外伝(韓遂伝 〇〇三) 天の怒り
~~~涼州 官軍~~~
「フン、やっと到着したか。グズグズしおって!」
「ひいいっ!!」
「と、途中で張純や烏桓の反乱が相次ぎ、対処を迫られていたのだ。
多少の遅れはしかたあるまい」
「見苦しい言い訳をしおって!
まあいい、さっさと賊軍を蹴散らして来い」
「し、しかし我々は都から遠路はるばる行軍してきたばかりで、
とても戦闘に入れる状態ではない」
「吾輩は陣地の構築や兵糧集め、偵察や付近の地形の把握と働き詰めだったのだ。
貴様らはただ歩いて来ただけだろうが。戦いは任せる」
「ほっほっほっ。一理ありますな」
「し、しかし――」
「しかしもカカシもあるか!!
お前も氷人形にしてやろうか!?」
「ひいいいいっ!! わ、わかりました!
至急、攻撃を行いますです!」
(都に残してきた李儒の奴に、吾輩の言いなりになる、
なるべく無能な奴を指揮官にするよう工作しろとは言っておいたが、
あの馬鹿め、物には限度があるだろうが……)
~~~官軍 孫堅軍~~~
「で、実際に攻撃すんのはオレらの役目と。
宮仕えってのは世知辛ェな。
どっかで海賊でもやってる方がよっぽど気が楽だぜ」
「旦那様のお気持ちももっともですが、海賊では大望を叶えることはできません」
「それとも海賊王でも目指すか? 俺はどっちにしろついていくぜ」
「ありがてェが、海賊じゃ養えるのはせいぜい数百人ってところだ。
オレの夢は、この中原の奴らをまとめて家族みてェに暮らすことだからな」
「そのためには地位や名声が必要です。
ここはじっと我慢し宮仕えに精を出すと致しましょう」
「わかったわかった。韓遂やら胡族に苦戦してるようじゃ、
そもそも大それた夢も語れやしねェもんな。
そんじゃあいっちょ――」
「ああっ!? なんだあれは。俺の後ろに隠れろ孫堅様!」
「あの光は――まさか流れ星か?
こんな真っ昼間にあれだけの光を放つとは」
「ほほう、こりゃ絶景だ。
……なんてのん気なこと言ってる場合じゃねェな。
野郎ども、これは好機だ! 反乱軍の連中、きっと泡食ってるぜ。
その隙に蹴散らすぞ!!」
~~~反乱軍~~~
「彗星だ! 落ちるぞ! 世界の終わりだ!!」
「なんてえ音と光だ!」
「に、逃げた方が良いのではないか?」
「そういえば聞いたことがある……。
漢の皇帝は天子と呼ばれ、すなわち天の息子だということだ。
こ、これは天の怒りなのではないか……?」
「天の怒りだと?
い、言われてみればあの音は、まるで神様が怒鳴ってるように聴こえるぜ!」
「聴こえる~~!!」
「ぎゃああっ!! ほ、星が落ちてきた! 落ちてきたぞ!」
「落ち着け! これは星じゃねえ。矢だ。矢を射掛けられてんぞ!」
「て、敵襲だ! 迎え撃て!」
「なんてこった。
まるで奴らは彗星が落ちるのをわかっていたような早さじゃないか!」
「や、やはり漢の皇帝は天の力を味方につけているのか……?」
「そんな馬鹿な話があるか!」
「し、しかしこの早さはそうとでも考えないと説明がつかない」
「まあまあ、とにかくここは逃げましょうよ。
兵士のみんなも怖がっちゃって戦いになりませんし」
「に、逃げろ! 撤退だ!! 逃げるんだああっ!!」
~~~官軍~~~
「フハハハハ! 蜘蛛の子を散らすようとはこのことか。
反乱軍どもめ、無様に逃げていったわ!」
「さすが魔王様だぜ!」
「魔王様バンザーイ!!」
「反乱軍は城に籠もったか。
よし、この勢いで攻め落とすぞ!」
「ちょいと待ちな。奴らは彗星に驚いて動揺しただけだ。
落ち着けば元通りになるし、一目散に逃げてったから
大した損害も与えちゃいねェ。力攻めはどうかと思うぜ」
「ほう、ならどうしろと言うんだ」
「城に籠もってる隙に後ろに兵を回してよ、
補給線を断っちまえばこっちのもんだ。
焦らず兵糧攻めと行こうじゃねェの」
「ほっほっほっ。それも一理ありますな」
(兵糧攻めだと?
