[35]助けに来た。故に助ける
ファミ・リーコンは深い闇の中にいた。闇の中で、ただ過ぎていく時間に身を任せていた。
『わらわは一体何をしているのだろう』
両手両足を拘束され十字架に磔にされたような体勢のファミ。彼女の脳裏をよぎるのは『災害』覚醒の瞬間。
ウインドに連れて行かれた封印の場所。そこで胸に刻印の傷、丸の中に三角や四角などの図形をいくつか重ねたようなもの、を刻まれ『鍵』としての機能を起動させられた
思い出すだけでも身の毛がよだつような瞬間だった。自分の中に冷たくどろっとした黒い得体の知れないものが充満していく感覚。自分の体が悪意に満ちた誰かに奪われる、それをただ何も出来ずに身を委ねておくしか出来ないはがゆさ。
全てが不快だった。
それからは、覚えておくような事は何もなかった。ただ闇の中で過ごすしかない。何も考えず、何も感じずに。
その時間が果たしてあとどのくらい続くのか。もしや永遠にこのままなのか。
『いやだ。このままなんて絶対にいやだ。わらわには、わらわには……』
そこで言葉は詰まり、代わりに様々な記憶が映像となり彼女の中を駆け抜ける。
両親とスーファ。愛犬のオリマーも元気に庭を駆けている。
もう見ることの出来ない日常。ファミは家を失ってから何度この光景を思い浮かべ、そして涙を流したか分からない。
でも、今は違う。
クレアやバーバラ達ソニード王国の個性的な面々。
更に、タマとその弟達。
熊の事も、もちろん忘れてはいない。
この一か月と少しという短い時間の中で知り合った、しかしファミにとってとても大事な人達。皆のお陰でファミは自分が引きずっていた過去を、思い出の中にしまう事が出来た。前を向いて進む事が出来るようになった。
そこでふと、不満そうに唇を尖らせる少年の姿が思い浮かぶ。俺は忘れられてんのかよとでも言いたげに。
そんな訳はない、もちろん一番に思い出した。とは思ったが恐らく本人を前にしては絶対に言えないだろう。とファミは苦笑する。
天堂ジン。ファミがこの世界に連れてきた異世界の住人。
ファミを闇の底から救い出してくれた男。
幾度の危機も彼と一緒だから乗り越えられた。勇気を持って立ち向かう事が出来た。
この世界で最も信頼している男。
彼の顔が、脳裏にはっきりと浮かぶ。
もう、会う事は出来ないのだろうか。彼は今どうしているのだろうか。生きているのだろうか。元気にしているのだろうか。自分の事は忘れてはいないだろうか。
『会いたいよ……ジン』
少女の願いは儚く闇に消えた。それは誰の耳にも、全能の神ですら聞き漏らすのではないかという位に小さなものだった。少女もそれを自覚しているからこそ、しかしその願いの大きさを知るからこそ、溢れ出る涙を止める事が出来なかった。
涙は頬を伝い滴り落ちて闇に消える。
誰にも届かぬ声、届かぬ願い。
それを知り、訪れるは絶望。少女の小さな心をその黒い刃が切り裂いていく。
少女は終わることのない痛みに耐えるくらいならば、いっそ捨ててしまった方がいいと思った。
もう、自分という存在は誰にも届かないのだから。
そう、少女は考えていた。確かにその瞬間までそう確信していた。変な言い方だがここが自分の最後になるだろうという自信があった。
だから、彼女はこれから驚く事になる。
「―――――……っ」
少女は顔をあげる。今何か聞こえた気がした。明確になんなのかは分からない。でも確かにこの無音の空間の中で何かを聞いた気がした。
そんな事、あるはずもないのに。
そうだ、ある訳がない。
「―――――――……ぁっ」
いや、やはりなんか聞こえた。ファミは闇に眼を向けた。しかし何も見えはしない。
