[6]強制イベント
ここから第二章ざます。どうぞ
……ざます?
「腱鞘炎になるかと思った」
俺は馬車の中で手首を気遣いながらしみじみと呟く。
「まぁ何百という人間の傷を治していたからな。無理もなかろう」
隣で干し芋を食べながら幼女ファミが幼女らしからぬ悟った顔で言う。
俺達は事故が起こったというメタルギア鉱山に向かい、大量の怪我人の治療を行った。そして状況も落ち着いた為、俺とファミはソニード王国王宮に戻る馬車の中である。
「ただあれじゃな。次から次に怪我人に向かって拳を振り下ろしていくジンの姿は傍から見たら狂気の沙汰でしかなかったな」
「頑張った人間に対してなんて事を言うんだこのくそ幼女は。お前こそずっと熊の背中に乗ってウロウロしていただけじゃないか」
「おぬしこそ言葉の選び方には気を付けんか。わらわはあやつと一緒に荷物の運搬を手伝っとったんじゃ」
ちなみにその熊は馬車には乗れなかったので後ろの荷馬車の方に乗っている。馬車を引っ張る馬と手綱をとる兵士がめっちゃビビっていたのが印象的だった。まぁ当たり前だよな、相手熊だし。
ただ、そんな凶暴なイメージしかない熊の背中に見た目だけは可憐なファミが乗って荷物を持ってあっちゃこっちゃのそのそ歩き回る姿は多くの人間の心を癒していたらしい。そういう意味ではこいつもきちんと役に立っていたといえる。まぁ本人は知らないようだが。そして俺から言ってやるつもりもないが。だってなんか悔しいし。
「それにしても、おぬしの力は生物以外にも効いたのじゃな」
「ん?ああ、そうらしいな」
「らしいって。おぬし自分の事なのに分かっていなかったのか」
ファミは呆れたように溜息を漏らす。
というのも、鉱山で治療の合間に、なんとなく壊れたツルハシなんかに拳を振るってみたところ、なんと見事に直せてしまったのだ。まぁそのお陰で仕事量が大幅に増えもしたのだが。
「まぁどのみち仕事はきちんとこなしたんだ。早く王宮に帰って労ってもらいたいぜ」
俺はぐぐっと体を伸ばす。鉱山に滞在中の宿泊施設はお世辞にも衛生的とは言えなかった為それなりに疲労が蓄積していた。今はとりあえずふっかふかのベッドで寝たい気分だ。
「それには同意じゃな。じゃが、わらわはともかくおぬしはそう簡単に休ませてもらえるかのう?」
ファミが意味ありげな視線を向けてくる。
「なんだよ。またなんかハプニングでも起こるとでも言うのかよ」
「いや、ハプニングというかじゃな。王宮に帰るという事はあの王女と国王がおるところに戻るという訳じゃろう」
「そうだった」
俺は失念していた。王宮では存在自体がハプニングみたいな親子が待っているんだった。そしてそんなハプニング親子が王であり王女であるこの国。言葉にならない。
「あれじゃないか?また結婚の話にでもなるんじゃないのか」
「いや、だとしても仕事終えてきた俺が休みたいと言えば流石に休ませてもらえるでしょう」
「まぁそれもそうか。いや、あの王女の事じゃ、添い寝の一つもするかもしれんぞ」
「なん、だと……っ!」
添い寝。それは寄り添いながら寝る、という事。
年頃の男女が、寄り添いながら……寝る。
言葉通りの意味で、寝るのかい?
それとも、もっと別の意味で……寝るのかい?
さぁ、どーっちだ?(甘ったるい声で)
馬鹿な事を言うんじゃないよ。俺は鋼の理性を持つ男だぞ?
答えなんぞ決まっているじゃないか!
「この際一線越えてもいいと思うな俺は」
「なんか不吉な事を言い出したぞわらわ怖い超怖い」
ファミがドン引きしてる。
「据え膳食わねば男が廃るっていうもんだ。いいじゃないか添い寝。添い寝万歳」
「やばい。疲れとるんか知らないがジンが壊れ始めた。頼むから健全な物語のままハッピーエンドを目指す方向で頼むぞ主人公」
ファミがよく分からない事を言い出したが、俺は気にしない。
というか気にしている暇などなかった。
だってこの直後、俺達の乗っている馬車が吹っ飛んだんだから。
その瞬間は強烈な爆発音と共に訪れた。
いきなりガツン揺れたかと思いきや地面と天井が逆転した。
と思ったのはほんの一瞬の事。
すぐに馬車は地面に叩きつけられ、乗っていた俺とファミも衝撃で気を失った。
意識が遠のく直前、俺は思い出していた。
RPGあるある『凱旋中の襲撃イベントはむしろ通過儀礼』
全くその通りだと思う。
…………。
……。
「……んっ」
「やっとお目覚めかい」
一体あれからどれだけの時間が経ったのか。意識を取り戻した俺の視界に最初に飛び込んできたのは、
「……おぅ」
ナイスでビッグな膨らみを二つお持ちの綺麗なメイド姿のお姉さんと、なんかついでに柄の悪そうな男だった。
「おい、お前今起きぬけに失礼な事考えなかったか?」
「いえ、滅相もない」
柄が悪そうな割に鋭い。というかこの状況は一体どういう事だ。
俺は今椅子に座らされ体は椅子ごと鎖で縛られている。
どう考えてもやばい状況なのは間違いなさそうだ。
「……ふむ」
にも関わらずやはりお姉さんの清楚なメイド服の胸元から除く魅惑のクレバスにちらちらと目がいく俺。青少年の馬鹿野郎とだけ言っておこう。
「あん?お前どこ見て……、ははぁん」
柄の悪いのが俺の視線の向く先にあるものに気付いたのかにたりと笑う。
「お前、今こいつのおっぱい見てたろ?あん、見てたんだろ?」
「いえ、見てないですよ」
ザ・棒読み。
「いやいやいや。素直になれって。俺が言うのもなんだがこいつのおっぱいは大きさから形から何から優れたバランスを誇るナイスおっぱいなんだよ。だからお前がそんなナイスおっぱいに見とれていたってなんら不思議じゃない。いやむしろ男なら見とれなきゃ嘘ってなもんだろう」
柄の悪いのがストレートに変態ちっくな事をべらべらとのたまう。
しかしどうしてだろう。俺にはこいつを軽蔑する事が出来ない。
それはなぜか?俺が男だからである。青少年、かくも悲しき哉。
「ほら、柔らかさも折り紙つきよ」
ふにょん。という擬音が俺の中で響く。柄の悪いのがなんとメイドさんのおっぱいを鷲掴みにして揉みしだき始めたのである。
「こいつは俺の奴隷だからよ。こんな事もし放題よ。どうだ?うらやましいか?」
当然だろう。とは口に出したいが言ったが最後俺の理性は遠く彼方に飛び去ってしまいそうな気がしたので言わない。俺という男の最後の抵抗だ。
だが悲しきかな体は正直だ。目の前で繰り広げられる魅惑の光景に俺の青少年が立派な青少年へと進化をしようとしている。ああ、俺の中のBボタンはいずこにあるんだ。このままじゃ本当に進化しちゃうよ?
