れて、皮膚から血が流れだしているのが見えた。急襲で迎撃する準備も許されなかった。もっと早く相手の動きに気づけていれば、戦いやすい服装だって用意できたはずだったのに。


 時雨は唇を噛みしめて顔を上げた。


 堕天使が左手をこちらに向けている。手のひらが黒く蠢き〈影迫波(シャムード)〉が発現。黒い波動が一直線に迫ってくる。時雨は立ち上がろうとするが、腿の痛みに邪魔されて動きが止まってしまう。


 全身をすさまじい圧力が襲った。波動が胸部を直撃し、地面に仰向けの状態で押しつけられる。それでも波動は止まらず、時雨は数メートルの距離を背中を激しくこすらせながら押し込まれた。


「あ……ぅ……」


 波動のダメージと、地面を削った背中のダメージ。前後から痛みが噴き出し、彼女の小柄な体を責め苛む。


 堕天使はゆっくりと降下してきた。


「地上人よ、これが力の差だ。理解したか?」


 時雨には、反論する気力が残っていない。


「地上人の雌には利用価値がある。殺しはせぬ」


「う……ぐうぅ……」


 長い手が伸びてきて、時雨の首を掴んだ。体がわけなく持ち上げられる。足をばたつかせるが、なんの意味もなかった。


 苦しい。息ができない。顔が熱い……。


 やがて足の動きも止まった。


 堕天使は、服が破れて露出した時雨の腹をそっと撫でる。


「我が種族の役に立ってもらおう」


「い、いや……」


 かろうじてそれだけが言葉になった。


 駄目だ。どうあがいても勝てない。戦線を維持するどころじゃない。本当に、灯希に無様な自分の姿を見せなければいけなくなる。こんな、わけのわからない存在に汚されて死んでいる姿を――。


