『集団転移のその先で』――神が思ってたのと違ったから俺氏はとてもオコです。ゲキオコです――
世界観、地名、その他諸々の設定は当作者の別作品『暴君ユーベル迷いナく.』に準拠しています。平行世界とか未来とか過去とかそいう繋がりはあまりないと思うのでまあ深く考えずに楽しんでネ!
街角のネオンライトに照らされて、夜の帳から降り注ぐ真っ白な粉粒がキラキラと煌めいている。
喜ばしいことに、と言うべきなのか。今日日珍しく、今年の聖夜は雪に彩られたホワイトクリスマス。クリスマスパーティーの会場に向かうべく足を進めている俺の視界には、冷ややかな気温に対抗するかのように、お熱い空気を生み出すカップルが数多く映っていた。
「わー、凄いね。ほら、あそこの人達。こんなに人がいっぱいいるのにキスなんてしてるよ。クリスマスだから、開放的になってるのかな?」
歩道の端、建ち並ぶ建築物の陰で、舌を絡めて深い接吻をしている一組の男女がいた。距離は離れているのに、人込みの雑多な音を潜り抜けて、唾液を啜り合う粘着質な音がここまで聞こえてくる。
産まれてから十六年の間、そういった関係に発展した異性が一人もいない純情少年としては、人目も憚らずに行われる熱いキスを見てギョっとせずにはいられなかった。
「だったら、クリスマスなんてなくなれば良いのに。あいつら、見せ付けやがって……」
家が隣接していて、小学生の頃からの幼馴染み。そんな間柄の彼女の名前は冬吹 小雪。この季節にぴったりな冷たい名前とは裏腹に、人懐っこく誰からも好かれる学校での人気者。
「まーくん、僻んでるの?」
そんな彼女が、からかうような口振りでそう言ってきた。「そりゃそうだろ」と言い返したくはあったが、そうすると墓穴を掘りそうな気がして閉口。
今回のクリスマスパーティー――級友の一人が主催した、クラスメイト皆での集まり――その誘いを受けた際、「どうせだし、一緒に行こう」と提案されて、今、彼女にしたい女子生徒ランキング毎年上位の小雪と一緒に歩いている。
クラスメイトがそのことを知れば大層驚き、まーくんこと俺のことを妬むだろう。悪友からは「抜け駆けしやがったな」と怒られるかもしれない。
ふとそんな光景を予想して、胸に芽生えた二つの感情。それは級友達の憧れである小雪と今こうして一緒にいる優越感と、小雪が俺に向けるのは異性としての恋慕ではないと知るが故の悲観だった。
「まただんまり。まーくん、都合が悪くなるとそうやってすぐシカトするよね。たった一人の幼馴染みである小雪さんとしては、その癖は早いとこ直した方が良いと思うんだけどなー?」
「……別に、小雪には関係ないだろ」
そう言い返せば、呆れたように「はぁ」と溜め息を吐く小雪。彼女の吐息は冷たい空気の中で白く揺らめいて、束の間に溶けていった。
率直に言って、俺は小雪が好きだった。小さな頃、体が弱く、よく寝込んでいた小雪。それでも彼女はそのことを悲観せず、いつも花が咲くような笑みを浮かべていた。
その姿は全然、自分の境遇のことなんて気にしてないようで、あえて臭い単語で彼女を例えるなら、小雪は自分のことを二の次にして他人を思いやれる、可憐な向日葵のような少女だった。
そんな彼女に俺が惹かれたのは、思えば必然のことだったのかもしれない。ただ漠然と、そんなふうに思っていた。
長年一緒にいる幼馴染みだから? 容姿が愛くるしいから? 笑顔が可憐で、男好きのする体型をしているから?
