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[34]突入

「動力炉、持ち直せませんっ」


ブリッジにとどろくのは悲痛な叫び。容赦なく浴びせられる攻撃に戦艦は早くも窮地に陥っていた。


クルーからもたらされる報告に黙って耳を傾けていたクラッシュは、静かに艦長席から立ち上がる。


「総員、退艦の準備だ」


一同は驚いた顔でクラッシュを見る。だがすぐにその顔は全てを悟った諦観のそれになる。


艦の被害は甚大。こちらからは攻撃は出来ず、敵の攻撃を浴び続けるだけ。ジン達の乗る飛行艇、最後の希望を打ち出した今、この戦艦の役目は終わったのだ。


「急げっ!生きて帰るのがこの戦いの目的だろうがっ!」


クラッシュの怒鳴りに、クルーははっとした顔ですぐにブリッジから出て行く。


しかし、最後に出ようとした兵士がある事に気付く。


「クラッシュ殿、あなたも早く」


艦長席に座ったクラッシュが全く動こうとしない事に。


「俺は最後までこいつの面倒を見る。だからさっさと出ろ」


「しかし、今脱出の時を逃せば……っ」


「安心しろ。俺は生きて帰っておたくらの王女様からたんまり報酬もらうつもりなんだ。意地でも死なねぇさ」


笑って答えるクラッシュ。その顔には、確かな『覚悟』があった。


それを感じた兵士は静かに一礼すると、ブリッジを後にする。


誰もいなくなったのを確認したクラッシュは、艦長席から立ち上がり舵の設置されたポジションへと移動する。


手慣れた様子でいくつかの装置をいじる。そして最後にあるボタンを押したが、そのボタンの脇には大きく『危険』という文字が書かれていた。


「さて、『マイクロブラックボックス』クラッシュ、一世一代の大働きと行こうか」


彼の視線は、目の前に広がる巨大な黒い災害に向けられていた。











…………。

……。


強烈でなおかつ冷たい風の大群が俺の体に突き刺さる。


「きっついな!おい!」


「そりゃこれだけの空の高さだもの!でもそんなの気にしている場合じゃないでしょ!」


スーファの言う通りだった。戦艦を飛び出してすぐ、俺達の眼前に巨大な黒雲が現れた。


映像で見るよりも遥かに巨大で禍々しいその姿に、俺は心臓が締め付けられるような痛みを感じた。


「凄いわね……」


スーファの口から漏れてきたのも、目の前のおぞましい敵に対する感想だった。


「全くだ。で、俺達は今からあれに突っ込む訳だ」


「本当、それだけ聞いたらただの馬鹿よ」


俺は軽く笑おうとしたが、風圧と恐怖と緊張でそれどころじゃなかった。


それからすぐに、災害に変化が生じた。


青白い稲光が災害の周りに発生し、のたうち回っている。


あの光には見覚えがあった。


災害からの、攻撃の光。


「おい、ちょっとやばいんじゃねぇのかっ」


「そうね……ちょっと飛ばすわよ」


飛ばす?と聞き返すより早く、俺の体にどんと強い重力と風圧が襲ってくる。


さっきとは比べモノにならない程に速度を増した飛行艇は戦艦を抜かし、一気に災害へと迫る。


向こうが攻撃してくる前に突撃しようという事だろうか。ぐんぐんと黒雲が迫ってくる。


もうあと数十秒の距離。そこまで迫ってきたその時だった。


稲光が、飛行艇にかすった。


直撃はしなかった。しかしそれでも小型の飛行艇には十分なダメージだった。飛行艇の左翼から煙が噴き出してくる。


「もうちょっとなのにっ」


スーファの叫び。俺も握った拳を叩きつけたい気分だった。


飛行艇の速度はどんどん落ちていく。このままではいい的になってしまう。


もし、あれの直撃を受けたらひおたまりもないだろう。


ここまできて、ゲームオーバーはごめんだ。


黒雲がまた稲光を纏いだす。次の攻撃は間近なのか。