 ……灯希、くん……。


 時雨の目から、涙が一粒、こぼれ落ちた。


 ――その時、爆発的な想波が出現した。


「増援か」

 堕天使は冷たく言い、時雨の首から手を放した。


 時雨は地面に倒れこんで咳き込んだ。咳は止まらず、喉から血が出るかと思うほど何度もえずいた。

 そんな彼女の視界の片隅に、走ってくる二つの影が映った。風景はかなりぼやけてしまっているけれど、間違えるはずがなかった。


 彼が、来てくれた。


 ――恥ずかしいな、こんなボロボロで……。


 こんな状況にも関わらず、時雨はそんなことを思った。


     †


 堕天使は宙に浮いていて、その下に灰色のロングヘアーの人間が倒れていた。時雨に違いなかった。


「時雨ッ!」


 灯希の呼びかけに、彼女はぴくりと反応したが、体が動かないようだ。全身にひどい傷を負っているのがわかった。


「何人現れようと関係はない」


 灯希はぎょっとして上空を見た。

 真っ赤な目が、灯希と在歌を見下している。


「しゃべれんのかよ……」

「そうよ。今回はしゃべれる奴が混じってる」


 四年前に戦ったガイアの使いは、どいつもこいつも奇声をあげているだけでまったく言葉を話さなかった。そんな存在が、明瞭な日本語で話しかけてきたのだ。


「東京の八割はすでに我々が押さえた。無駄な抵抗はやめて、おとなしく檻に入るがよい。余計な拷問は貴様らも味わいたくないだろう」


「なんで戻ってきやがった」

 灯希は無視して言った。

「負けたのがそんなに悔しかったのか?」


「あれで勝ったと思っているのか。地上人は愚かなものだ」

「……なんだと」


「あれはただの様子見だ。我々は主要戦力をほとんど使っていない」


「そんな……」

 隣で、在歌が絶望した声を漏らす。


「考えてみよ。かつて我が軍は、一年かけてもこの都市を落とせなかった。だが今回はどうだ? 五日でこの状態だ」


 言われてみれば、そうなのかもしれない。


「わかったら、おとなしく降伏せよ」


「それはできねえ」

 灯希は低い声で返した。


「人間にも意地がある。戦える力があるのに戦わねえのは情けないよな」

「その力も我らが世界の複製ではないか」

「悪いか? レプリカが本物を超えることだってあるかもしれねえだろ」


 灯希は、洋上に突き立つ巨大な斜塔――ガイアの親指をイメージする。

 想域が振動し、想波が溢れ始める。

 一瞬で莫大な想波が生まれ、周囲が陽炎のように揺らめき始める。


「なんだと……」

「す、すごい……」

 堕天使と在歌のつぶやきはほぼ同時だった。

 灯希の全身から放たれる想波は、それだけ密度が濃いのだ。


「お前らが俺達を潰すっていうなら、全力で抵抗してやるよ。そんで返り討ちにしてやる」

「思い上がるな、地上人ッ!」


 堕天使が全身に漆黒のオーラを纏わせ、突っ込んできた。


 灯希はイメージする――鬼/剛力/腕力/脚力――全身を赤い光が包み込む。〈鬼身(ボーガ)〉により身体能力を大幅に向上させる。


 堕天使の爪が迫ってくる。灯希は左半身を引いて躱し、右手で相手の頭蓋骨に拳を叩きこむ。拳に衝撃と反動。堕天使が一直線に民家の外壁を突き破って吹っ飛んでいく。


「在歌」

「あ、な、なに?」

「戦闘は俺に任せろ。お前は時雨を助けてやってくれ」

「わ、わかった!」


 在歌が走っていくのを片目で確認すると、灯希はゆっくり前進した。あえて走らない。余裕があるところを見せつけてやるのだ。


 民家の屋根を突き破って堕天使が飛翔する。


 同時に、灯希は高い身体能力を活かして民家の屋根に飛び移った。さらにそこからもう一度跳んで、一気に堕天使と距離を詰める。


「なッ――」

「でかい口叩いてたわりには遅いな」


 灯希はつむじ風をイメージして、想波を右手に送り込む。拳打の威力を上げる〈風拳(カフシ)〉により右手が風の渦に包まれる。強風を纏った拳が堕天使の左肩を直撃した。相手は斜線を刻んで落ちていくが、地面すれすれで羽を動かして宙に戻る。


 右手が灯希に向けられた。爪の先端が黒く揺らめき、漆黒の波動が放たれる。灯希は屋根から離れて地面に降り立つ。波動の直撃を受けた民家は一撃で粉微塵に吹き飛んだ。


 堕天使は灯希を狙って右手を向けてくる。彼も走りながら右手を向けた。


「お返しだ」


 熱波の想術――〈炮烈波(ヴォール)〉を撃ち込む。堕天使も再び〈影迫波(シャムード)〉放ってきた。両者の波動が激突して拮抗するが、ここで灯希が想波をさらに込めた。


「ぐおおおっ……」


 灯希の熱波が一気に押し込み、堕天使の全身を飲み込んだ。直撃した相手は真っ逆さまに落ちていく。


 ――終わりだ!


 青色の氷の槍を生み出す〈青尖氷槍(アクルピス)〉を発現させる。

 灯希は槍を全力で投擲し、落ちてくる堕天使の軌道上に飛ばした。


「馬鹿な――」


 最後にそんな声が聞こえた。


 氷の槍は堕天使の頭蓋を完全に砕き、相手を絶命させた。

 死体とともに血や体液があたりに飛び散る。幸い近くには誰もいなかったようで、悲鳴もまったく聞こえてこなかった。


「こいつは……予想以上だな……」


 灯希は自分の右手を見ながらつぶやく。


 想波の生成量は少しも落ちていない。むしろ上がっている。加えてイメージは新鮮なまま発現させられるし、筋トレのおかげで重心移動もスムーズだ。


「完璧に戦うための体になってるじゃねえか」


 思わず笑いそうになった。

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