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ダイアモンド・ベイビーズ  作者: 雨地草太郎
新東京攻防戦
10/50

束の間の休息

 東都駅からガイアの使いは去っていったが、かといって駅舎をすぐ拠点にするのも危険だった。


 何せ議事堂をはじめとする重要建築物は遠距離攻撃で消し炭にされているのだ。中で休んでいてはとっさに脱出するのも難しい。


 結局は駅舎から少し離れたバス停が一番いいだろうという結論になった。バス停の屋根は壊れていなかったので雨を防げる。寝るのはベンチで充分だ。


「まったく……君たちの力には恐れ入るよ」

 ベンチに座って、関城が疲れたような声を出した。

 奪還成功しました、と報告に行った時の彼の顔はとても面白かった。


「なんにせよ、今後の活動拠点を得られてよかった。みんなには感謝する」

「灯希がいたからこそ、ですけどね」

「在歌、そうじゃないだろ。全員の力だよ」

「そうだけど、貴方は別格よ」

「お前は自分を低く見すぎなんだよ」

 灯希が強めの口調で言うと、「そうかな……」と在歌は小さな声でつぶやいた。


 灯希、在歌、時雨、花山、キリカ、関城、その秘書の滝本――と現在ここにいるのは七人だけだ。まずはここを避難所にして人々を集めたい。一ヶ所に固まっていれば、敵の急襲をガイナーが連携して防ぐことができる。


「まず人を集める方法だけど」

 関城が話し始めた。

「通信手段は完全に断たれている。こうなると連絡は非常に難しい。そこで原始的な手段だが、駅舎の壁に垂れ幕か何かを下ろしてここが安全だとアピールするんだ」


「そうですね、大きければ大きいほど目立っていいですね」

 在歌が応じる。


「垂れ幕……あるでしょうか?」

 時雨が訊く。


「あると思うわ。倉庫を覗きに行ってみましょ」


「そういう役目は僕に任せてほしい」

 しゃがんでいたキリカが立ち上がる。ガルネアが撤退の口笛を吹いたおかげで、彼と時雨も危険な目に遭うことなく陽動を完遂できたのだった。


「僕が探してくるよ」

「頼んでもいいか?」

「もちろん。そういうのは得意分野だ」

「すまん、頼んだ」

「オッケー」


「私も行く」

 花山が急に言い出し、キリカの手を取って歩き出した。キリカは「ちょっと待ってよ転んじゃうよ」と焦った様子で引っ張られていった。


 関城と滝本が話している横で、灯希たちは三角形を作って立っていた。


「花山とキリカって、前からよく一緒にいたよな」

「キリカが世話焼きだから。花山ってさ、別に死んだっていいやって感じで戦ってるじゃない? だからキリカからすると危なくて放っておけなかったんだと思う」

「戦後も、キリカ君はずっと花山ちゃんの近くにいたんです」

「そうなのか?」


「ガイナー排斥運動が起きた時、花山ちゃんは『やっぱり世界なんてこういうものだよね』って言って、さっさと街を出て行っちゃったんです。キリカ君は花山ちゃんが自殺する気なんじゃないかって心配して追いかけていきました」


