外伝(韓遂伝 〇〇五) 馬騰と韓遂
~~~涼州 西涼~~~
「騙されるな父ちゃん! この男は信用できない!」
「お前に言われるまでもない。
かような妄言に惑わされる父ではないぞ!」
「ちょっとちょっと落ち着いてくださいよ。
まだほとんど何もしゃべって――」
「お前の言葉など聞く必要はない!」
「ぼくはお父さんと話してるんで、坊やはちょっと黙っててくれないかな」
「まだ9歳だからと馬超を馬鹿にしたな!?
ならば槍を取れ! 大人にも引けを取らない腕前を見せてやる!」
「そんなの見に来たわけじゃないんだよ。
閻行、悪いけどちょっと相手してやってくれないかな」
「承知した」
「むむ。その構え……ただものではないな!
よし、馬超と勝負だ!」
「やっと静かになった……。
というわけでお父さん、いや馬騰さん。話の続きなんですけど」
「断る」
「だからちょっとくらい耳を貸してくださいって」
「お前が羌族や裏切り者と結託して、よからぬことをしているのは知っている。
この馬騰は生まれながらに漢の忠臣だ。
反逆者のお前に貸す耳など無い!」
「いやいや、何か勘違いされてますよ。
そもそも反乱をしたのは羌族であって、ぼくや辺章さんは
さらわれて無理やり言うことを聞かされたんですから。
ねえ、辺章さん?」
「ああ。そもそもの成り行きはそうだ」
「その羌族はぼくが隙をついて殺しましたし、
彼らに最初から協力していた、それこそ馬騰さんの言う裏切り者の、
宋建さんや王国さんは追放しました。
今のぼくたちは、他ならぬ漢のために戦ってるんです」
「漢のためだと?」
「その通りです! 漢の忠臣であるあなたなら、
十常侍や董卓が牛耳る都の現状はもちろんご存知でしょう?
ぼくらはそれを正すために立ち上がったんです!」
「お前たちは十常侍や董卓を除くために戦っているのか?」
「そうそう、そういうことです! やっぱり馬騰さんは話がわかるなあ!
ですから、そのために力を貸して欲しいんですよ」
「むう…………」
「一緒に空耳アワーをやりましょうとまでは言いませんよ。
ただぼくらの志を理解してもらって、よければほんのちょっとだけ
協力してもらいたいっていうだけです」
「あいわかった!
お前たちもこの馬騰と同じく漢を思う者ならば、
力添えを惜しんだりなどしない。今後は道を同じくしようぞ!」
「やっぱり馬騰さんは話がわかるなあ!」
「父ちゃん! この男に協力するのか?」
「ああ。話してみればこの馬騰にも誤解があったようだ。
それより息子よ。勝負には勝ったのか?」
「2勝8敗だった……。父ちゃん、馬超はまだ未熟だ!」
「落ち込む必要はない。お前はまだ9歳。ならば10歳になれば3勝7敗。
11歳で4勝6敗に、12歳の時には五分に持ち込めるだろう!」
「すると13歳で……ええと、とにかくいつか10勝0敗になるね!」
「その通りだ! その日まで特訓するぞ馬超!」
「うん! 明日はホームランだ!!」
「……そ、そろそろぼくらはお暇するとしましょう。
とにかく馬騰さん、今後ともよろしくお願いしますよ」
「待て韓遂!」
「……まだ何か?」
「父ちゃんが認めても、いや認めたからにはこの馬超はお前を信用しない。
父ちゃんに代わってお前を疑い続けるからな! それが親子の絆だ!」
「はあ、わかりました……」
~~~涼州~~~
「やれやれ、なんとか説得できましたね」
「西涼の者は、いや中でもあの一族は飛び抜けて頑固だ。
あの場で斬られることも覚悟していたぞ」
「そんなことには私や成公英がさせぬ」
「そういえばあの子に2敗したそうですね。
あなたの性格からして手加減はしていないんでしょう?」
「無論だ。9歳であの才能。末恐ろしい子だ」
「しかもぼくなんか嫌われちゃいましたよ。
なんていうか、本能で自分の敵を見分けてるような……。
あの子には長いこと手こずらされそうな予感さえしますよ」