でも、気のせいではない。この無限とも思える闇の奥に何かが、いる。
ファミは、目をこらし耳を澄ませた。
そうしたら、はっきりと聞こえてきた。
「―――――――――……おらおらおらおらおらぁっ!」
その声に、ファミは覚えがあった。
忘れる訳がない。なぜなら今この瞬間一番聞きたい声だったから。
ファミは希望を込めて、その名を呼んだ。
『ジンっ!』
…………。
……。
『ジンっ!』
「ファミかっ」
黒雲の中に突っ込みがむしゃらに突き進むことはや数分。周りが真っ暗過ぎて何も見えず不安に駆られていたが、今この瞬間そんなものは吹っ飛んだ。
「ファミっ!今そっちに行くぞっ!」
俺は黒雲を殴った。なぜかはよく分からないがこの雲は俺のバグによってかき消す事が出来るらしい。故にここまで突き進む事が出来た。
「そうだよ、ここまで来たんだよ。もうあとちょっとなんだよ!」
俺は拳を振りかぶる。
「ハッピーエンドまっしぐらさせろこんちくしょぉぉぉぉぉっ!」
渾身の力。振り抜かれた拳は眼前の闇を霧散させ、その先の光景を晒す。
そして、そこにいた。俺の最終目標が。
「ジ、ジンっ!」
ぼろぼろに泣きはらした顔をして、そいつは、ファミはそこにいた。
「よう、助けにきたから助けるぞ」
茶化す余裕もない。俺はストレートに目的を告げる。
「ジンっ、ジン……っ。わらわは、わらわはぁ……っ」
涙と鼻水にまみれてぐしゃぐしゃになっているファミの顔。リーコン家の誇りはどこへいったのやら。
いや、そんなの今はどうでもいいか。目の前に俺が一番助けたかった奴がいて、そいつも俺に会えて、多分嬉しくて泣いている。それで十分だ。それ以外に必要なものなんて何もない。
「もう大丈夫だ。俺が今からこんなくだらない茶番を終わらせてやる」
俺は涙を拭ってやる。そして見る。ファミに刻まれた傷を。胸の少し上、喉の下の辺りに刺青のようにはっきりと刻まれたそれを。
俺はそれがなんだかなんて事はよく分かっていなかった。ただ、これみよがしに晒されているそれがファミにとって良いものとは到底思えなかった。
「俺がお前を救ってやる」
ファミは、くしゃくしゃな、笑顔みたいな泣き顔で頷く。
俺は拳を握る。これで全てを終わらせる。終わらせて、そして笑顔で皆の元に帰る。
その為の、最後の攻撃だ。
「俺は今からお前を攻撃する」
拳を静かに振りかぶる。
「だが安心しろファミ。俺の攻撃は」
そして振り抜いた。ファミの傷に向かって。
「回復だっ!」
バグった一撃をブチ込んだ。
ファミの胸に刻まれた忌まわしい傷はみるみる内に消えていく。
そして、彼女を拘束していた黒雲が消えていく。
「よっと」
俺は倒れ落ちそうになるファミの体を抱きとめる。
「大丈夫か?」
そう聞くと、返事はなく、代わりに……なのかはよく分からないがファミはがっちりと両手を俺の背中に回し、顔を俺の胸に埋めてきた。
そして、一拍置いてから泣き始めた。大きな声で。
俺はファミの背中をさすってやる。こんな小さな体に一体どれだけの負担が強いられたことだろうか。それを考えれば、今の俺に出来るのはただこいつの中に溜まりに溜まったものを黙って発散させてやるだけだった。
まぁ途中で鼻を思い切りかまれたのは気になったけど。
でも、それ以上に気になる事が起こったからあまり気にしない。
では、俺の衣服が幼女の鼻水まみれになること以上に気になる事とは何か。
アンサー。それは、俺自身の手で引き起こした事。
「……もしかしなくてもそういう事か?」
俺達のいる黒雲が消滅を始めた。もし今これが完全に消滅したら俺達は雲の高さに放置される事になる。
それ即ち落ちるのみ。
ハッピーエンドを間近にして、戦慄走る。




