夕陽の中で
太陽が沈もうとしている。
壊れかけたビルの向こうに夕陽が重なっている。廃墟と夕陽は相性がいい。灯希は四年前もそう感じた。
「ただいまー」
一人だけ姿の見えなかったキリカが、駅の西側から戻ってきた。
「どこに行ってたんだ?」
「あちこちにポスターを貼ってきたんだ」
「ポスター?」
「手書きのね。東都駅に避難所ができてますよってやつさ。可能な限りの範囲に貼りまくってきたよ」
「そうか、さっきから人が来るようになったと思ってたんだ」
垂れ幕だけではここまで急に人は集まらないだろう。キリカが足で稼いだ成果だ。
彼はメガネをくいっとあげて、
「青南市はやっぱり落とされてたんだね」
と訊いてきた。
「残念ながらな。他のガイナーチームが助けに行ったみたいだが、返り討ちにされた」
「そんなに強い相手がいたのかい?」
「俺たちが行った時にはもういなくなってた」
これはセッカから聞き出した情報だった。
彼女とシーナ、アイネは堕天使のセルナフカ将軍に遭遇したらしい。それで仲間が一人殺され、何もできずに敗北したことも聞いた。
「その、セルナフカって堕天使が総大将なわけだね」
「ああ。セッカの想術を一回だけ見たけど、かなりの使い手だと思ったよ。それがあっさりやられたんだからありえない強さだな」
「灯希君も僕らからすればありえない強さだよ? たぶんだけど、東京でセルナフカと戦えるのは灯希君だけじゃないかな」
こちらが反撃を始めた以上、セルナフカとはどこかで遭遇するだろう。その時に一瞬で相手の力量を見抜けるだろうか。セーブしている相手を見くびって殺されたら笑えない。
「それとな、もう一体将軍級がいるっぽいぜ」
「ええ、二体も?」
「ああ、竜族の将軍らしい。青南市の人がシャ・リュー将軍って名前を聞いてる。そっちも相当強いはずだ」
「数と質が違うんじゃ勝負にならないよなぁ」
「そんなこと言ったって、戦う以外に方法はないだろ。話し合ってどうにかなる状況じゃない」
「わかってるさ。柿崎博士もこっちの戦力を増やせないか考えてみるって言ってたよ」
「ガイナーは意図的に増やせるもんでもないだろ。使いの血を飲んでもガイナーにならない子供もいたって聞いたが?」
「そっちじゃないよ。例えば銃弾に竜族の鱗を利用できないかとかさ」
兵器をいじるわけか。
「ガイアの使いも一枚岩じゃない。色んな種族がそれぞれの事情で動いてる。種族の中には有利不利もあるようだし、僕たちが勝つにはそこを突いていくしかない」
「連中にも相性があるんだよな」
「あるね。虚人は竜の攻撃に弱いみたいだし、堕天使は本物の天使族に勝てない」
「天使族はまだ見たことないな」
「野蛮な戦争には出てこないんじゃない?」
「それなら楽でいいが……」
灯希とキリカは並んでロータリーの方へ戻る。
「キリカ、明日の行動はどうすればいいと思う?」
「セルナフカ将軍を探して倒す」
「準備もなしにクライマックスかよ。冗談だろ」
「はは、嘘に決まってるでしょ。でもいつかは戦わなきゃ」
「そうだけどさ」
「ま、明日も街を回ることだよね。会った人の話では、市民が奴隷扱いされてる場所がいくつかあるみたいだ。一つずつ解放しながら、邪魔する敵を叩く。――それと提案なんだけど、もう少し人が集まったら東都球場に避難場所を移動させた方がいいと思うんだ」
灯希はキリカの横顔を見た。
「なんでだ?」
「ずっと考えてたんだけど、やっぱりこの駅の防備は薄すぎた。敵の罠かもしれない」
「……わざと取らせたっていうのか?」
「そうすることで東都駅は安全な場所になる。人が集まってくる。そこを一息に叩けば――」
「確かに、簡単に終わるな」
「あくまで推測だけど、敵の動きは戦略的だ。知能のない群れじゃない。重要拠点の守りが弱かったのは敵がバカだったからってことはないと思うよ」
「……一理あるな」
実際、かなり人が集まってきているのだ。
灯希はガイナーと市民が一ヶ所にいれば守りやすいと考えた。
しかし、敵が高い実力を備えた戦力を大量に送り込んで来たら?
――迂闊だったかもしれない……。
キリカに指摘されて、ようやく気づいた。
灯希の体は一つだけだ。広範囲を一人で守り切るのには限界がある。
「でも、なんで東都球場なんだ?」
「球場なら壁に囲われてるから、敵は空の限られた範囲から攻めるしかない。それなら灯希君一人でも手が回るよね」
「なるほど……」
「地上の出入り口は僕らでも止められるし、要塞として機能するはずだよ。これは灯希君の高い能力を前提に言ってるんだけど」
「いい考えだな。問題があるとすれば――」
「球場を占領されていないかどうか」
「やっぱりそこだよな……」
すると、明日の行動はほぼ決まりだ。
「東都球場の状況を確認してこよう」
「そうだね。放置されていれば儲けものだ」
「お前、ボーっとしてるように見えてけっこう考えてるんだな」
キリカが苦笑した。
「よく言われる」
「花山とはうまくいってるのか?」
「……なんでその話になるのさ?」
「いや、なんとなく思い出したから」
「おせっかいしてただけだよ。別にどんな関係でもない」
「ふーん」
「何か不満でも?」
「つきあおうとか思わなかったのか?」
「思ってないよ。僕は花山が心配なだけで恋愛感情があるわけじゃないから」
「とか言いながら本当は好きなんじゃねえの?」
「灯希君ってそういうところは中学生のままだよね」
「高校生だってこういう話するだろ」
「どうかなあ。僕は高校行ってないから男子高校生の会話とかよくわからないけど」
「まあそんなことはどうでもいいや。でも、花山はお前になんだかんだついてきてくれるんじゃないかな」
「閉じ込められてた人にわかるのかい?」
「……きつい切り返しだ」
「あ、灯希いいところに!」
在歌の声がした。
二人でバス停へ移動する。
「どうした?」
「三人とも眠ったから、少しの間見ていてもらえる? あたしは時雨と食料を集めてくるわ」
「それは俺たちが行った方がいいんじゃないか?」
「時雨と二人きりで話したいこともあるの。ほら、堕天使の……」
在歌は腹部に手を当てた。
「そういうことなら、わかった」
「ありがとね。じゃあ」
在歌が時雨を誘ってロータリーから出て行った。
近くの百貨店から拝借した布団。それを地面に敷いて、セッカたちは眠っている。
「…………」
花山は、ベンチに座って三人を見つめている。
灯希は、彼女のポニーテールに目をやった。髪をまとめているシュシュはキリカがプレゼントしたものだという。それをずっと使い続けているのだ。
……キリカに、気がありそうに思えるけどなあ……。
「……なに?」
じっと見ていたせいか、睨み返された。
「なんでもない。――キリカ、お前こっちな」
「え? まあいいけど」
キリカを真ん中にして、三人でベンチを使う。
花山と並んだキリカは、自然な流れで彼女に顔を向けていた。
「無事みたいだね。よかった」
「キリカこそ」
「僕は君ほど大した仕事はしてないからさ」
「でも、いつ襲われるかわからない。どんな仕事も大変だと思う」
「そっか。そう言ってもらえると気が楽になるな」
……なんだよ。
灯希は思わず笑いそうになってしまった。
……充分いい関係じゃねえか。




