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ダイアモンド・ベイビーズ  作者: 雨地草太郎
新東京攻防戦
13/50

竜将シャ・リューのため息

 ――遡ること数日前。


 セッカ、シーナ、アイネ、レイトの四人組は、海を望む青南市(せいなんし)の高台に身を潜めていた。


 物心ついた時から孤児院生活で、親からどんな名前をもらったのかも知らない。ガイア戦争の際に知り合ってから、四人はずっと一緒に行動してきた。


 女三人に対して男はレイト一人だけ。ガイナーはなぜか女性の方が多いらしいので、チームを作るとバランスのとれないパターンが多くなる。それでもこの四人は不思議と息が合う。ガイナー排斥運動を見ないよう町から離れて、海沿いでささやかに生活してきた。


 それがすべて壊された。


 ガイアの使いは飛竜に乗って、あるいは鯨のような巨大生物に乗って現れ、上陸してきた。人間にはなすすべもなく、この青南市もあっという間に制圧されてしまった。


 最初の襲撃から、まだ四日。一週間と経っていないのに各地はほとんどガイアの使いの手に落ちた。


 リーダーを買って出ているセッカは、高台の茂みから広場を見下ろす。

 住んでいた住民たちだろう、人間が虚人に命令されて木材を運んでいる。街のあちこちに廃材でバリケードを造らされているのだ。飛行できる使いどもからすればなんてことのない障害だが、攻め込む人間からすればあんな邪魔なものはない。それを同じ人間に造らせていることが、セッカには許せなかった。


「昨日みたいに一気に飛び降りて散開、シーナは雑魚をまとめて片づけて。私が指揮官クラスの相手をするから、アイネとレイトはあの人たちを助けてあげて」

「……昨日より規模が大きいわ。うまくいくかな」


 シーナが不安そうに言うが、ここはやるしかない。昨日も、海沿いの小さな集落からガイアの使いを撃退したところだった。きっと各地で、自分たちのように再び動き始めたガイナーがいるはずだ。街を徐々に解放しながら、どこかで合流する。それができれば一番いい。


「大丈夫だよ。虚人なら戦い慣れてるもん」

「セッカがやばくなったら俺がすぐ救援に行くからな」

 レイトが頼もしいことを言ってくれる。

「お願い。――じゃ、行動開始」


     †


 セッカは高台の急傾斜を一気に駆け下りた。


 ガイナーの存在に気づいたらしく、虚人たちが反応する。セッカは右手を突き出して〈青尖氷槍(アクルピス)〉を発現、氷の槍で虚人の足を撃ち抜いていく。虚人の武器は腕力と機動力。足を潰せば機動力はなくなり、上体に力が入りきらず腕力も落ちる。セッカは以前の戦いでそれを学習していた。


 虚人の他にも猫背のひどい猿のような奴らがいる。並走するシーナが砂の槍――〈砂礫錬貫槍(サドラス)〉を一気に十本発現させて敵の胴体をぶち抜いた。


「皆さん大丈夫ですか!」

 セッカが声をかけると歓声が上がった。

「助けてくれ」「ぶっ倒してくれ」といった声がかかる。セッカは不謹慎と思いつつも嬉しさを感じた。こういう状況があれば自分たちは存在を認めてもらえる。ガイアの使いがいるから私たちに価値が生まれる。