もう、あと少しなのに……っ。


『どいてろお前らぁっ!』


背後から響く増幅された声。その声の主は直後に俺達の横に躍り出てきた。


「クラッシュっ?」


戦艦だった。わずかに覗いたブリッジには、クラッシュの姿しか見えなかった。


後部から煙を噴き出しながら、戦艦は黒雲に突撃する。


最後に見たクラッシュの顔は、笑っていた。


戦艦に殺到する稲光。残っていたバリアーも次々に破られ炎上していく。


クラッシュは、俺達の事を守ってくれた。


それに気付いた瞬間、俺の中で何かが弾けた。


「スーファっ!今しかない出来るだけ近づくんだ!」


「分かってるわよっ。でも、もうこれ以上出力が上がらないのよっ」


俺は恨めしく左翼の損傷を見る。これさえなければ今すぐにでも突撃出来るのに。


せっかくクラッシュが体を張って作ってくれたチャンスをふいにしてしまうのか。


ファミを助ける千載一遇のチャンスを無駄にするのか。


……いや、そんな事はさせない。絶対にだ。


「スーファ、頼みがある」


「何っ?」


「俺をあの雲に向かって飛ばしてくれ」


ここで一拍の間。の後、


「はぁっ!何を言ってんのあんたは!馬鹿じゃないの!」


スーファからの罵声。


「それしかないんだ!お前の言霊の力で俺をあの雲に突っ込ませるんだ。そうすれば飛行艇の速さとか関係無しに辿り着けるっ」


「だ、だとしても着いてからどうするのよっ!あれの中は人の足が着く場所とは限らないのよ!」


「そうだな。だが現状を打開するにはもうこれしかない。頼む、やってくれ」


俺はスーファの肩を掴む。彼女は正面を向いている為表情は窺えないが、触れた肩は小刻みに震えていた。


「頼むっ!」


「私だって、分かってるわよ」


スーファの手が俺の手に重なる。


「もうこのままではファミを助けるどころじゃないって事くらい十分すぎるくらい分かってるわよ。でも、それでも、あなたの命を差し出すような事はしたくない……」


その声は震えていた。それが何を意味するのか、その程度分からない程俺は馬鹿ではない。だからこそ、それが分かっているからこそ、俺はもう一度言った。


「俺が望むのは皆が笑って迎えるハッピーエンドただ一つだ。そしてその笑顔の輪の中にはもちろん俺もいる。俺は絶対に死にはしない。絶対に。だから、俺をあの中へ、ファミの元へ飛ばしてくれ」


数瞬の間。その後に聞こえてきたのはスーファのため息。


「本当、呆れるくらい強いわね、あなたって」


そして、スーファはこちらを向いた。ゴーグルを外し、その済んだ瞳を真っ直ぐに向けてくる。


「分かった。だけど、絶対に生きて帰ってくるのよ」


「合点だ」


俺もゴーグルを投げ捨てる。


「チャンスは間違いなく一度きり。全力で飛ばすからその辺覚悟しといてね!」


「了解だ!」


俺は座席に足をかける。飛びだす準備は万全だ。


「行くわよ。……絶対に無事に帰ってこなくちゃ承知しないからね」


「ああ、そんでもって皆でファミの誕生パーティーだっ!」


俺は座席を蹴って大空へと身を投げ出す。意識が飛びそうになる程の浮遊感を覚えたが、それもほんの一瞬の事。


「おおおおぅっ!」


何かに引っ張られるような不思議な感覚。それがスーファの力であるという事を知っている俺はその不思議な感覚に身を委ねる。


真っ直ぐに、黒雲へと向かう。攻撃は全て戦艦が引き受けてくれている。しかしそれも時間の問題。


俺は弾丸のような速さで黒雲に近づく中で、己の拳を強く握り、そして振りかぶる。


「いっけええええええええええええええええっ!」


俺は、黒雲に、『災害』の中に突入した。



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