青南市救出戦(3)
坂を上がって広い通りに出る。
来た時と同じ道だ。
両手が自由になった灯希は、在歌と並んで先頭を歩いている。最後尾には花山がついてくれていた。敵の追撃があったらすぐ知らせてくれるように頼んである。
「時雨を連れてこなくてよかったな」
「そうね。あんな光景を見せられたら気を失ってたと思うわ。あの子だって同じ目に遭わされかけたんだし」
「しかし、堕天使ってのはとんでもない変態だな。同じ種族でやってりゃいいじゃねえか」
「人間じゃなきゃいけない理由があるのかも」
「例えば?」
「例えば……って、そんないやらしい話あたしに振らないでよ!」
「お前が思わせぶりなことを言うからだよ」
「……理由はわかりません」
「急に敬語はやめろ。なんか申し訳なくなってくる」
それじゃあ、と灯希は話題を変えようとする。
「他にも鬼とか影人猿とか、なんで異種族でやろうとすんのかね?」
やばい話題変わってない、と後悔したが遅かった。
「あたしに訊かれても……ねえ灯希、あなたあたしにいやらしいネタ振って楽しんでない?」
「この状況でそんな趣味は発揮できねえよ」
「大変な時なんだから勘弁してよね」
「違うんだって。あんなの見せられちまったから、嫌でも印象に残って気になるというか……」
「まあ、気持ちはわかるけど」
在歌は右手で胸のあたりを押さえた。
「自分がああなったらって考えるとすごく怖い。正直、あの三人はすごいわ。よく正気を保っていられたなって思うもの」
「……確かに」
発狂していてもおかしくない状態だったのだ。
「まあ、その、なんだ、お前も気をつけろよ」
「うん……。やっぱり、相手は人間じゃなきゃね」
「え?」
「――あ! ううん、なんでもないっ! なんでもないわ!」
ぶんぶんと首を横に振ってごまかそうとするので、灯希もそれ以上は追及しなかった。
広い十字路にぶつかった。ここも直進だ。東都駅までは一本道になっているから迷う心配もない。
「――左ッ!」
後方から花山の声がした。
「どうした?」
「左から群れが来る」
駆け寄ってきた花山が言った。
「俺が前に出る。二人はみんなを守ってやってくれ」
「わかったわ」
「引き受ける」
灯希は十字路に飛び出して左を見た。
――悪鬼か!
ゴツゴツとした真っ黒の筋肉を持った悪鬼の集団だ。かつて灯希たちを襲い、灯希のクラスメイトを虐殺した存在。
四年前、ガイナーになってからはかなりの悪鬼を倒したが、それでも奴らを見ると怒りが沸いてくる。しかし感情に任せて攻撃してはいけない。敵が他にもいるかもしれない。想波の枯渇を避けるよう、ある程度セーブしながら戦うべきだ。
「走れる人は走ってください!」
在歌が叫んで、青南市民がわっと走り始める。将棋倒しのような事態だけは起こらないでくれと灯希は祈った。
「俺はとにかく足止めだな」
灯希はイメージを練り上げ、〈炸炎珠〉を発現させる。巨大な火球を投げつけた直後、竜巻のイメージを呼び起こし、〈旋浄渦〉を右手で撃ち出す。
竜巻に火球が飲み込まれて炎の渦に変化する。
突撃してきた悪鬼の群れがそれを正面から浴びた。大量の悲鳴が重なって聞こえる。灯希はさらに〈炮烈波〉を連続で撃って相手の進撃を完全に停止させる。直線の大通りだから、熱波のようにまっすぐ飛んでいく想術が効果的に使える。灯希にとってはありがたい環境だ。
灯希の背後を市民たちがどんどん走っていく。
その背中に黒い針が降ってきた。
今度は人間の悲鳴が上がり、何人かが倒れた。灯希の体はそちらに向きかけたが、吼える悪鬼どもが恐れることなく接近してくるので救援に行けない。
〈炸炎珠〉をやや上空に向けて撃ち、〈炮烈波〉を放つ。中空で熱波を受けた火球が爆散、道路に火の粉が降り注いだ。それでまた悪鬼の足が鈍る。
灯希が背後の空に目をやると、肥大した目から涙を流す鳥たちが舞っていた。ダークブルーの羽毛を纏い、紫色のクチバシを持っている。
――悲鳥か!
それは灯希がまだ二回しか見たことのないガイアの使いだった。
悲鳥の群れは二十近くいて、羽ばたきながら〈獄鬼魂吐針〉の想術を発動させている。黒色の針が民衆の背中に殺到する。
花山が〈起地盾〉によって超硬の土の盾を発現、針を防御する。しかし相手に高い位置を取られているせいで防ぎ切れていない。
在歌が市民を誘導しながら〈青尖氷槍〉を使って数匹を撃墜する。それでも敵はまだまだたくさんいる。
――読まれていたのか?