俺が何故小雪を好きになったのか、その切っ掛けについてパッと思い付いた項目を当て嵌めようとしてみるも、どれも外れではなくて、けれども全て正解でもないような気がする。
「あ、もうちょっとで会場だね。何か、見るからに庶民とは縁遠そうなお店だけど……そういえば天城院さんも発案に絡んでるんだっけ」
クラスメイトの一人、世界有数の資産家の娘である天城院の名を出して「それなら納得だね」と、一学生が利用するには場違いな気がしてならないレストランへ入店しようとする小雪。
彼女の横に並びながら、俺もまた店へ入るべく足を動かした。心なし、駆け足。何せ、外は寒い。早く暖かい場所へ行きたいと思うのは当然のこと。
だけれど、だと言うのに、学校指定の制服の上から厚手のカーディガンを羽織る小雪は、会場まで後一歩と言うところで足を止め、寒さに震える俺へと振り返った。
何? 早く中、入りたいんだけど。俺がそう言おうと口を開いた直後、小雪は凍えるほどの寒さに負けないぐらい、温かくて綺麗な笑みを浮かべて「そういえばまだ言ってなかったね」と一言。
「メリークリスマス、まーくん!」
一拍の後に付け加えられた言葉に、俺は一瞬呆けた後、「ああ、メリークリスマス」と不貞腐れたように返した。
俺は小雪が好きだ。人なのだから、好きな人の一人や二人いるのは当然。けれど、同じように嫌いな人や、嫌いなものだってある。
それもまた当然のことなのだろう。例えば学年問わず多くの女子生徒から慕われているクラスメイト、日宮和斗が俺は嫌いだ。大嫌いと言っても過言ではない。
どうしてか、はわからないけれど、イケメンだから生理的に受け付けられないって説が俺的に一番濃厚だ。
そして、彼と同じぐらいに、いやあるいは彼以上に大嫌いなものもまたある。例えばそれはクリスマスであったり、さも当然のように嘘偽りを口ずさむ何かしらの宗教の教徒であったり、学校の授業でも習うことがあった日本神話だったり――
とかく、神や宗教。そういった単語と関わりのある話やイベントが苦手だった。聖書であれ、仏教であれ、何であれ、俺はそういった類いのものを受け付けない人種であるのだ。
いつだったかにこのことを小雪へ話した際、「じゃあまーくんは神様を信じてないの?」と問われたことがある。そりゃ、そう思うだろう。こうまで徹底的に神話や宗教の類を毛嫌いする俺が、まさか神の実在を信じているとは思わないだろう。
だから次に俺が返した言葉を聞いて、小雪が意外そうに目をパチクリさせたのは予想通りと言えば予想通りのことである。
――■はいる。じゃないと、辻褄が合わない。神の不在なんて俺は許せない――
断言した。心の底から、全霊を以て断言してやった。不思議とその時の台詞は、一字一句違えることなく思い出せた。
――――――――――
さて、と冷静ぶって場を俯瞰している自分を、他人事のように自覚した。
理不尽なほど唐突に、あまりにもあんまりな突然さで、それは起こった。集団転移。小説等の創作物を嗜む者にとっては、聞き慣れた言葉なのではないだろうか。
あの日、聖夜の夜にクラスメイト主催のクリスマスパーティーを行っていると、突如そんな摩訶不思議な事態が勃発したのだ。
その時は、それが集団転移だなんて荒唐無稽な出来事の始まりだったとは気付けなかったけれど。とかくそれは起こった。起こってしまったことなのだ。
まず、クリスマスパーティーを企画した級友がよくわからない幾何学的紋様に呑まれ、落ちていった。呆然とするその他多数。間抜け面を浮かべていたそんな多数の中には俺も含まれていて、皆が皆訳もわからず狼狽える中、また一人、今度は二人と、集まったクラスメイト達は次々とその幾何学的紋様に呑まれて消えた。
偶然だったのか。必然だったのか。奇しくも最後に残ったのは俺と小雪、二人だけ。理解の域を越えた奇妙な事態に怯えを感じていたのだろう。青ざめた顔で俺を見詰め、震えていた小雪も、やがて幾何学的紋様の中に消えてしまった。
次は、俺。そんな直感は違えることなく的中して、足下に現れた幾何学的紋様の中に、俺もまた小雪や他の皆と同様に落ちていった。
浮遊感はあったのだと思う。大空を舞うような、あるいは大空から落ちるかのような、そんな感覚。己という存在がとっても狭小な存在に思えて、けれどもその時だけは自身が天上の下を俯瞰出来ているという奇妙な優越感があった。
ふよふよと、ふよふよと、揺らぐ曖昧な境界の中、真っ暗なのか、明る過ぎるのか、そんなこともわからない摩訶不思議な空間で、俺はソレと出会う。