「あいつのことだから、ストーカーって呼ばれてもかまわないとか言いそうだな」

「言ってました」

「やっぱり……」

「キリカ君がずっとついてくるから、花山ちゃんもとうとう折れたみたいで、ここしばらくはよく一緒にいましたね」

「カップル成立までいきかけたのに、使いどもが邪魔しやがったせいで台無しよ」


「しかし、ホントに狙いすましたかのようなタイミングで攻めてきたな」


「うん。国会でもあたしたちの隔離施設を作るって話になってたんでしょ? そっちに関しては助けられた部分もあるけど」

「その代償がこの惨状じゃ、あんまりなあ……。ま、おかげで俺も外に出てこられたんだけどさ」

「うん、使いの最大の功績はそれね」

「在歌ちゃん、敵を褒めてるみたいになってるよ……」

「でも事実だし」

「そ、そうだけどさ……」


 とりあえず、と灯希は話題を変える。


「堕天使、虚人、毛玉――じゃなかった白魔(びゃくま)族の族長級を一体ずつ片づけられたわけだ。でもこの上に将軍級ってのもいるんだよな?」


 こくっ、と在歌が深刻そうな表情で頷く。


「遠くから見ただけなんだけど、八枚羽の堕天使だったわ。イチノガワ市があいつの炎で焼き尽くされるのを見たの」


「相当やばそうな奴らしいな」

「直接戦ったわけじゃないけど、強いのは確実よ。遠くからでも寒気がしたもの」

「東京を完全に奪い返すとなると、使いの軍団とも戦わなきゃいけなくなる。それには絶対に自衛隊の力が必要なんだ。兵器と想術の共同戦線は今回も有効なはずだ。どこかで無事でいてくれればいいけどな……」

「確認できないのが苦しいわね……」


 それからはしばらく皆が黙った。会話がなくなるのと呼応するように、夕陽もどんどん沈んで辺りを暗くしていった。真っ暗になっても街灯は一つも点かない。幸い今夜は月が出ているから明るいものの、曇っている日のことを考えると気分が重くなる。


 灯希はベンチで下を向いて目を閉じていた。隣には在歌と時雨も座っている。すぅすぅと音がするので、眠っているのかもしれない。


 戦闘続きの一日だったのだ。休息をとって想域を休ませることが大切だ。無理をし続ければ、あっさり殺される。


 ガイアの使いは余裕を見せてすぐには殺さない時もあるが、たいていの奴は手負いの人間を見れば容赦なく息の根を止めにくる。そうやって殺された仲間を灯希は――隣の二人も――何度も見てきた。


 何よりも休息だ。


 灯希は自分の呼吸を数えて気分を落ち着かせる。わずかな時間でもかまわない。必要なのは、ゆとりのある時間を持つことだ。



 周囲がすっかり暗闇に包まれた頃、ようやくキリカと花山が戻ってきた。


「こんなのはどうだろう。裏側が使えるはずだよ」


 それは東都駅開業三周年を記念する垂れ幕だった。前面には文字が書き込まれているが、裏面は真っ白だ。


「では緊急避難所と書いておこう。マジックは持っていたかな」

「ここです」

 滝本からマジックを受け取った関城が、せっせと文字を書き込み始めた。滝本がハンドライトで上から照らしている。わずか五文字とはいってもかなり大きく書かなければいけないので、終わらせるのにはかなりの時間を要した。


「どうだ」


 書き終えた垂れ幕をみんなで覗き込む。厚塗りしているので綺麗とは言えないが、ちゃんと読める文字で〈緊急避難所〉と書き込まれていた。


「じゃあ、すぐ垂らしてくるね」

「待て待て、どうせ暗くて見えないんだから明日の朝でいいよ。今はとにかく休んでおこう」


 灯希が言うと、キリカはちょっと不満そうな顔をした。


「でも、僕は――」

「お前だって陽動っていう重要な作業をやったんだ。疲れてないわけがねえだろ」

「ちょっとだけだよ」

「そのちょっとが命取りになるかもしれない。俺も今日、カバネダマと戦ってそう思ったよ。だから、休息を優先してほしい」

「……なんだよ、てっきり不機嫌そうに戻ってくると思ったのにずいぶんと優しいんだな。予想はいつだって外れるもんだね」

 はは、とキリカは力なく笑った。

「花山も休息優先で頼む」

「灯希が言うなら、そうする」

「そうしろ」


 さすが東京最大の駅だけあって、バス停のベンチは多い。一人一つを確保して、見張りを決めた上で、それぞれが眠りについた。


 明日は、今日以上の戦闘が起きるかもしれない。

 それに備えて、今は少しでも体を休ませてやるのだ。

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