と、俺は自分が割と命の危機にあるかもしれないという時なのにも関わらず相変わらず思春期の中学生みたいな事を気にしていた。こう、授業中に突然進化を始めたあの時みたいな、ね。隣の女子にばれないように誤魔化すのに必死になるわけよ。
「ははっ。我慢は体に毒だぜ。なんてったっ」
「クラッシュ様」
と、ここで今まで真顔のまま微動だにせずされるがままだったメイドさんが柄の悪い男、クラッシュというらしいそいつの名を呼び視線を向ける。ちなみに揉みは継続中。
「おう、どうしたジオネ。とうとう俺のテクに」
「いつまで揉んでんだよ」
どごす。という鈍い音を立ててクラッシュの顔面にメイドさん改めジオネの拳が炸裂する。
「おぶっ!ジオネお前」
「誰が揉んでいいと許可した」
ごす。みぞおちに膝蹴り。
「この胸が私にとって割とコンプレックスな事知ってるはずだな」
ずどん。くの字に曲がったクラッシュの背中に踵落とし。その瞬間ジオネさんは緑と白の縞々を着用している事を確認。いい趣味だ。俺好みという意味で。
「が、がはぁ……っ!」
クラッシュは口からよく分からない量の血を吐きながら倒れる。
「……ふぅ。あらクラッシュ様?寝ている場合じゃございませんよ。この人をここに連れてきた理由を説明しなくては」
ジオネさんはヒールの踵でクラッシュの後頭部をぐりぐり。
クラッシュがさっきジオネさんは奴隷だと言ってたよな。うん、奴隷ってなんだっけ?というかクラッシュは呼び捨て出来るけどジオネさんは出来そうにない。理由は察してくれ。
「ふぅ……ふぅ……はぁ……はぁ」
よく見たらぐりぐりやられているクラッシュが凄くいい笑顔だ。それはつまりそういう事なのか?そういう歪んだ主従関係なのかこの二人は。
よし、素直にどん引こうっと。
クラッシュは口元の地を拭いながら立ち上がる。なんか頬が赤みがかっていて気持ち悪い。
「いやぁ、たまらん。本当にこの流れたまらないわ。一瞬昇天しかけたよジオネ」
「そのまま死ねば良かったのに」
「おぅふっ!辛辣だねぇ。主人に向かってその言葉遣い!いいよぉ、もっと欲しがるよ今日の俺はぁ……!」
血走った眼。荒い呼吸。言っている内容。合わせてスリーアウトチェンジ。いやゲームセットです。なんだこの国は。3人に1人は変態か?変態なんですか?
この瞬間俺の脳裏にとある残念美人な親衛隊長がよぎったのは言うまでもない。
「いいから早く話を進めろよこのニセフトコロコメツキダマシ野郎が」
「くぇふっ!なにその一瞬なんの事言われてんのか全く分からない野郎フレーズは。今日のジオネの辛辣さは神がかっている!で、実際なんなのそれ?」
「虫です」
「虫かぁ……いいね!」
クラッシュがジオネさんの罵倒に『いいね』をしています。うん、どうでもいい。
俺帰ってもいいだろうか。この場にいなければいけない理由が微塵も見つからないんだが。
と思い始めた矢先、クラッシュがそんな俺の心の変化を汲み取ってくれたのかしらないが、うほんとひとつ咳払いついでに吐血してから、真面目な表情を取り戻した。
「まぁ、俺のお楽しみはこの辺にしとくにして、だ。ジオネの言う通り客人に対して説明ってやつをしなくちゃな」
そこでばっとクラッシュは後ろを向く。
「俺達は、武装組織『マイクロブラックボックス』だ!」
クラッシュの背中、マントには、確かに名前の通りの小さい黒い箱の絵と『MBX』という略称なのだろうか、文字が刺繍されていた。
「武装組織ってなんだよ。テロでもするのか?」
「当たらずとも遠からじってところだな。俺達はある目標に向かって活動をしているんだよ」
ばさっ、とマントを翻してクラッシュがこちらに向き直る。
「目標?」
と聞くと、それを待ってましたとばかりにクラッシュは両手を目一杯広げ、
「戦争だよ」
そう言いきった。