外伝(〇〇五) 野心と野望
~~~洛陽の都 宮廷~~~
「曹操に袁紹。面を上げい」
「ははっ! 皇后様におかれましては、
相も変わらず見目麗しく――」
「世辞はやめよ。老けたことはわらわが一番良く知っておる」
「ははあっ!」
「花のかんばせとうたわれた、あの頃が懐かしい。のう曹操よ」
「はて、僕には全ての女性が美しく見えますゆえ」
「ほっほっほっ。お前は中原一の女好きであったな。
あの頃と全く変わらぬ。変わったのは官位だけか。
陛下が新たに設立した西園八校尉。
お前たちを推薦したのはわらわじゃ」
「身に余る引き立てに、この名族も感謝の言葉もなく――」
「だから世辞はいらんと言っておる。お前も変わらんな。
思えば今のわらわがあるのも、お前たちのおかげではある。
これはその些細な礼じゃ。
今日は久々に顔が見られて良かった。職務に励めよ」
「はッ!」
~~~洛陽の都 宮廷前~~~
「曹操よ、官位だけとはいえこの名族に肩を並べるとはな。
幼馴染として名族も鼻が高いぞ」
「上から目線の賞賛ありがとう」
「黄巾賊の残党退治にいささかの功があったそうだな。
北門の門番が偉くなったものだと皆が噂しているぞ」
「いらない情報ありがとう。
君こそ黄巾討伐で特に功績もないのに、八校尉に選ばれるなんてさすがだね」
「そうであろう。何もせずとも昇進せずにはいられない、
これこそ名族の威光のなせる業である!」
「本当に君は変わらないね。なんだかほっとするよ」
「ところで曹操、皇后様はなんのことを言っていたのだ?
お前や名族と面識があるようだったが」
「……まさか覚えていないのかい?
やれやれ、君らしいというかなんというか。
ほら、若い頃に君と二人で花嫁泥棒をしたことがあっただろう」
「おお、あったな。
名族もお前にそそのかされて無茶なことをしたものだ。
逃げる途中で足を痛めた名族を、お前は置き去りにしようとした」
「花嫁と君の二人をおぶれるほど怪力じゃないからね。
それに追っ手に犯人はここだと教えたら、平気で走り出したじゃないか」
「うむ、名族の底力を見せてやったな」
「あの時の花嫁が皇后様だ」
「へ?」
「あの騒ぎのせいでケチが付いて、嫁入りの話が流れたそうだ。
だが運命はわからないもので、その後に霊帝陛下に見初められ、
今の御身分になられたというわけさ」
「おお、そうであったのか。
道理で色々と引き立ててくださるとは思っていたぞ」
「皇后様には忘れていたことを言わないのを願うよ」
「袁紹様、元気ですかーーッ!!
元気があれば西園八校尉にも選ばれる。行くぞーーッ!!」
「フヒヒ。さすが袁紹様!
風・・・なんだろう吹いてきてる確実に、着実に、名族のほうに」
「おお、淳于瓊に許攸ではないか」
「そういえば淳于瓊君も八校尉に選ばれたそうだね」
「八校尉ということでね、これから渋谷の駅前に立っていないといけない。
それはハチ公だバカヤローーッ!!」
「メタ発言キタコレ! 自重しろww もちつけおまいらww」
「二人とも袁紹君に話があるようだ。それじゃあ先に失礼するよ」
~~~洛陽の都 曹操の邸宅~~~
「お帰りなさい、曹操様。皇后様の話はなんだったんだ?」
「別に何も。ただの挨拶だよ。
それより僕から諸君に話がある」
「なんだ改まって」
「戯志才君と曹洪君を残し、
他のみんなは故郷に帰り、兵を集めて欲しい」
「なんだと!?」
「ほう、やっと重い腰を上げるか」
「わかった、すぐに戻ろう」
「いったい急にどうしたってんだ?
ちゃんと説明しやがれ」
「近々、都にいられなくなる。
決起の時に備え、今から準備をするんだ」
「……説明になってねえぞ」
「知らないほうがいいこともある、ということさ。
とにかく急いで掛かってくれたまえ」
「募兵するなら確かに曹洪は不向きだな!
