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ダイアモンド・ベイビーズ  作者: 雨地草太郎
新東京攻防戦
15/50

青南市救出戦(2)

「おい、大丈夫か!」

 灯希が声をかけると、少女たちが顔を上げた。


 ――よかった、全員生きてる。


 三人とも、両手を広げた状態で拘束されている。杭などではない。黒く蠢く何かによって押さえつけられているのだ。灯希は見たことがないが、黒色系の想術が使われているのだろう。


「こういうのってどうやって壊せばいいんだ……?」

 みんな裸なので目をなるべく上の方に向けつつ、灯希は思案する。


「灯希、何かあったの?」

 遅れて在歌が入ってきた。

「え、なに、これ……」

 そして驚愕の声をあげた。

「ガイナーだ。使いにやられたらしい」


「すぐ拘束を解かなきゃ!」

 こういうところはさすが同性だけあって在歌の方が思い切りがよかった。一番左の女の子に近づいて、

「ちょっと痛いかもしれないけど許して」

 と声をかけ、〈炎珠(イラ)〉の想術を発現させた。小さな炎を黒い手枷に当てると、時間はかかったものの破壊することができた。栗色の髪の子は「う、ぅ……」と呻いたが、耐えきってくれた。


「灯希、手伝って」

「お、おう……」

「こんな時くらい裸見るのは許してあげるから!」

「それ決めるのお前じゃないだろ」

「いいから早く。最強の男が女の子の裸に負けるわけ?」

「嫌な言い方だなおい」

「さっさとやる!」

「わかったよ。――ごめん、許してくれよ」


 灯希は右端に囚われている黒髪の少女に近づいた。黒の手枷は手錠そっくりで女の子の手首に密着している。灯希は〈想錬剣(エスワード)〉を使って短剣を複製し、手枷の切断を試みる。相手の肌を傷つけないように――と気をつかっていたら思った以上に手間取った。その間に真ん中の女の子は在歌が解放してくれていた。


