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[36]決着

「なんだ、なんだなんだなんだっ!何が起こったっ!」


セガール軍前線司令部。ウインドはモニターの映像に、そして自分が手にした水晶の変化に周りの目も気にせず大いに取り乱していた。


モニター上ではいきなり災害の黒雲が消滅し始め、更に水晶は映っていたファミの姿が消えて色も透明になっている。


全てがウインドにとって想定外の事だった。


あの災害の黒雲は鍵となる者、ファミ・リーコンを殺して一時的に力を奪う以外に消し去る方法はない。もし殺害されたならばそれは水晶を通じてウインドにも伝えられる。


しかし今起こっているのはそうではない。水晶が、突然ただの水晶に変わってしまったのだ。


「ウ、ウインド様、『デスト』が……」


兵士の一人がためらいながらも報告を口にする。彼の報告を聞き、モニターを見たウインドは、信じられないとでも言いたげに首を振る。


『デスト』つまり災害の黒雲が完全に消滅したのだ。


そもそもセガール帝国軍が他国に宣戦布告するという暴挙は災害の黒雲ありきの計画だったのである。


事前にファミの動向をキャッチしていたウインドは病床の皇帝、父を騙して半ば無断で承諾を取り付け戦争を始めた。セガール帝国は強国だがしかしエニック、ソニード両国を相手にして確実に勝てる保証などどこにもない。ヒポリトなど一騎当千の者たちや災害の黒雲があって初めて勝算が生まれる戦いだったのである。それが今は何一つ残っていない。


ウインドは、自分の心が崩れていくのを感じた。立て直しようもない完全な崩壊。


「い、一体、どうすれば……っ」


か細い声を絞り出す様子はとても一軍の将とは言えなかった。


彼にとっての戦争は万能の剣と盾があって初めて成り立つものだったのだ。


ぶっちゃけて戦いの才能などほとんどなかったのである。


予期せぬ事に前線司令部の兵士達は動揺し、その中でウインドの指示を待っている。それが分かるから、ウインドは更に心をかき乱された。


「どうすればいいのだ……っ」


「とりあえず蹴られとけばいいと思う」


応える声があった。誰のものかとウインドが顔を向けた瞬間、彼の端正な顔は潰れる勢いで蹴り飛ばされた。


「はぼぇっ!」


ウインドの体はぐちゃぐちゃな軌道を描きながら壁にぶつかる。床に倒れた彼の鼻からはとめどなく血があふれていた。恐らく鼻の骨が折れたのだろう。


痛みと衝撃と動揺と、その他あらゆる負の感情が渦巻く中でウインドはなんとか自分を攻撃した正体を見る。


そこに立っていたのは、一人の獣耳の少女であった。


「まずは一撃、と思っていたけど最初の一撃が結構効いたみたいだね」


冷たく見下ろすのは、彼がソニードからセガールへ向かう列車の中で捕らえた獣人族の少女、タマ。彼女はゆっくりとウインドに向け歩を進める。


「ひ、ひぃっ!し、侵入者だっ!殺せっ!」


突然の事に呆けていた兵士達もウインドの喚き声に反応して銃を構える。


「はい、こちらに注目してくれるかしら」


場に不似合いな妖艶な声。その主、いつものメイド服ではなく体のラインが出る黒いスーツに身を包んだ女が現れる。


彼女は武装組織『マイクロブラックボックス』のジオネ。彼女はクラッシュの命令でこの司令部に侵入し、ある二つの事をするようにと指示されていた。


一つはタマの救出、そしてもう一つは、


「この子か私に一発でも撃ったらこの爆弾の起動スイッチ押すわよ」


高々と掲げたのは丸いボタンが一つだけついている四角い箱。


「ちなみに嘘だと思っている方々の為に一発」


ジオネは躊躇いなくスイッチを押す。数秒後、司令部に爆音と地響きが届く。


「今のは外の雑務用具入れに仕掛けた奴よ。これでも嘘だと思うなら確かめてもらってもいいわ。ちなみに二発目は兵舎にしかけたから」


青ざめる兵士達の顔を満足そうに眺めながらジオネはその後も淡々と爆発する場所の順番を並べていく。更にどのような爆弾をどのくらい仕掛けたのかも淀みなくすらすらと述べていく。