「私は神です」と、ソレはさも当然のことであるようにそう言った。
「貴方達にはこれより、破滅へ向かう運命を覆す救世主として、異界へと旅立ってもらいます」と、ソレはあたかも台本をなぞるようにそう言った。
「異界へ転移する際、次元の狭間を跳躍する副作用で貴方達の魂には歪みが生じます。歪みと言っても悪いものではなく、損傷を補うべく異界の精霊を取り入れ補強しようとする魂の働きもありますので、結果的に言えば、そうですね……貴方達は一人一人、第一現実世界に住まうままでは手に入れれなかった強力な異能を獲得する結果になるはずです。それがどんなスキルなのか、は私にもわかりませんけれど、とかくそのスキルを使い、貴方達は異界を救うべく戦わなければなりません」
見え透いた詐称を騙るように、ありきたりな英雄譚を謳うように、神を自称した摩訶不思議な存在は俺達に告げる。
剣を取れ。「あるいは勇ましい戦士のように」
魔導を振るえ。「あるいは熟練の魔導師の如くに」
「戦いの果てに、英雄となるか否か――その結末を決めるのは貴方達自身です。私からサービスに、貴方達に自身の状態を視覚化するギフトをお贈りしました。何せ貴方達は未来の英雄。ならば祝福を与えずして、何が神か。試練はありましょう。絶望もありましょう。けれど、貴方達にはそれを覆す希望もまたついているのです。故に、どうか挫けず」
「ご健闘を」とそいつが言った直後、視界がブラックアウト。また奇妙な浮遊感の、後に――
俺達は、剣と魔法の異世界へと足を踏み入れた。
「ようこそ、救世主の皆様方! 我等ナルシスは、貴方方の到来を心よりお待ちしておりました!」
そんな、ありきたりな言葉に出迎えられて。
――――――――――
「まさか、無能が紛れ込んでいるとは……」
厳つい風貌の中年が、吐き捨てるようにそう言ってきた。転移の直後、俺達は救世主の威光を見せてくれというナルシス王国とやらの姫? のお願いを聞き入れ、自身の状態を視覚化するという異能を用い、各々が与えられた異能を自覚し、把握し、そして使用して見せた。
たった一人を除いて。その一人というのが俺であり、先の中年の発言は、いつまで経っても異能を発現させない俺の挙動に何か勘違いをした故の不幸な擦れ違いを原因とする言葉なのだろう。
小雪の心配そうな声。クラスメイトの嘲り。この場にいるナルシス王国の関係者達の罵倒が、鼓膜を打つ。
誰かが言った。クラスメイトの田中だ。「おい望月! 早くお前のスキルを見せてくれよ! 後はお前だけなんだぞ?」と冷笑混じりに急かしてきた田中は、斬撃を飛ばすとかいうよくわからないスキルを獲得している。
「それとも何だ、まさかお前、お前だけ――」
クスクスと、嘲笑の声が聞こえた。今笑った奴等、後で覚えてろよ。続けて口にされた「本当にスキルがないのか?」という問い。返答は否である。否であった――が。
「やはり、そうなのか。貴様のような穀潰しを歓待する寛大さなど、ナルシス王国にはない! 即刻この国を出ていけ。私の気が変わらんうちにな……!」
厳つい男が、俺が否定の言葉を上げる前にそう言い捨てた。勘違いである。根本的なことを履き違えている。
それは、クラスメイトもそうであるし、この厳つい男だって、先程俺達を出迎えたお姫様とやらもそうだ。
俺のスキルの有無について? 否。そのこともそうではあるけれど、それよりももっともっと大事なことをみんな勘違いしているのだ。
クラスメイトの彼等彼女等は神の実在に大層驚いていて、あの奇妙な空間にいたソレが神であると心の底から信じきっているし。
お姫様や厳つい男、ひいてはナルシス王国の者達は、俺達が神に出会い、この世界を救うために必要な力を授けられた者達であると捉えているし。
浮かれていた。皆が皆、自身は選ばれた者達なんだぞと、自身は選ばれた者達を呼び出したんだぞと。そう、神に選ばれた者達を――けれど。
俺は思うのだ。思わずにはいられないのだ。あんなのが、あんなにも狭小な存在が神であって良いのか? と。
否だ。断じて否である。■というのはもっと絶対で、超越していて、何もかもを凌駕した唯一無二の存在でなければならない。じゃないと、辻褄が合わないのだ。そうでなければ、道理が合わないのだ。
あの奇妙な、ふよふよとした浮遊感の中で、俺の目に映ったのはしかし創作物でありがちな俗物的な女神の姿。ありえない。あんな、一切の脅威も崇拝も感じない存在が■?
