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ダイアモンド・ベイビーズ  作者: 雨地草太郎
新東京攻防戦
11/50

夢と朝

 灯希は夢を見ていた。

 四年前の光景が、くるくると忙しく場面を変えながら浮かんでは消えていく。


 ――俺が選ばれたのは偶然だったのか、必然だったのか。


 そんなことを考えた瞬間が、何度かあった。


 灯希はあの戦争が始まるまで、ただの中学生だった。成績は悪くなく、上位と中間の真ん中あたりをいつもさまよっているような生徒だった。運動が得意で、小学生の頃から体育の時間は大好きだった。ちょっと目立ちたがりなところもあったから、女子が見ているとわかると必要以上に張り切ってかえって失敗したりもした。


 世界を襲った破滅的な空間振動。それと同時に、洋上にガイアの親指が突き出してきた。

 敵の第一波が襲ってきた時、彼はちょうど学校にいた。自宅を含めた周辺一帯が燃え上がって母が死に、父も勤め先の会社でビルの倒壊に巻き込まれて死んだ。――その事実を知ったのだいぶあとのことだった。


 灯希はただ、街に湧くようにして現れた未知の生物から逃げることに必死になっていた。

 あれは――悪鬼(あっき)と呼ばれる小さな鬼の軍勢だったか。体格は中学生とほどんと変わらず小柄だったが、腕力は尋常じゃなかった。人間は拳の一撃で頭を砕かれ、壁に叩きつけられ、道路に血の川を作った。


 灯希は走った。どこまでも走った。持ち前の身体能力が活きた。他の生徒や近隣の住人たちが次々と餌食にされていく。立ち止まっても助けることなどできない。だから無我夢中で足と腕だけを動かした。彼は他の生徒よりも長距離走に強かったから、スピードが落ちず、かろうじて悪鬼の群れから逃れることができた。


 ……どうなってんだよ……。


 裏路地に座り込んで、灯希は涙を流した。わけがわからない。突然何かが起きて、みんな死んでしまった。校庭にいたから校舎の倒壊に巻き込まれなかったのも、悪鬼から逃げきれたのも、本当にたまたま運がよかったからだ。仲の良かったクラスメイトも、ひそかに憧れていた女の子も、尊敬していた先生も、みんな殺された。


 灯希は右手を見た。逃げている最中に転んで、大きな切り傷を作っていた。手のひらがぱっくり開けて血がどくどくと溢れ出している。


 どこかから唸り声がして、ここにいてはいけないと思った。灯希は裏路地を進む。この道は大通りにつながっているはずだ。そこへ出れば――。


「うわっ……」

 路地に、トカゲのような人間のような、なんとも説明しがたい生き物が倒れていた。頭から橙色の、おそらく血を流している。


 灯希はおそるおそる近づいてみた。

 トカゲ人間の頭には、銃弾が数発食い込んでいた。警官が誰かが発砲して殺したのだろうか。


 とにかく、こんな奴は放っておいて人のいる場所へ行こう。

 しゃがんだ状態から立ち上がろうとして、

「うっ……」

 灯希は激しい立ちくらみを起こした。

 そのまま体が前に傾いていく。


 いやだ――。


 あがきもむなしく、灯希はトカゲ人間が作った血だまりに頭から倒れこんでしまった。血が口に入った。慌てて吐き出そうとしたのがまずかったのか、ひどくえずいた。


 ――そして、血を飲み込んでしまったのだ。


 カッ、と全身からすさまじいエネルギーが噴出してきた。

 数秒の激しい頭痛。それが去っていくと、灯希の頭の中には見たこともない景色がいくつも記憶として刻み込まれていた。


 トカゲ人間の記憶が引き継がれたのかはわからない。

 けれど、灯希にはそれの使い方がわかった。


 ――これなら、戦えるのか?