兵舎には今多くの兵士達がいる。それを考えたら司令部の兵士達には銃を下ろす以外に選択肢はなかった。


「お。おいっ!何をやっているっ!俺は皇子だぞ!皇帝の息子だぞ!兵舎が吹き飛ぶんだかなんだか知らないがそんな奴らよりまず俺を助けろっ!」


ウインドが鼻から血を噴きながら怒鳴る。しかし兵士達は誰一人として銃を構えようとはしない。ウインドは確かに皇子で、本来ならば一番に守るべき対象だ。だが、今のウインドにその価値があるのか。己の野心に国民を巻き込み、更には兵士を人間とも思わぬ言動。兵士達には兵士達の考えがあったのである。


もう、この人には従えないという考えが。


「もうお前はおしまい」


タマは静かに言うと、ウインドの胸倉を掴み片手で軽々と持ち上げる。


「な、何をするぅっ!やめろぉっ!」


ウインドは足をばたつかせたりタマの腕を振りほどこうと必死に動くが、しかしタマは平然とした顔のまま微動だにしない。


「やめろと言っているだろうっ!そ、そうだ、何か望みはあるか!金でも土地でもなんでも用意してやろうっ。だ、だから」


「分かった。じゃあ一つだけ」


「な、なんだ?」


怯えるウインドに対しタマはほんの少しだけ微笑む。


「お前をぶん殴らせろ」


素早くかつ固く握りしめられた拳がウインドに向けて振り抜かれる。


「良かったの?」


その様子を見て、ジオネは首を傾げる。


「これでいい。こいつには痛み以外の苦しみが必要だから」


タマは見下ろす。鼻血を垂らしながら泡を吹き股間を濡らして無様に倒れるウインドを。


タマは拳を解く。当てる事のなかった拳を。


「確かに。これは殴られるよりも遥かにきっつい醜態ね」


ジオネは妙に納得したように頷く。


それからまもなくして、セガール軍前線司令部は陥落した。その背景に二人の美女の存在があった事はあまり知られていない。


そして、その後の調査で基地の内外に爆発した一つを除き爆弾など一つもなかった事も、公にはされなかった。











…………。

……。


俺は天堂ジン。そう、天堂ジンだ。ちゃんと名前を言えるな。これでいつ天国に召されても大丈夫だ。


「とか考えてそうな顔ね」


「勝手にモノローグを仕立て上げないで」


呆れたような顔をして俺を見るスーファ。彼女と俺と、そして俺の腕の中で眠りこけているファミ、の3人で今は飛行艇に乗って地上を目指していた。


あの黒雲が消滅し、大空へと投げ出された俺達だが、その下でずっと待機してくれていたスーファに拾われ、なんとか九死に一生を得たのだ。


「それにしても、よく寝ているわね」


「だな」


俺達の視線は寝顔だけは愛らしいファミに注がれる。緊張やら恐怖やらで疲れていたのだろう。スーファに拾われた直後には気を失うようにあっさりと寝てしまった。


「まぁ無理もないな。こんな小さな体にどれだけの重荷を背負ったんだってな話だからな」


スーファが頷く。


「ええ。本当に、無事に帰ってきてくれてよかった」


その声は少し震えていた。理由はあえて問うまい。


「全員無事で何よりだ。さっさと帰ろうぜ。俺も今回ばかりは疲れすぎた」


「そうね。これもどれくらいもつのか分からないし」


これ、飛行艇は言ったそばから黒煙を噴き出す。


「ハ、ハッピーエンドでお願いしますよぉっ!」


冷や汗をたらりと流しながら、俺は神に祈った。


まぁ、とにもかくにも、ファミも無事で、みんなも無事。そんでもって俺も無事。


一件落着、ハッピーエンドでございます。





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