ふざけるなと、声を大にしてそう叫びたい気分であった。それは今も変わらず、故に俺は告げたのだ。
「衛兵共! この役立たずを早く連行し――」
「ろ」と、そう続けようとした厳つい男に向かって、彼に守られるように立つお姫様とやらに向けて、外野になって俺を囲う、目が節穴のクラスメイト達に届くように。
――あるいは、どこかでこの光景を見ているであろう、身の程知らずの紛い物を糾弾するように。
「汚い口を開くな。異教徒共が! 我思うが故に、■はここに現界せり。告げろ――聖剣全能領域」
そう言うと、視界に入れただけで脳髄が爛れるほどの、筆舌に尽くしがたい理解不能の何かが手の中に現れた。
それは信仰であり、思想であり、理想。■を全知全能足らしめる超次元的な神聖さの塊。剣という形を模した神威。
■の実在を証明するに相応しいその偉容に、この場にいた皆が皆目を見開き、喉をひきつらせ、一部の者は感極まったのか咽び泣いて血へどを吐き出した。
そうだ。■とはこうでなくてはならない。見ただけであまりの理解不能さに前後不覚へ陥るほど、人の尺度を超越した存在でなければならない。
だから、否定する必要があるのだ。あの擬きが所詮は紛い物の、神の名を騙るだけの俗物であるということを。
「……手始めに、お前達に知らしめてやらないと。■はいるさ。だが――」
あのような狭小な存在ではない。そうだろう? 叫べ、胸の内に燻る祈りを。想え、脳髄を溶かすグツグツに煮立った願いを――天上におわす、偉大なる■へと。
それこそが信仰。それでこそ信徒。俺はその時、ようやく理解した。俺が神話や宗教の類いを毛嫌いしていたのは、そこに描かれ、語られる神々が、あまりにも■の実在からかけ離れているように思えてならなかったからだ。
これが、後の世に最悪の思想家として歴史に名を刻む俺の始まり。世界唯一の正当な聖剣使いでありながら、勇者としての責務も、英雄としての軌跡からもかけ離れた道を進んだ、敬虔なる信徒の話のその一幕。
名前・まーくん
種族・人間
性別・男
年齢・えいえんのじゅうろくさい
異能・聖剣アドヴェント
『備考』
頭がやられてる。聖剣アドヴェントが発現したせいか、生来からだったのかは定かではないが、■を唯一無二の絶対な者であるとし、そうではない者を神として認めず、理不尽な殺意を抱く敬虔なるイカれ野郎。
転移直後、その狂気的な信仰が爆発。幼馴染みの小雪にだけは少年らしい態度を取るが、それ以外の者には非友好的な態度を取るようになる。
なお戦闘力的には、作者の別作品である『暴君ユーベル迷いナく.』で言うところの対国級上位から対界級下位の間を行ったり来たり。全身全霊のカケルやシェーネに僅差で押し負け、全力のユーベルやチヨからは一方的に甚振られる程度の実力。
幸いにもこの世界線にはそういった超常的次元の者がいなかったため、まーくんは苦戦という苦戦を体験しないまま布教活動に終始出来た。ヤッタネまーくん! 君の幸運値は天限突破シテイタンダヨ!