 アイネとレイトが〈竜四肢(ドラテア)〉で超力を得て虚人や猿を殴り倒す。

「さあ、こっち」

 アイネが奴隷として働かされていた人々を誘導する。中には涙を流して礼を言う者までいた。


 ひとまずこの広場は制圧した。

 しかし青南市はそこそこの広さがある。他の地点でも同じように奴隷扱いされている人たちがいるかもしれない。

「シーナ、奥へ行ってみよう」

「ええ」


「まあ、そう慌てるな」


 不意に割り込んできた声に、二人は上空を見た。

 異常に細い体。黒いフォルムに赤い瞳。長い腕、指、爪――堕天使だ。


「羽が八枚――」

 シーナがこぼした。


 確か堕天使は羽の数で階級が分かれているのだ。察するに、この堕天使はかなり強いのだろう。


「せっかく稼ぎ手を確保したばかりなのだ。持ち帰られては困る」

「黙れ! お前たちのいいようにされてたまるか!」

 セッカは怒鳴り返すが、相手は飄々としている。

 アイネとレイトも並んできた。

 いくら八枚羽といえども、ガイナー四人でかかれば倒せるはずだ。

「お前がここのボスだな」


「いかにも。堕天使族のセルナフカ将軍である」


「将軍――」

「そうとも。東京制圧の指揮をとっているのは私だ」


 これは好機だ。セッカの体に力がこもった。

 総司令官を倒してしまえば、敵に動揺が走る可能性は高い。


「みんな、こいつを倒すよ」

 三人が頷き、それぞれの体から想波が膨張していくのが感じられた。

「私を倒すか。大きく出たな。――では相手をしよう」


 ピン、と耳障りな音が響いた。


「なに――」

 セッカがこぼした瞬間、どさりと音がした。ハッとして横を見ると、レイトが頭から血を流して倒れていた。額には円形の傷跡。何かが貫通したような……。

「レ、レイト……!」

 三人に動揺が走った。

 レイトは戦闘経験豊富で身体能力も高かった。

 その彼が一撃で、一歩すら動かせてもらえずに殺された。しかも、セッカには相手が何をしたのかさえわからなかった。


「わかったかね? 将軍と戦おうなどという愚かさが」


 震える余裕すらなかった。

「うあっ……!」

 足に激痛が走り、セッカは崩れ落ちていた。

 シーナもアイネも同じだった。足や肩に傷を作ってうずくまる。

「お前たち程度の腕では、何をされたかもわからんだろうな」

 セルナフカ将軍は、ふっと地面から離れた。


「人間の雄に用はない。我々が必要とするのは雌だけだ。――やれ」


 どこかから新たな堕天使が現れていた。数は六体。羽は二枚か四枚と堕天使の中でも弱い奴らだ。しかし三人は傷の痛みが激しすぎて満足に戦うことができない。

「負ける……もんか……」

 それでもセッカは歯を食いしばって〈炸炎珠(フラーボル)〉を放った。四枚羽の堕天使に命中したが、火球はほとんど傷を負わせられなかった。

 痛みが思考を邪魔するせいで、事象を鮮明にイメージできない。火力が落ちている。


 セッカはもう一度〈炸炎珠〉を作ろうとした――

「うぐっ!」

 が、間に合わなかった。


 堕天使に突き飛ばされ、セッカは地面に仰向けに倒れた。敵がのしかかってきた。手の甲で顎を殴られ、意識が飛びかける。その間に別の堕天使に両手を押さえつけられ、足を強引に開かされる。

「そんな――ちょっと待てっ、嫌だっ! 放せえええっ!」

 暴れようとするが、腹を一撃されて今度は呼吸が止まりそうになる。

 堕天使が口を開いた。長い舌が出てくる。普通の長さじゃない。どんどん伸びてくる。

 堕天使はセッカの下着を破り、蛇のようにしなる舌を突き入れてきた。

「あっ――! ぐううううっ⁉」

 セッカが苦悶の声をあげているうちにも舌がどんどん奥まで入ってくる。やがてそれが激しい熱を伴い始めた。腹の底が溶けるような熱さにセッカが絶叫する。

 頭の向こうからシーナとアイネの悲鳴が聞こえた。だがどうすることもできない。自分のことすら助けられない。


「嫌だ、誰か……」

 ――助けて、と言いかけたが、声は出てこなかった。

 自分たちは人を助けに来たのだ。彼らは抗う力がなかったから征服された。そんな人々に向かって助けてなんて言えない。


 思考がぼやけていく間に、堕天使の舌はさらに熱くなっていく。腹部が焼け焦げそうなくらいに痛い。激痛がセッカから理性を奪っていく。それは快楽などとはほど遠く、暴虐的なただの苦痛でしかない。

「あ、あああ、あ――」

 もはやセッカには、ただ呻くことしかできなかった。


     †


 シャ・リューは民家の上から少女たちを見下ろしていた。


 彼は竜族の将軍である。青色の鱗を輝かせ、手には槍を持っている。首には水竜神(すいりゅうじん)の数珠を下げていた。

 ため息をつく彼の横に、堕天使のセルナフカ将軍が舞い降りてくる。

「一気に三つ。ようやくまともな収穫を得られた」


「悪趣味なものであるな」

 シャ・リューは冷たく言い放つ。


 三人の少女に群がる堕天使どもは夢中になって舌を操っている。それを楽しんでいる様子は一切なく、必死さしか感じられない。そのせいで、やっている方もやられている方も哀れに見えてしまう。