「お前にそこまで言わせるとはな」
「それにしても、やっぱり辺章さんを生かしておいて良かったですよ。
あなたが口添えしてくれて助かった」
「そりゃどうも。
……俺を殺さなかったのは、こういうことを考えてか?」
「ぼくもここまで予期なんてできませんよ~。
ただ、あなたは誰よりも深くぼくを理解してくれてる。
そんな人には利用価値があるということです」
「……お前に生かしてもらってる命だ。好きに使え」
~~~涼州 官軍~~~
「反乱軍め、仲間割れで崩壊するかと思ったが、
韓遂を中心にまとまったのみならず、馬騰まで味方に引き入れるとはな」
「ほっほっほっ。馬騰殿は単純な御方です。
韓遂にかかれば説得も容易だったでしょう」
「馬騰といえば精強な騎兵で知られている。
厄介な相手だな」
(孫堅や公孫瓚がいれば対抗できたろうが、
こっちも下らぬ仲間割れで彼らを退けてしまった。
まったく、頭が痛いな……)
「皇甫嵩将軍、ちょっといいか?」
「お前は董卓の副将だったか。なんの用だ。
お前らの戦力は当てにしていない。軍議の邪魔だ」
「そう邪険にするな。耳寄りな話を持ってきた。
ここではまずい、そこまで来てくれ」
~~~涼州 官軍~~~
「韓遂が八百長を持ちかけて来ただと?」
「ああ。韓遂はこれ以上の戦乱の拡大を望んでいない。
だが事ここに至っては戦端を開かずに兵を引くことは難しい。
そこで官軍と反乱軍が示し合わせて、最低限の衝突に留めようと言うのだ」
「馬鹿なことを! あの男の言うことが信用できるものか。
我々を罠にはめる策謀に決まっている!」
「しかし考えてもみろ。この話をわざわざアンタに持って行く必要は無いんだ。
董卓将軍と韓遂の間でだけ密約を交わせばいいではないか」
「ならばなぜそうしなかった?
お前ら董卓軍が八百長で反乱軍を撃破すればよかったではないか」
「我々は羌族への対処を命じられている。
韓遂の本隊と戦えば、アンタは抜け駆けだとして魔王様を処罰するだろ?」
「……その通りだ」
「韓遂はそこまで読んで、アンタに話を持っていって欲しいと言うんだ。
悪い話ではあるまい。誰も損をしない」
「……八百長といえど、戦死者は出る。
ただの戦ならば、みな武人として命を賭けて戦ってくれるだろう。
だが八百長で死んでいく彼らやその遺族に、俺はなんと言って詫びればいい」
「八百長で幕を引かなければ、もっと多くの犠牲が出る。
アンタは清濁併せ呑める人だと聞いている。よく考えてくれ」
「……考えさせてくれ」
「……ふう。あの男、話を飲むだろうか?」
「都には我々董卓軍が跋扈している。これ以上留守にはしたくあるまい。
まず間違いなく飲むだろう」
「そうか。大役を果たせて良かったぜ。
お前の台本を丸暗記した甲斐があった」
「演技はあまり得意でないようで。
棒読みで冷や冷やいたしましたぞ」
「そう言うな。俺にはこういうことは向いていない。
次があれば張済にでもやらせろ。あいつは演技が上手い」
「覚えておきましょう」
~~~涼州 戦場~~~
「ひええ~。こりゃあ敵いませんね!」
「撤退だ! 撤退しろ!」
「追撃を掛けろ! 奴らの首を挙げる好機だ!」
「いや待て! 我らを誘おうとする動きにも見える。
深追いは控えるんだ」
「なんだと? チッ、追撃はやめだ。
代わりに射手を前に出してありったけ射掛けてやれ!!」
「ほっほっほっ。私にも好機に見えましたが、いささか慎重には過ぎませんか?」
「戦果は十分だ。無理をすることはない」
「兵の損害も大したことはない。
一気に勝負を付けられる絶好機だったのによ!」
「……大したことはないだと?」
「ひいいっ!? な、なんだよ。
なにか文句でもあります、いや、あるのか?」
「……なんでもない。負傷兵の収容を急げ」
~~~涼州 西涼~~~
「官軍と和睦するだと? 何を言っているのだ!?」
「馬鹿な! さては緒戦の敗北で臆病風に吹かれたな!