金をけちって、ろくに兵が集まらないに決まってる!」
「それだけじゃない。これから都でつましい暮らしをしないといけないからね。
倹約家の彼にいろいろ助言してもらいたいんだ」
「さっから聞いてれば俺をケチだのなんだのと……。
まあいい、曹操様の身は、俺の命に代えても守ろう」
「先に行っているぞ」
「まごまごしていたくせにどんな心境の変化だ?」
「西園八校尉の筆頭は蹇碩君だ」
「なるほど。流れは止められそうもないな」
「またお前らだけで納得してやがる。
曹操、戻ってきたらちゃんと話せよ!」
「ああ、約束するよ。
……さて、まずは手紙を書くとしようか」
~~~洛陽の都 十常侍の邸宅~~~
「蹇碩が黄巾賊と内通していただとぉぉぉ……?」
「あんた、そんな大事なことを藪から棒に、
いったいどこからの情報なんだい?」
「わからん。矢文で届けられたんだが、
確かな証拠がいくつも書き連ねてあった」
「んまあっ! 本当に信用できるんでしょうねえ。
間違ってましたじゃ済まないのよ」
「あちこち手を尽くして裏を取った。
奴が黄巾賊の頭目の馬元義と内通していたのは間違いないようだ」
「真実ならば蹇碩を処刑できるなぁぁぁ……」
「蹇碩ってば西園八校尉の筆頭だかなんだかに選ばれて、
あたしらの権力を脅かそうとしてたからねえ」
「あいつを邪魔だと思う奴らは十指に余る。
そのうちの誰かが密告してくれたのだろう」
「わかったぁぁぁ……。矢文の送り主が誰であれぇぇぇ……。
これで蹇碩を始末しようぅぅぅ……」
~~~洛陽の都 王允の邸宅~~~
「まさか蹇碩がこんなにも急に殺されるとは……」
「同じ宦官ながら十常侍と敵対し、気骨もある奴だった。
奴がいなくなれば、十常侍の権勢はますます強まるだろう」
「やはり十常侍に対抗するには武力が必要だ。
味方してくれる諸侯を集めなければならん」
「都の内にも朱儁や皇甫嵩ら協力者はいるが、
彼らは独自の兵を持っていない。
兵力を持つ、外の協力者を探す必要がある」
「武力といえば、董卓の力は借りられんのか?」
「何を馬鹿なことを!!」
「ブヒィィッ!?」
「い、いや。すまぬ。
だが董卓は駄目だ。奴こそ黄巾賊の討伐に貢献し、図に乗っている。
あわよくば都を制圧しようと、任地への帰還命令も無視して、
都の近くに滞在し続けているのだ」
「ああ。董卓に助力を求めれば、虎に翼を与えるようなものだ。
董卓に対抗するためにも、やはり味方が必要だ」
「西涼の馬騰はどうだ?
朝廷への忠誠心も高いと聞くし、何より董卓の本拠地に近い。
本拠地を馬騰に攻められれば、董卓も撤退するのではないか」
「良き考えと思います。
私も河内太守の王匡など、外に幾人か心当たりがある。
行って説得してきましょう」
~~~洛陽の都 郊外 董卓軍~~~
「フハハハハハ!
宦官どもは互いに相争い、皇帝は無能。
将軍どもは吾輩を恐れて色を失っておる。
我が世の春が来たと言えるなあ!」
「ああ、兄貴が覇権を握る日も近いだろうなあ!」
「その日をより確実にたぐり寄せるため、
魔王様に献策がございます」
「おう、なんだ? 言ってみろ」
「あの呂布を、丁原ごときの下で遊ばせておくのは、
いささかもったいなくはありませんかな?」
「呂布は俺の故郷にある冬、フラッと現れた異人だが、
たまたま丁原の世話になり、仕えることになっただけだ」
「つまり丁原さえ除けば、呂布は魔王様のもとに
鞍替えするに相違ありません」
「なるほど! しかし呂布が怒って吾輩に刃を向ける危険はないか?」
「呂布は温厚な男で、めったなことでは怒らない。
それに部下思いの奴だから、魔王様に逆らい、
部下を危険にさらすような真似はしないだろう」
「よしわかった! 丁原を氷人形にしてやれ!」
「ならば暗殺は俺の甥の胡封に任せてくれ!
素手で誰でも絞め殺せる怪力の持ち主なんだ!」
「絞められる……キュッと……」
「いや、たまには吾輩が自ら手を下そう。
偉くなってからは、なかなかこの手で人を殺す機会もないからな!」
「さすが魔王様だ!」
~~~洛陽の都 宮廷~~~
「むう…………」
「何を迷っているのだぁぁぁ……。
こんな好機を逃す手は無いぞぉぉぉ……」
「さすがのわらわも、夫と兄を殺すとなれば、躊躇もするわ」
「おやおや、情けないことだねえ。
しがない肉屋の娘が、皇帝を色香でたぶらかして皇后に収まったと、
あたしらは密かに感心していたというのに」
「うむ。見損なったぞ」
「相手は皇帝と大将軍ぞえ。慎重にもなるわ」
「実際に手を下すのは黄巾賊の残党で、
その場に立ち会うのは張譲だけ。
あんたには夫と兄を呼び出して欲しいと、ただそれだけのお願いじゃないの」
「二人とも急病で没したと発表し、その後は董卓に恩を着せ、
反対分子を始末させていく。なんの問題もあるわい」
「その董卓が問題ぞ。
あいつはわらわたちの思い通りに動くタマか?」
「我々を見くびるのかぁぁぁ……?」
「董卓は底が知れぬ。それをわらわは恐れているのじゃ」
「あんた、いいかげんにしなさいよね。
ここまで聞いておいて、ただで帰れるなんて思っちゃいないでしょう?