「そう言わないでいただきたいな。我々の事情はよく説明したはずだ」

「わかっているが、実際この目で見ると実に不快である」


 四年前の威力偵察の際、ガイア族の血を口にすることでこちらと同じ能力を得た人間の少年少女たちが現れた。彼ら彼女ら――複製者(ふくせいしゃ)には、少なからずガイア族の血が混じったわけだ。


 それを知った堕天使族が、本攻撃を待つよう種族会に申し入れてきた。


 ――我らが種は数年前に発生した奇病の影響により生殖機能が弱体化、その後は減少の一途を辿っている。ガイア族の体内では堕天使の種が弱りすぐに死んでしまうので、どの種族とも混血が作れぬ。そこで体とガイア族の血が弱い地上人を試してみたい。人間の雌はそのための母体として利用したいのだ。


 堕天使族は遥か昔、光界(こうかい)と呼ばれる場所で罪を犯し、影界(えいかい)へ追放された過去を持つ汚れた種族だ。彼らは自らが汚れた存在であることを認識しているため、純潔という概念が欠落している。


 だが、あの時点で複製者となった少女たちは幼すぎ、交接に耐えられないだろうというのが堕天使族の判断だった。ゆえに、彼女らが成長するまで数年の間がほしい。本攻撃を遅らせてほしい――などと言ってきたのだ。


 そのせいで四年も待たされた。


 竜族は広い地上に降り立つのを今か今かと待っていた。あの階層世界を捨てて、広大な土地を我が物にできる瞬間を待ちわびていた。それを止められたのだからまったく面白くない話であった。


 かといって竜族だけで攻撃を仕掛けるのもためらわれた。

 地上人の持つ、遠距離攻撃兵器。あれを連発されて竜族の兵士が数多く倒れた。遠距離から攻撃できる堕天使族の協力は必須だ。竜族は引き下がるしかなかった。


 ――まさか種付けのために数年も待たされようとは!


 誰もが嘆いていたことを、シャ・リューはよく覚えている。


 そして今。

 やっと出てこられたかと思えば、彼はセルナフカ将軍の副将扱いであり、こんな光景を見せられている。


「シャ・リュー将軍」

 背後から声がした。

 振り返ると金の鱗、イグネア族長が立っていた。

「何事か」

「各地で複製者どもが反攻し、こちらにも損害が出てきております」

「ほう……」

 彼より先にセルナフカが反応した。

「他も動き始めたか。兵器の大半を奪われた連中がどこまで抵抗できるか見物だな」

 この将軍はどこまでも自信に満ちている。


「東都駅……と言ったか? あそこの守りを手薄にしてある。いずれそこを敵が襲撃し、拠点にするだろう。拠点ができれば人間が大勢集まる。我々はそれまでじっくりと待ち、頃合いを見計らって総攻撃をかけるのだ。そうすれば効率よく殲滅できる」


「そんな話、私は一言も聞いておらぬが」

「ここの指揮は私に一任されている。それとも、シャ・リュー将軍は私の考えに反対か」

「別にそのようなことはないが」

「ならばよいではないか。――さて、私は兵を連れ次の場所に移動する。少女たちはまだまだいるはずだ。種付けのためにわざと血を(・・・・・)飲ませた(・・・・)者も多いのだからな」


 ……まったく、下らん。


「イグネアよ、私も移動する。ここの指揮は貴様が引き継げ」

「承知いたしました」


 セルナフカが飛び立つのを見たあと、シャ・リューは地上に目をやった。全裸に剥かれた少女たちは、堕天使どもによって円筒の建物の中へと運び込まれていった。中で磔にされ、やがて堕天使の子を産むのだ。奴らの行動には、勝利の興奮も快楽の喜びもない。種の存続がかかっているから、堕天使どもにとっては作業の一つに過ぎない。必死なのだ。


 ……つまらん相手と組まされてしまったな。


 シャ・リューはまたため息をつくと、口笛で飛竜を呼んだ。巨大な羽を持つ青い竜が飛んでくる。ゴツゴツした甲殻に覆われた飛竜は、砲弾からでも身を守ることができる優秀な戦力だ。


「海へ戻る」


 飛竜に飛び乗り、行き先を伝える。

 シャ・リューは街から離れていった。

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