そんなことをしたら遠征が長引いてしまうではないか!)
「むう……。
俺は張温将軍の意志に従おう。どうお考えですかな?」
「霊帝陛下は吉報を首を長くして待っておられるだろう。
そんな悠長なことをしている暇はない。ただちに攻め落とすのだ!」
「……そうかい。
まあ大将はアンタだ。好きにやってくんな」
「ならば吾輩がこのような小城など一息に踏み潰して――」
「魔王様しばしお待ちを。少しお耳に入れたきことが……」
「なんだ? ……ふむふむ。
フン、それは面白い。よしわかった!
城は貴様らに任せた。吾輩は胡族の対処をしてやろう!」
「な、なんだと? おい董卓。
まだ編成も決めていないのに勝手な真似は――」
「やかましい! 吾輩は吾輩の考えで動く!」
「ひいいっ!!」
「さらばだ! フハハハハ!!」
(あのヤロー、なんか企んでやがんな……)
~~~董卓軍~~~
「樊稠、さっきの話は本当だろうな」
「もちろんです。俺は涼州の出身で、
反乱軍の主要人物とは旧知でもあり、性情を熟知しています。
もちろん韓遂のこともよく知っております」
「韓遂に情報を横流しし、張温らを撃破させてやる。
そうすれば朝廷の力を弱め、一方で吾輩の名声を高めることができる。
一石二鳥の策と言うわけだな」
「仰せの通りです。韓遂には俺から渡りをつけましょう」
「フハハハハ! よきにはからうがいい!」
~~~反乱軍~~~
「あれえ? こんな夜更けにどこに行かれるんですか?」
「うおおっ!? か、韓遂か。驚かせるなよ」
「えへへ。なんかこそこそしてるから、後をつけて来ちゃいました」
「別にこそこそしちゃいねえよ。俺はここを出て行く。
胡族の連中に見つかったら面倒だっただけだ」
「みんなですげえことやるのは諦めたんですか?」
「だからすげえことを俺一人でやることにしたんだよ。
胡族の連中は頼りにならねえ。
あいつらは根っこのところで天子を恐れてる。
今度の騒ぎでそれが良くわかった」
「そうみたいですねえ。
神様が怒鳴ってる! 星が降ってきた! とか面白かったなあ」
「……アンタは違うみたいだな。
どうだ、こんなところからは出て、俺とすげえこと始めねえか?」
「せっかくですけどお断りします。
胡族のみんなや、辺章さんにも悪いですし」
「何か考えがあるみたいだな。
この劣勢もアンタならどうにかするんだろうよ。
まあ達者でな」
「ああ、そうそう。特に行くあてが無いんなら、
枹罕とか旗揚げするには持って来いですよ」
「枹罕だと? ……知り合いが何人かいるな。
わかった、考えておこう」
「お気をつけて~!
……さて、お待たせしちゃいましたね」
「全くだ。遅刻癖の噂は本当だったのだな」
「ええと、董卓さんの使いの方でしたっけ?」
「違う。樊稠の知り合いだ。
第三者の小生ならば、この城に潜り込むのもたやすい」
「とにかく董卓さんの意向を伝えに来たんですよね。
うれしいなあ。遠征軍の補給線とか教えてもらえたりします?」
「ふむ。まさにそれを伝えに来た。
なぜそれを予期しておられた?」
「ぼくらは兵糧攻めを仕掛けられたら一番苦しいけど、
逆に兵糧攻めを仕返したら面白いなあって思っただけですよ」
「噂通りの曲者のようですな。
話が早くて助かる。では取引と参ろう」
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かくして宋建は反乱軍を離脱し、
董卓は裏で韓遂と通じていた。
足並みの揃わない両軍は戦いの転機を迎えようとしていた。