あんたが断るなら、あたしらは別の協力者を探すだけよ。
もちろん、あんたを首だけの姿に変えてからね」
「わかっておる……。わかっておるが……」
~~~洛陽の都 宮廷~~~
「陛下と何進が急逝されただと!?」
「馬鹿な! あの二人は風邪も引かないような御仁だった。
十常侍が手を下したに決まっている!」
「そ、それが十常侍を束ねる張譲も、
奇遇にも病没したという情報が……」
「……どういうことだ? いったい何が起こっている?」
「何をまごまごしているのだ貴様らあっ!!」
「董卓! た、帯剣したまま宮中に入るとは何事だ!」
「今はそんな場合ではない。聞いただろう?
十常侍が反乱し、陛下と何進大将軍を殺した。
即刻、奴らを氷人形に変えてやらねばならぬ!」
「十常侍が反乱だと?
なぜ都の外に布陣していたお前がそれを知っているのだ?」
「細かいことはどうでもいい。ついでに教えてやる。
十常侍の裏で糸を引いているのは何皇后だ!」
「皇后様だと……?」
「貴様らが動かぬのならば、吾輩が代わって手を下してやろう。
謀反人どもは全員、血祭りに上げてやる!」
「董卓よ! 話は聞いたぞ。この名族も力を貸そう!」
「話がわかる奴もいるではないか!
フハハハハ! 地獄の蓋を開くとするぞ!」
「……間違いない、黒幕は董卓だ」
「ああ。そもそも陛下や何進を殺したのは十常侍だろうが、
董卓のこの対応の早さは異常だ。
間違いなく裏で一枚噛んでいる」
「え、袁紹も董卓と結託したのでしょうか?」
「それはあるまい。十常侍の反乱という話を鵜呑みにしているだけだろう」
「董卓め、この機に乗じて都を制圧する考えか」
「わ、我々はどうすれば……?」
「兵力を持たない我々は無力だ。
事態を静観し、最善手を探していく他あるまい……」
~~~洛陽の都 宮廷内~~~
「殺れ! 殺りまくれ! 宦官は皆殺しだあっ!!」
「兄貴、宦官とそうじゃない奴はどう区別すれば良いんだ?」
「髭の生えてない奴はみな宦官だ!
生えてる奴も歯向かったら宦官だ!」
「了解した!」
「何皇后を探すのも忘れるな!
あの女が首謀者だ!」
(ひいいっ! あ、あたしは初めから反対だったのよ!
こんな計画うまくいきっこないじゃないの!)
(こ、声を上げるな! 見つかってしまうだろ!)
「今さらじたばたするでない」
(こ、皇后様!? な、何を――)
「董卓! わらわはここじゃ!」
「これはこれは皇后様であらせられるか!
自ら名乗り出るとは良い覚悟だ」
「肉屋の娘が皇后となっただけでも奇蹟的な僥倖。
それに満足すれば良いものを、さらに上をと欲をかいたのが運の尽き」
「ほおう。今さら殊勝なことを言っても手遅れだぞ」
「そんなことはわかっておる。
陛下が無能なのをいいことに、わらわが自ら朝政を握ろうと目論み、
十常侍に近づいた。その末路がこれじゃ」
「魔王様! 近くに十常侍が隠れているぞ!」
「ひいいいいいいっ!!」
「こっちにもいるぞ! 神妙にしやがれ!」
「お助けええっ!!」
「董卓よ、この者らはもちろん、わらわも貴様を見くびった。
報いは甘んじて受けるとしよう。
最後に聞かせてはくれぬか。
貴様はこの国を、漢室をどうするつもりぞえ?」
「さあな。そんな先のことは考えておらん。
まずは貴様と宦官を皆殺しにするだけだ!」
「……その単純さでどこまで行けるものか、
地獄で見守っておるぞ。さらばじゃ!」
「む!? これは……毒酒をあおったか。
我らの手に掛かるくらいならばと、潔い最期であられた」
「フハハハハハ! 刀が血で汚れずに済んで良かったな。
よし、もう髭もどうでもいい。見つけた奴は片っ端から殺してやれ!」
「「「「おう!!!!」」」」
~~~~~~~~~
かくして皇帝と大将軍、国の柱石たる二人が没し、
宮中を牛耳っていた皇后と十常侍までが倒れた。
そして事態を収拾した董卓は、都を制圧することとなる。