 自然と、そう考えていた。

 さっきまで感じていた恐怖は遠ざかっていた。


 行かなきゃ、と思った。


 灯希はキッと正面を見つめると、大通りへ飛び出していった。


     †


 目を開くと、すっかり朝になっていた。

 ベンチから体を起こす。在歌と花山、キリカはまだ寝息を立てている。


「灯希君、おはよう」

 左から声がした。顔を向けると、関城がくたびれた顔でベンチに座っている。

「おはようございます」

「僕はさっき起きたところなんだが……時雨ちゃんがいないみたいなんだ」

「時雨が?」


 ベンチに目をやると、確かにいない。


「まさかさらわれたわけじゃないよね」

「それはないと思いますけど……。そんなことをするくらいなら力で潰しに来ますよ」

「だよねえ……」


 灯希は立ち上がった。

 周囲に視線を送ると、ロータリーのかなり向こうに人影が見えた。こちらを見て手を振っている。灯希は安堵のため息をついた。


「あそこにいました」

「お、そうか。よかった」


 時雨の姿がどんどんはっきりするにつれて、彼女がもう一人の人間と一緒にいることがわかってきた。白衣を着た長身の男だ。


「おはようございます、灯希君」

 時雨の灰色の髪は少しほつれている。

「ああ、おはよう。どこ行ってたんだ?」

「昨日倒した兵士級の持ち物を探りに。役に立つ物があるかもしれないと思って」

「掘り出し物はあったか?」

「はい! これを見てください」


 時雨は灯希の隣に座って、一個の水晶を見せてきた。どこにも歪みのない、美しい球体だった。


「これを、兵士が?」

「はい、竜族の兵士級が腰につけていました。全部で三つあります」


 時雨がスカートのポケットから残り二つを取り出した。


「時雨、ナイスだ」

 灯希は親指を立てた。


 この水晶を使って、ガイアの親指の内部――幻界(げんかい)を覗き見ることができる。記憶の薄れかけている事象をよりはっきり刻み込むのもいいし、新しい事象を探して覚えるのもありだ。ガイナーにとって大切な想術の補充用具がここで手に入ったのはありがたい。


「灯希君には助けてもらいましたから、役に立ちたくて……」

 えへへ、と時雨は恥ずかしそうにほほえんだ。


 灯希は時雨の仕草にぐっと心を動かされたが、なるべく悟られないように、

「それで、そっちの人は」

 と話題を変える。


「さっき向こうで会ったんです」


 長身の男が灯希と関城を交互に見て頭を下げ、それから律儀にも名刺をよこしてきた。柿崎彰、と書かれている。


「はじめまして。自分はガイアの親指を研究しているカキザキアキラと申します」


「ほう、研究者の方ですか」

 関城が話しかける。


「そうです、この四年間、ずっとガイアの親指とその生き物についての研究を進めていました。ですが研究施設もやられてしまいましたので、あてもなく歩いていたのですよ。そしたらそちらの火潟(ひがた)さんにばったりお会いしましてね」


「そうでしたか。実は昨日、この子たちが東都駅を奪還してくれましてね、ここを反撃の拠点にしようと考えていたところなんですよ」


「なるほど、そうでしたか。では、自分も微力ながら力になれるかと思います。ガイアの使いについてまとめた情報はすべてここに叩き込んでおります」

 柿崎はコンコンと自分の頭を軽く叩いた。


「敵の情報は少しでもほしい。ですが報酬などは出せそうにありませんよ」

「かまいませんとも。ただ、できればここに自分の休める場所も作っていただけるとありがたいのですが……」

「ええ、ええ、そのくらいはいくらでも作りますよ」


「よし」

 と灯希は声を出し、

「みんな起きろ!」

 眠っている三人に声をかけた。


 んん……とそれぞれ声を漏らしながらも、三人は目を覚ました。


「あれ……一人増えてる……」

 在歌がねぼけた声で言う。


「研究者が来てくれたぞ。これから作戦会議を始めよう。敵の情報を少しでも仕入れて、今後の戦いを有利に進められるようにな」

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