青南市がいずれ奪還されることを敵は予想し、戦力を配置していたのだろうか。それとも、市民の救出に時間をかけすぎていたのか。
なんにせよまずい状況だった。
灯希は次の〈炮烈波〉で悪鬼の小部隊を全滅させた。
戻ろうとした瞬間、激しい地響きが耳に飛び込んでくる。
悪鬼の後方から、緑色の肌を持った鬼が猛然と突っ込んでくる。体長は二メートル以上あるだろう。族長級ではなさそうだが硬そうな相手だ。
灯希は〈紅炮灼烈波〉で一気に仕留めようとした。――瞬間、鬼が手にしていた金棒を投げつけてきた。
「うおっ――⁉」
灯希はとっさに前へダイブした。道路に伏せると頭の上を金棒が超高速で飛んで行って、かなり遠くですさまじい音を立てた。市民は巻き込まれなかったようだが、その間に距離を詰められていた。
灯希は〈鬼身〉と〈想錬剣〉を連続で発現させ、高い身体能力で鬼に斬りかかる。野太刀の一撃を、鬼が腕輪を出して防いだ。反対の腕が灯希の胴体を狙って振るわれる。身をかがめてやり過ごし、全力の拳を腹に叩き込んでやる。
うるるあああああっ、と唸り声が腹の底に響いてくる。灯希は素手の攻撃は無駄だと悟った。腹筋が硬すぎて通った気配がない。
「しょうがねえっ!」
灯希が野太刀を突き入れようと身を引くと、体の真横を氷の槍が通過した。ざしゅっと音がして鬼の左わき腹がえぐり取られる。振り返る余裕はなかったが、在歌の〈青尖氷槍〉だとわかった。
「俺としたことが、焦っちまったな」
灯希は冷静さを取り戻した。多方向から攻め込まれたせいで混乱しかけていた。だが、なんとか落ち着けてきた。
「おらあああああっ!」
野太刀を振り上げて斜線を刻む。
鬼の胴体、左の肩から右のわき腹までを一気に切り裂いた。
おるるるうぅ……と鬼は呻き、まだ抵抗を見せようとしたが、かなわずに倒れた。
「よしっ」
灯希はみんなのあとを追いかけた。悲鳥の群れは半分の十体ほどまで減っていたが、休みなく〈獄鬼魂吐針〉を使ってくるせいで十数人の市民がすでに脱落してしまっている。
――まだいけるっ!
灯希はさっきと同じように〈炸炎珠〉と〈炮烈波〉を連続で使い、悲鳥の上空から火の雨を降らせる。ここで敵の布陣に乱れが生じた。その隙を突いて在歌が〈青尖氷槍〉で撃ち落としていく。敵の攻撃は花山がめまぐるしく立ち位置を変えながら防いでいる。
敵が残り二匹まで減った。
そのうちの一匹が、漆黒の針を列の先頭狙って放った。
「あ――」
在歌が声を上げた。
花山も反応できなかった。
針はまっすぐ飛んでいき、セッカを抱きかかえている青年の後頭部に迫っていく――。
「うわっ⁉」
青年の声が響いた。
彼の体を透明な幕が包み込んで、針を食い止めた。
「セッカさん……」
花山がつぶやいた。
セッカが抱えられた体勢のまま〈限透明近青幕〉の想術で青年を守ったのだ。
「灯希っ!」
「おう!」
在歌の声に反応し、灯希も反撃に移った。二人で同時に氷の槍を放ち、残り二匹の悲鳥を撃墜した。
「全員は無理……だったわ」
呼吸を乱しながら在歌が言った。
道路には、一緒に歩いていた何人かが倒れていた。
「……見つかりづらい場所に動かす。先に行っててくれ」
「手伝うわ」
「いや、一人でやる。やらせてくれ」
「……わかった」
在歌はちょっと困惑したような顔をして、列を追いかけていった。
ドアの開くビルがあったので、灯希は死体をその中に並べていった。
ただ歩いていれば、死なせてしまった人のことを思い出すだろう。自己満足でしかなくとも、彼らを放置してはおけない。そして、体だけを動かすことで、考え込む時間がほしかった。
「……数が違いすぎる」
敵はあの大群で、想術を使える奴が大勢いる。
こちらは数を揃えられても戦力にはならない。その差を埋めなければ今後の逆転はありえない。
すべての死体をビルの中に移してドアをしっかり閉める。
手を合わせてから、灯希は走って列の背中を目指した。
――せめて、マシンガンが一つでもあればな……。
銃弾は敵に通るのだ。だから、武器さえあれば誰でも戦える。
数の暴力を久しぶりに経験して、そんなことを思わずにはいられない灯希だった。