 壁から離れた三人は床に座り込んで震えている。


 カツンと音がした。振り返ると花山がこちらを見ている。彼女は反対を向いて離れてしまったが、すぐ戻ってきた。両手に服を何着も抱えている。

「そこに捨てられてた。この子たちのだと思う」

「よかった。着させてやってくれ」

「うん」


 花山は三人の前に服を並べていったが、誰もそれを手に取ろうとはしない。


「――ねえ、話せる?」

「う……ん」

 在歌の問いかけに、黒髪の少女が返事をした。とても小さな声だった。

「あたしたちは東都駅から来たの。あそこの安全を確保したから、今からここの人たちを連れて移動するつもりよ。一緒に行きましょう」

「無理、だよ……」

「……どうして?」

 少女は腹部に手を当てた。


「ここに、堕天使の子供がいるの」


「え――」

 在歌が声を上げ、花山が目を見開いた。


 灯希はイグネア族長から聞いて、なんとなくこうなっているのではないかという予想はしていた。しかし当人から聞かされると、やはり胸が重くなる。


「お腹の中で、動いてるのがわかるんだ……。私たち、やられちゃったから……」

「そんな……」

 少女は在歌の腕を掴んだ。


「お願い……私を殺して」


「な、なんでそうなるのよ⁉」

「怪物の子供なんて産みたくないよ……。そんなの耐えられない……だから、こいつが出てくる前に私を殺して……」

「で、でも……」

 在歌の左腕に栗色の髪の少女もすがりついてきた。

「わたしからも、お願い。後悔したくないから……」

 そして真ん中にいるショートヘアの少女もまた、在歌を見つめていた。

「一息に三人とも、殺してよ」

「だ、ダメよ、そんなの……」


「別に貴女たちは死ななくてもいいじゃん」


 不意にそんなことを言ったのは花山だった。


「どういうこと……」

 花山は右手に想波を集め、〈想錬剣(エスワード)〉でナイフを発現させた。


「私が貴女たちのお腹を切って怪物を取り出す。それで、怪物だけ殺す」


「なっ――」

「ちょ、ちょっと花山、本気で言ってるの⁉」

「私は本気。だって、死にたくないでしょ?」


 あまりにもストレートな問いかけ。

 黒髪の少女の目から涙があふれ始めた。


「貴女たちがどうしたいか決めて。私は怪物だけでも、怪物と貴女たち両方でも殺す覚悟を持ってる」

 ぽん、と花山が在歌の肩に手を置いた。

「この子は〈傷癒泡(メディブル)〉が使えるから、切った痕はある程度治せる。そのあとは貴女たちの回復力次第だけど、希望はある」


 深い沈黙が挟まった。


 三人とも、涙をこぼしたままで考え込んでいる様子だった。


 灯希はその空間から疎外されているような錯覚を受けた。自分が入っていける場所じゃない。そんな風に思えてならない。


「……切って」


 やがて、黒髪の少女が言った。


「怪物を、私からとって」

「わかった。貴方、名前は?」

「……セッカ。名字は知らない」

「セッカさんね。二人はどうする?」

「わたしも……」

「お、お願い。やって」


 栗色の髪の少女がシーナと名乗り、ショートヘアの女の子がアイネと名乗った。


「わかった。引き受ける」

 花山は宣言すると、振り返って灯希を見た。

「男の人には見せたくないから、ここは任せてもらっていいかな」

「ああ……」

 灯希には、その返事しかできなかった。花山の静かな迫力に押されていた。

「頼む。俺は他の使いが襲ってこないか警戒してる」

「お願い」


 灯希は一つ頷くと、展望塔を出た。扉を閉める。

 どこで待っていればいいのかわからなくて、しばらく動けなかった。


 悲鳴が聞こえた。

 それは絶叫したいけれど必死に耐えているような、苦悶に満ちた声だった。


 ……やっぱり、俺の力だけじゃどうにもならないんだよな。


 灯希は空を仰ぐと、広場へ向かって歩を進めた。


     †


 待っている時間はひどく長く感じられた。


 灯希は広場のベンチに座って、周辺の想波をじっと探っていた。敵が攻め寄せてくる気配はない。


 働かされていた人々には花山がすでに説明を終わらせていたようだ。これから全員で東都駅に移動すること。そこを拠点に反撃していくことを。


 灯希たちガイナーが動かないので、住人たちも広場のあちこちにかたまりを作って何やら話し合っていた。誰かが灯希を見て、四年前のガキだと言い出すのではないかと思ったが、特にそういうことも起きなかった。


 展望塔の扉が開いて、花山が出てきた。手招きしている。


 灯希は素早く移動する。

「うまくいったのか?」

「うん。堕天使の小さいのが出てきた。まだ羽もない奴」

「殺したんだな」

「当たり前でしょ」


 大仕事を終えた後とは思えないほど、花山は淡々としていた。顔には血しぶきが飛んだようで、赤い点がいくつもついていた。


「一人分手が足りない。セッカさんを運んであげて」

「わかった」


 中に入ると、戦場に慣れた灯希ですら目を疑うほどの血が床に広がっていた。血の海の中には堕天使の子供が沈んでいる。とても小さな体だった。


 在歌は〈傷癒泡(メディブル)〉を何度も使ったようで、ひどく疲れた顔をしていた。

「じゃあ、行くわよ」

「おう。……ありがとな」

「こればっかりは灯希にやらせられないからね」


 在歌がアイネの小柄な体をお姫様抱っこした。ガイナーからすれば、人間一人を運ぶくらいはなんてこともない。


 花山がシーナを抱えたので、灯希もセッカの前にしゃがんだ。

「男で悪いけど」

「そんなこと、ないよ」

 セッカは服を着ていた。長袖シャツにスカート。どれも血で汚れていたが、替えもないので仕方がない。

 灯希はセッカを抱え上げ、展望塔を出た。


 先行した在歌が、

「皆さん、東都駅に移動しましょう! 歩きですけど許してくださいね!」

 と住人たちに声をかけた。


 彼らは在歌の声に従って、ぞろぞろとこちらにやってきた。

「あたしが先導します」

 大勢を相手にする時は、やはり在歌に任せるに限る。

「すまんねえ」「感謝する」といった声が聞こえた。灯希はそれに安心した。こんなところでまで諍いが起きるのではという懸念があったからだ。


「すいません!」


 灯希に声をかけてくる者がいた。

 駆け寄ってきたのは、大学生くらいの青年だった。シャツやジーパンが土でひどく汚れている。


「もし移動中に敵が襲ってきたら、貴方たちは戦うんですよね?」

「そうだけど……」

「じゃあ、その子は俺が持ちます」

「え?」

 予想していなかった発言だった。

「借りは返したいけど、他にできることもないし。その子たちは俺らを助けようとしてくれたんです。だからその、恩返しにはほど遠いかもしれないけど、手伝いたいんです」

 灯希の表情がゆるんだ。

「そっか」


「わ、私たちも手伝います!」

 二十代後半と思われる女性二人が手を挙げた。

「交代でその子たちを預かりますので!」


「そうだな」「恩は返さないと」「こういう時こそな」「俺はそもそも排斥運動反対派だぜ」

 そんな反応が次々に出てきた。


 在歌を見ると、彼女は泣き出すのではと思うほど嬉しそうな顔をしていた。花山の表情はあまり変わらなかったけれど、口元が少し上がっているのを、灯希は見逃さなかった。


 きっとみんな、久しぶりに人の温かさを感じたのだろう。たとえそれが今だけのものであったとしても、この瞬間、嬉しさを感じたことは事実だ。それで充分なのだ。


「すまないけど、お願いするよ」

「はい!」


 一行の中に、たちまち連帯感が出来上がっていた。

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