やはりお前は頼りにならん! 次はこの馬超がやってやる!」
「いざ戦が始まったらノリノリですね……。
でも、ここらが潮時ですよ。ぼくらは連戦で疲労が激しくなってきてますし、
羌族との仲もぎくしゃくしてますし」
「それはお前が羌族の頭目を殺したからだろう」
「あ、そこ蒸し返しちゃいます?
でもやらなきゃぼくが殺されてましたし」
「羌族は頭目が不在のまま戦いを続けているからな。
当面はお前の指示に従っているが、そろそろ限界だろう」
「ほらほら、辺章さんもこう言ってますし、
ここらでいったん兵を引いてね。態勢を立て直してから、
また官軍との戦いを始めればいいんですよ」
「むう……。お前の意見にも一理あるな」
「父ちゃん! 馬超はまだ初陣を済ませていないのに戦をやめるのか!?」
「9歳で初陣は早すぎるでしょ。
せめて閻行ともう少し戦えるくらいになってからにしなさいな」
「ならば今すぐ勝負だ閻行!
5勝できたら馬超の初陣を認めろ!」
「昨日の今日で3勝も伸ばせないでしょ。
……いやそういう問題じゃなくてね。
ええと、もうめんどくさいなあ」
「話を戻そう。すでに官軍を率いる皇甫嵩とは話がついている。
いずれ彼らと董卓の間で争いが始まるだろう。
我々が動くのは、その決着を見届けてからでも遅くない」
「なるほど。官軍がもし敗れたらその時は、
この馬騰が颯爽と霊帝陛下を助けるために馳せ参じるのだな!」
「それはすごい! 父ちゃん!
馬超の初陣はまさにその時のためにあるんじゃないか!?」
「お前の言う通りだ!
よし、洛陽の都にホームランを打ち上げるために猛特訓だ!」
「……もう、そういうことでいいです」
~~~涼州~~~
「どうにか馬騰さんにも納得いただけたし、
これで官軍も片付きました。皇甫嵩さんにつてができたから、
董卓さんとどっちが勝ってもひとまず安心ですね」
「ああ、お前の思う通りになったな」
「宋建さんはぼくの紹介した枹罕に地盤を築けたみたいですし、
友軍として仲良くやっていけそうですね。
あとは羌族ですが、まあ頭目もいないしどうとでもなるでしょう」
「宋建の挙兵もお前が暗躍していたのか……」
「そうそう、王国さんだけはポイッと追放しちゃって、ちょっと気の毒でしたね。
まああの人なら着の身着のままでもなんとかやっていくんじゃないかな」
「なあ韓遂よ。お前の原動力はなんなのだ?」
「へ?」
「お前は生まれながらの反逆児だ。
だがいったいなにに突き動かされ、戦い続けられるのだ?」
「そんなの面白いからに決まってるじゃないですか!
絶対に敵わないような強大な敵に知恵を絞って挑み続ける。
こんな面白いことはありませんよ。
イラストレーターやソラミミストより、ずっとね」
「……そんな単純な理由だったのか」
「だからぼく絶対、董卓さんとは気が合うと思うんですよね。
あの人も楽しいからとかそういう理由で、あんなむちゃくちゃやってるはずだし」
「その単純さでどこまで行けるのか、
お前に殺される日まで付き合わせてもらおう」
「頼りにしてますよ。
そうそう、昔なじみの曹操さんって人がいるんですけど、
あ、ダジャレじゃないですよ。そう聞こえちゃいました?
聞こえる~~!!」
「い、いや。別に」
「その曹操さんもぼくと似ててね、一生楽しめるからとかそんな理由で、
自分は覇道を歩むとか宣言してて――」
~~~~~~~~~~~~
かくして韓遂は涼州に反乱の芽を撒いた。
彼の悪意は各地に芽吹き、漢を、そして曹操をも、
長年に渡り悩ませることとなる。